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おとなの手習い

2020.05.23 更新 ツイート

緊急事態宣言解除でも、“忙しさのV字回復”は目指さなくていい香山リカ

(写真:iStock.com/humonia)

この連載のテーマは「50代後半になってもいろいろ新しいことに挑戦できますよ!」なのだが、たまには新しくない話も書かせてもらおうと思う。私にとって新しくないこと、それは精神科医としての仕事である。1985年からやっているので、もう35年も続けている。考えられない。まだせいぜい10年くらい、という感覚だ。学生に「85年から……」と話して、「私が生まれるずっと前からですね」と言われて驚愕したことがあったが、計算してみればそうなる。

 

なぜ「せいぜい10年くらい」などと思うかといえば、ひとつには私が計画性のない人生を歩んでいるからであろうが、もうひとつの理由は精神医療の場では何年やっても「へえ、そうなのか」と新しく気づくことが多いからだ。今回の新型コロナウイルス感染症をめぐっても、精神科の診察室ではいろいろ発見があった。

誰もが思うのが、「感染の心配や自粛のストレスから、うつ病などがさらに悪化する人が多いでしょう」ということだろう。知人などのメールには必ず「精神科医もますます忙しいですね」などと記されていた。私も最初はそう思っていたし、実際に「感染が不安で仕方ありません」と涙ぐむ患者さんもいるにはいた。

ところが、そういう人ばかりではないのだ。

これは書き方によっては、実際にコロナ感染症やその影響で苦しむ人を傷つけかねないのでややためらわれるのだが、けっこうな割合の患者さんはそれまでの症状が緩和されているのである。

私たちの仕事には守秘義務が課せられているので、ここで実際の例を事細かに記すわけにはいかない。ただ、何人かの要素を組み合わせた架空の話ならよいだろう。ということで、以下は想像上のケースである。

Aさんは会社での激務に加えてのパワハラがきっかけでうつ病になり、結局、退職してしまった。治療によって症状は改善し、気持ちの整理もついて次の仕事に向けて動き出す時期に来ていたが、なかなか就職活動ができない。「またあんな会社だったら」と以前の記憶がよみがえり、二の足を踏んでしまうのだ。

私もAさんが診察室に来るたび、「どうですか。ハローワークには行きました?」などと就職活動について尋ねるようになっていた。Aさんは「すみません。それがまだ……」と言葉少なに答えて顔を伏せがちだった。

ところが、コロナの問題が始まってから、Aさんの口調が変わってきた。

「ハローワークはいま対面の相談が中止なんですよ。電話やメールというのもなんだし、落ち着いてからしようと思って。それに私の近所の病院でクラスターが発生したんです。まずは感染を防がないと就職どころの話じゃないですからね」

いつになく積極的に語るAさんに、私もうなずいて言った。

「その通りですね。先月までのAさん、ちょっと元気なくて体力も落ちているように見えました。そういう状況だと感染しやすいでしょうし、まずはよく食べて寝て、ちょっと運動して、感染しないからだを作るのが最優先ですね」

Aさんは、「わかりました。家でできる筋トレやヨガをがんばります。あと栄養バランスに気をつけた食事もしなくちゃ。最近は日付が変わるまえにベッドに入って、しっかり寝るようにはしてるんです」と、それまでにない自然な表情を見せたのだ。

私は、自分がいつの間にか「Aさんにとってとにかく早く仕事を見つけて働くのが治療のゴール」と思い込み、就職活動を始めるようにとプレッシャーをかけてきたことに気づいた。私だけではなく、家族や友人などもそうだっただろう。しかし、Aさんの心身はまだ仕事に戻れるほど回復していなかったのだ。それに、また働くとしても前のような激務を強いる企業などではなく、自分のペースでゆったり働けるところを時間をかけて探したい、と思っていたのだろう。

