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おとなの手習い

2019.11.30 更新 ツイート

どんな平和主義者にもシニアにも「逃げる体力とスキル」は必要だ香山リカ

クラヴマガを始めた香山さんの前に立ちはだかったのは、レッスン冒頭の筋トレでした(写真:iStock.com/Ridofranz)

「誰でも強くなれる」という言葉に心をわしづかみにされた香山リカさん。イスラエルの格闘技・クラヴマガのスタジオの門を叩きます。

* * *

ジムはときどき行くカジュアルなレストランのすぐそばのビルにあり、場所はすぐわかった。意を決してインターフォンで玄関のオートロックを開けてもらい、地下に降りると、ハードロックがガンガンにかかっている。

受付には髪の長いかっこいい女性がいて、私が「もう50代で……運動やったことないんですけど……」とおずおず聞くと「あ、だいじょうぶですよ! 初心者の人もたくさんいますし。体験してみますか?」と答えた。それがとても勢いのある声だったので、私は思わず「じゃ、入会します」とその場で入会してしまった。

 

クラスはレベルによって分けられていて、レベル1は基本動作の繰り返しだからいつから来てもいいと言う。私はとにかくスポーツジムというところに行ったこともないので、何をどうしていいかまったくわからない。とにかくTシャツやジャージ、運動靴は必要だとわかり、とりあえずそれをそろえて出かけ、受付で会員証と引き換えにロッカーの鍵をもらってそこで着替えてみた。

レベル1は基本動作なので、上のクラスの人がトレーニングに来ることもあるという。私がはじめて参加したときは、スタジオ内に15人くらいがいただろうか。男性が10人、女性が5人といった割合で、どう見ても私がいちばん年長者に見えた。私から見ると「この人、現役のキックボクサーか何か?」というような、筋肉隆々でスパーリングをしている人もいる。

「しまった」と思ったが、時はすでに遅く、インストラクターが来て「今日はじめての人は?」と言った。私が「はい」と手をあげると、「ムリしないで自分のペースでやってください」とだけ言い、「ではまず、創始者のイミにキダ!」と号令をかけたのだ。

すると、練習生はさっと横一列に並び、腕を胸の前で交差させ、スタジオの入口の上に掲げられた男性の写真に「キダッ!」と言って頭を下げた。「なんだこれは?」と驚いたが、帰宅して調べるとイミというのはクラヴマガ創始者のイミ・リヒテンフェルドで、「キダ」というのはヘブライ語の「礼」に相当する言葉だそうだ。

この一列での「キダ!」は毎回、レッスンの始まりと終わりにやるのだが、体育会系の部活などに一度も入ったことのない私には、最初やや違和感があった。そもそもクラヴマガはイスラエル軍が採用しているという実践格闘技だし、もうひとつのシステマに至ってはロシア特殊部隊が身につける格闘技だ。「平和を大切に」と日ごろ言っている自分からはずいぶんかけ離れてるな……と思いつつ、「郷に入っては郷に従え」とばかりに、元気いっぱい「キダ!」と言い続けた。

結局、クラヴマガは1年半ほど続けて、その後、いったん休むことにした。この間、システマも女性講師による「女性クラス」が開講されるときに何度か行き、いまは休んでいる。なぜかと言えば、両方とも護身術系格闘技としてはとても面白いのだが、私にあまりに筋力がなくて初級レベルから抜け出せないからだ。

クラヴマガは1時間のレッスンのうち、最初の15分が準備運動で、私にはそこがとにかくいちばんキツい。なにせ私は腕立て伏せは1回もできないし、腹筋を使った筋トレもまったくできない。ペアを組んでやるときには相手の人に迷惑をかけてしまうこともあり、本当に情けなかった。

クラヴマガの実践じたいは、とにかく痛快だった。「実践系」というのをうたっているだけあり、急所蹴りとか目つぶしとか、ほかの格闘技では反則とされるワザもなんでもあり。

勝つより生き延びることが目的なので、急所蹴りで相手が悶絶している間にさっと逃げたり、相手の持っているナイフを払い落として走り去ったりと、とにかく「逃げる」ことが重視される。筋力がないなりに私は、「そうか、こういう姑息なやり方で相手が困惑してる間に脱出すればいいわけか」と学ぶことも多かった。

ところがいかんせん、腕力や脚力がまったくないので、いつもズルい手しか使えない。半年に一度くらい昇段テストがあるのだが、そこでは腕立て伏せもあると聞き、「これは一生、レベル1のままだな」と思い、まずはふつうのスポーツジムで腕力などをもう少し鍛えてからもう一度、ここの門をくぐろうと思ったわけだ。

ただ、クラヴマガの教えている護身術は、これからの高齢化社会で、シニアたちも身につけるといいと思う。実際に路上で暴漢に襲われることはないかもしれないが、「いざとなったらこうやってまず一撃を加えて、そのスキに逃げればいい」と思うだけで、ちょっと自分に自信がわいてくる。

繰り返すが、クラヴマガは相手を組み伏せてやっつけるための技術ではなく、「ピンチから逃げて命を守る」ためのスキルなのだ。システマにもそういう側面があり、「崩れた家からどう逃げる」といったからだの動きを教えてもらったこともあった。

こう書いているだけで、こういったスキルを組み合わせた「スポーツが苦手な人のための護身術」とか「災害やテロから生き延びるスキル」といったメソッドが開発できないか、という野心がムクムクとわいてくるが、それは自分がもう少しこれらを身につけてからではないと、とても無理な話だ。

それから「急がば回れ」ということで、はじめて一般のスポーツジムに入会した私であるが、実は筋トレはあまりやっていない。トレーニングマシンを使ったことがないので、何をどうやってよいのかわからないのだ。

そのかわりにいま、比較的、定期的に通っているのはズンバというダンスのクラスだ。これについては次回、書いてみることにしたい。

香山リカ『ノンママという生き方~子のない女はダメですか』

ときどき悔やむ。ときどき寂しい。 でも大丈夫。これが私の選んだ道。私の幸せのかたち。 さまざまな理由で、生涯子どもを持たない・持てない女性が全女性の3割とも言われています。 「女は子どもを産み育てて一人前」「女の本当の幸せは子どもを持つこと」という伝統的価値観はまだまだ強く、さらに最近は、少子化対策が国をあげての課題となり、子育ても仕事も頑張る「ワーキングマザー」が礼賛されます。 そんななか、子どもを持たない人生を選んだ「ノンママ」は、何を思い、どんなふうに生きているのでしょうか? それぞれの事情、悩みと葛藤、後輩ワーキングマザーとの軋轢、介護と自分の老後の不安等々。「ノンママ」のリアルな胸のうちを、自身もノンママである精神科医の香山リカ氏が、ときに切なく、ときに明るく描きます。

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60歳という人生の節目を前に、「これからの人生、どうする?」という問いに直面した香山リカさん。そこで選んだのは、「このまま穏やかな人生を」でなく、「まだまだ、新しいことができる!」という生き方。香山さんの新たなチャレンジ、楽しき悪戦苦闘の日々を綴ります。

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香山リカ

1960年、札幌市生まれ。東京医科大学卒業。精神科医。立教大学現代心理学部映像身体学科教授。豊富な臨床経験を活かし、現代人の心の問題のほか、政治・社会批評、サブカルチャー批評など幅広いジャンルで活躍する。『ノンママという生き方』(幻冬舎)、『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』『イヌネコにしか心を開けない人たち』『しがみつかない生き方』『世の中の意見が〈私〉と違うとき読む本』『弱者はもう救われないのか』(いずれも幻冬舎新書)など著書多数。

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