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礼はいらないよ

2020.09.11 更新 ツイート

新宿の地下通路で気づく。効率的で持続可能なシステムはそれ自体が迷路だダースレイダー

ギリシャ・クレタ島と新宿の地下通路がつながるとき

クレタ島のクノッソス宮殿(写真:iStock.com/Gatsi)

時々子供の頃の記憶が急に甦るときがある。

なにがトリガーとなったのだろう? と不思議に思うが、記憶は急に立ち現れ、また消え去っていく。

 

9月の東京は、急激なゲリラ豪雨がある。熱帯の国になってきた、と思うしかないような突然の暴風に雨。ほんの数秒前までは太陽が覗いていたのに……新宿を友人と歩いていた時もそうだった。

あまりにも突然だったので屋内に逃げる暇もなく、しばらくはビルの谷間の陸橋の下に身を隠し、一瞬雨が弱まった隙に移動する。いつ天気がまた荒れるか分からないので、都庁周辺から地下に潜った。

矢印でこちらが丸ノ内線西新宿、こちらが新宿西口……などの表示はあるものの、あっという間に迷ってしまった。延々と続く四角い灰色の通路。

そこで頭をよぎったのはギリシャ、クレタ島の景色だった。

クレタ島を家族で訪れたのは7、8歳の時だと思う。真っ白な壁の家が並び、白い砂が広がる海岸の先の海は、綺麗で透き通っていて、海水の下の砂の白さがそのまま浮き出てくるよう。ムスカというギリシャ料理を堪能したのも覚えている。

だが、何よりも強烈だったのは黒い柱が並ぶクノッソス宮殿だ。紀元前2000年に建立されたと言われる宮殿は、ミノア文明の象徴でもある。紀元前1780年ころの大地震で破壊され、上に新しい宮殿が建てられている。部屋は1200以上、一部は4階建てという巨大さであり、強大な王権とそれを支える官僚機構があったことを示している。

ミノア文明はキプロス、さらにはギリシャ本土にも影響を与え、東エーゲ海を支配する当時の世界最高水準の文明だったという。だが、たび重なる災害でミノア文明はミケーア文明にその座を明け渡すことになる。支配者が変わってもクノッソス宮殿は存在し続けていたが紀元前1370年の災害により廃墟と化してしまう。

このクノッソス宮殿の壁にはラブリュスと呼ばれる両頭斧が描かれていて、これが迷宮を意味するラビリンスの語源とも言われている。

クレタ島にはミノタウロス伝説がある。海神ポセイドンに王位継承の証を求めたミノス王は白い牡牛を授かる。ミノス王はこの牡牛を生贄(いけにえ)として捧げることを誓ったのだが、あまりにも美しいため他の牛を捧げてしまう。

それに怒ったポセイドンが仕返しに、王妃パーシパエーが牡牛に欲情するように仕向ける。悩んだ王妃は名匠ダイダロスに相談し、木製の牝牛の張りぼてを作ってもらい、これを使って牡牛との性交に成功する。

その後、王妃に子が産まれるが頭が牛で身体が人間の怪物だった。この子はミノタウロスと呼ばれたが、成長するにつれ暴れるようになり、手が付けられない。ミノス王はダイダロスに命じて迷宮を作らせ、そこにミノタウロスを幽閉する。この迷宮の名前がラブリュントスである。

ギリシャ神話はミケーア文明の後、クノッソス宮殿が廃墟になってから考案されたものだが、ラブリュスが壁に描かれた廃墟からこの話が連想されたとも言われている。

神話自体はなんて話だ! と思ってしまう内容だ。ミノタウロスを大人しくさせておくために毎年、男女7人ずつが生贄に捧げられていた。その生贄に化けたテセウスによりミノタウロスは討たれるのだが、その際、テセウスに恋をしたミノス王の娘アリアドネの入れ知恵で赤い麻の糸を迷宮の入り口に結び付け、帰り道を確保している。

テセウスは短剣でミノタウロスを退治したという説とパンクラチオンという格闘術を用いて退治した説もあるようだが……神話の話はひとまず措く。

大理石彫刻テセウスとミノタウロス(写真:iStock.com/Kutredrig)

新宿の地下通路はシステムが具現化したものに思えた。目的地にたどり着く経路の効率化とも言える。地上の障害をなくし、確実に目的地にたどり着くための人口の道。地下に入った瞬間、僕は地上の暴風雨をまったく感じることは無くなった。

無機質な通路には雨、風、太陽、土の姿はなく、音も存在しない。僕はシステムの中に入ったのだ。

(写真:iStock.com/TokioMarineLife)

地下通路システムの均等性、無機質性は、持続可能性とも連なっている。

この持続可能性、サステイナブルという言葉はコロナ禍においてよく耳にするようになった。効率化を目指した持続可能なシステムの再構築、これが至上命題であると僕も含めて思い込んでしまっている人は多いだろう。

ところが新宿地下通路は迷路なのだ。もちろん何度も歩けば道は覚えるかもしれない。でも、どこまでも均質で世界から遮断された持続可能な場所はそれ自体が迷宮なのではないか? そう考えたときに、僕が子供の頃に迷い込んだクノッソス宮殿の記憶が甦ったのだ。

ダイダロスはテクノロジーだ。彼は頼まれるままにものを作り出すが、そこに価値の判断はない。それがテクノロジーの本質でもある。

幽閉されたミノタウロスは”望んだもの”が次々と掛け違いにあって生まれた怪物だ。王位継承、生贄、牡牛への欲情。僕らが今、”望んでいる”システム、持続可能で世界(混沌)と社会(秩序)を遮断した均質的なるもの。このミノタウロスを退治し、世界と再び接続する麻の糸を僕たちはまだ手にしているのだろうか?

新宿の地下を右往左往しながらやっと西口付近で地上に出た時には外はカンカン照りだった。クレタ島の白い壁の家を照らしていたのと変わらない太陽が人間を見下ろしている。

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礼はいらないよ

You are welcome.礼はいらないよ。この寛容さこそ、今求められる精神だ。パリ生まれ、東大中退、脳梗塞の合併症で失明。眼帯のラッパー、ダースレイダーが思考し、試行する、分断を超える作法。

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ダースレイダー ラッパー・トラックメイカー

1977年4⽉11⽇パリで⽣まれ、幼少期をロンドンで過ごす。東京⼤学に⼊学するも、浪⼈の時期に⽬覚めたラップ活動に傾倒し中退。2000年にMICADELICのメンバーとして本格デビューを果たし、注⽬を集める。⾃⾝のMCバトルの⼤会主催や講演の他に、⽇本のヒップホップでは初となるアーティスト主導のインディーズ・レーベルDa.Me.Recordsの設⽴など、若⼿ラッパーの育成にも尽⼒する。2010年6⽉、イベントのMCの間に脳梗塞で倒れ、さらに合併症で左⽬を失明するも、その後は眼帯をトレードマークに復帰。現在はThe Bassonsのボーカルの他、司会業や執筆業と様々な分野で活躍。著書に『『ダースレイダー自伝NO拘束』がある。

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