「仕事はまだ?」と迫る私やまわりの人たちに「もう少し待って」と言い返せないままのAさんは、今回のコロナの問題でいったん就職活動から解放されることになった。そして、「自分のからだを大切にする基本的な生活」を取り戻し、本来の元気を回復しつつある。コロナによって生じた状況が、「いまはまだ忙しく働きたくない」というAさんが言いたくても言えなかったことを、私をはじめまわりの人たちに伝えたかのようだった。またAさんも、自分の本当の気持ちに気づけたのではないか。

Bさんの場合、「結果的にこれまで言えなかったことが言えた形になった」というのはさらに明らかだった。Bさんは、仕事のかたわら、認知症で老人ホームに入所している親の面会に毎週、出かけていた。Bさんはからだのあちこちに不調が出ていたのだが、内科医からは「原因不明」と言われ、精神科への通院を続けていたのだ。

ところがコロナの問題が始まってから、これまで不安定だったBさんの血圧が落ち着いてきた。Bさんの場合、仕事はテレワークにならずこれまで通りの出勤が続いていた。ただ、毎週の親の面会は老人ホーム側から「しばらく遠慮してほしい」と連絡が来て、行くのを中止しているのだという。

平日は忙しく働いているのに、週末も休めず面会に出かけるのは、心理的にだけではなくて身体的負担も大きかったであろう。私が「週末少しからだを休められていますか。それならよかったですね」とつい口に出してしまうと、Bさんは「とんでもない」と首を横に振った。

「親は私が来るのだけが楽しみなのに、申し訳なくて。早くまた行ってあげたいですよ」

もちろん、これはBさんの本心なのであろう。ただ、そのBさんの気持ちとは別に、からだは「ちょっと休みたい」と声にならない声を出していたのではないか。それがエスカレートし、からだが悲鳴を上げるかのようにあちこちに不調が出ても、「親のために行ってあげなきゃ」というやさしさや、「親の面会に行きたくないなんて思っちゃいけない」という罪悪感が、「面会を休むわけにはいかない」とBさんに無理を強いていた。

ところが、そのルーティーンが、思いもかけずBさんの意思とは関係なく、中断されることになったのである。「早くまた行きたい」というBさんの思いもウソではないだろうが、からだは「正直に言ってちょっとホッとした」と感じているのかもしれない。

私はBさんに、「本当に親思いですね。でもあなたが倒れてしまってはたいへんですから、これからはまずは自分のからだ優先で」と言った。ただ、このコロナの問題が落ち着き、施設から「面会が可能になりました」と連絡が来たら、また毎週のホーム通いが始まるのか。そのときが来ても、「血圧の安定などのためにもたまには週末ゆっくりすることが必要なのだ」と、罪悪感に苦しまないようにしつつ‟まずは自分優先”の生活を続けることができるよう、私も適切な助言ができればいいなと思っている。

このように、コロナの問題が起きる前、多くの人は自分を追い詰め、周囲の人たちからのプレッシャーに苦しみ、ギリギリの生活を続けていたのだ。いまは一時期の「とにかく成長、前進、向上」といった“がんばり第一主義”はだいぶ落ち着いたように見えるが、それでもこの自粛生活が始まって、通勤や通学から解放されざるをえなくなり、「あれ? これまでずいぶんたいへんな思いをしていたんだな」と改めて気づいた人も少なくないのではないか。

大学病院の外来で、自分のクリニックを持ちながらときどき勉強のためにやって来るドクターがしみじみ言っていた。

「ウチのクリニックも、感染予防のためか、患者さんの数が激減ですよ。収入はだいぶ減っちゃうだろうなあ。でもいまから思うと、一日多いときは100人も患者さんが来てたら、十分な診療なんてできるわけないですよね。一日20人くらいの方を時間をかけて診察し、お話を聴いてあげて、それが本当の医療かもしれませんね。それに早く仕事が終わってしまうので、いまは6時には家族で夕食食べて、夜は10時には寝ちゃってます。健康的でしょう?」

もちろん誰もがそういう生活になると、収入が減るのでお金を使わなくなり、移動や外食もしなくなり、いわゆる「経済を回す」という点では大きな支障が出る。輸送業、外食産業、ブランド衣料など高級品を扱う産業を大きな被害を受けることになる。これまでのようにとにかくがんばれ、という雰囲気がなくなることで、子どもの教育水準も低下してしまうかもしれない。子どもが親などに会いに行くのを控えることで、孤独感が強まる人も出るおそれがある。「狭い範囲でゆったりしたペースのつつましい生活を送るのがいちばん」とは言い切れないのはたしかだ。

とはいえ、とにかく自分に鞭打って、限界を超えて仕事や勉強をしたり、レジャーや趣味を楽しんだり、投資に目の色を変えたり、親孝行にいそしんだりと、知らないあいだに心身のストレスが相当、高まっていた人も多かったはずだ。とくに今回、紹介したAさん、Bさんという架空の人物、そして知り合いのドクターの話に、「うんうん、そうかも」とうなずいた人は、ぜひコロナが落ち着いたあとの自分の生活にもちょっと気をつけてほしいと思う。

日本経済は「コロナが終わったらV字回復を目指す」とかで、いまからいろいろな対策が練られているようだが、私たちまでが「よし、まずはテレワークでできなかった仕事を出社してどんどんこなして、しばらく休んでいたおけいこごとに飲み会、延期になっていた遠方の親族の結婚披露宴に法事、旅行も行きたいし、夏のセールでおしゃれな洋服のまとめ買いも……」などと“忙しさのV字回復”を目指す必要はないはずだ。

私も、前からの約束を「いまはこういう時期ですし」といくつも日延べしてもらっており、いまは週末などはほとんど外に出ずにすごしている。そのおかげでからだはこれ以上ないほど、休まっているように思う。もし自粛が解除になっても、しばらくは「こういう時期」というあいまいな言葉を使わせてもらい、あまり一気に外の活動を始めないようにしようと思っているところだ。これは「いろいろ手習い中の初心者シニア」としてではなく、ベテラン精神科医としてぜひ言いたい。

――このあとも無理はしないで。まずは自分優先で、がんばりすぎずに暮らしましょう。

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ときどき悔やむ。ときどき寂しい。 でも大丈夫。これが私の選んだ道。私の幸せのかたち。 さまざまな理由で、生涯子どもを持たない・持てない女性が全女性の3割とも言われています。 「女は子どもを産み育てて一人前」「女の本当の幸せは子どもを持つこと」という伝統的価値観はまだまだ強く、さらに最近は、少子化対策が国をあげての課題となり、子育ても仕事も頑張る「ワーキングマザー」が礼賛されます。 そんななか、子どもを持たない人生を選んだ「ノンママ」は、何を思い、どんなふうに生きているのでしょうか? それぞれの事情、悩みと葛藤、後輩ワーキングマザーとの軋轢、介護と自分の老後の不安等々。「ノンママ」のリアルな胸のうちを、自身もノンママである精神科医の香山リカ氏が、ときに切なく、ときに明るく描きます。

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60歳という人生の節目を前に、「これからの人生、どうする?」という問いに直面した香山リカさん。そこで選んだのは、「このまま穏やかな人生を」でなく、「まだまだ、新しいことができる!」という生き方。香山さんの新たなチャレンジ、楽しき悪戦苦闘の日々を綴ります。

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香山リカ

1960年、札幌市生まれ。東京医科大学卒業。精神科医。立教大学現代心理学部映像身体学科教授。豊富な臨床経験を活かし、現代人の心の問題のほか、政治・社会批評、サブカルチャー批評など幅広いジャンルで活躍する。『ノンママという生き方』(幻冬舎)、『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』『イヌネコにしか心を開けない人たち』『しがみつかない生き方』『世の中の意見が〈私〉と違うとき読む本』『弱者はもう救われないのか』(いずれも幻冬舎新書)など著書多数。

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