1. Home
  2. 読書
  3. ラブコメ!萬葉集
  4. 1200年前から働く女子は妄想で疲れを癒...

ラブコメ!萬葉集

2019.08.26 更新 ツイート

第5回

1200年前から働く女子は妄想で疲れを癒していた!?「仕事はつらいよ」特集三宅香帆

「か、帰りたい……」

そう嘆く時もあるのが人生、いや、労働ですけれど。

ブラック企業、パワハラ上司、望まぬ転勤!

と、嘆いてるのは、まさかの現代日本だけではなくて、萬葉集の時代も同じだったのです……!

「最近の若い人はあまり働きたがらない、すぐ帰りたがる」って言う人いますが、それ1200年前の人も同じですから!!!

(イラスト:いらすとや)

というわけでラブコメ萬葉集、今回のテーマは「働きたくない! 家に帰りたい!」。もはやラブコメの域を超えているのではというツッコミを受けそうですが、ちゃんとラブでコメディな話も出てくるので安心してください。

 

さて、今回まずはこちらの歌。

 

夫君に恋ふる歌一首

飯食めどうまくもあらず 行き行けど安くもあらず あかねさす君が心し忘れかねつも(巻16・3857)

(現代語訳)ごはんを食べてもおいしくない。そのあたりを散歩しても心が安らがない。あの人の心を忘れられないんだもの!

 

……これだけ読んだら、ただの恋の歌、それこそ「ラブコメ」の歌のように思えますよね。

だけどこの歌には、左注、つまりは注釈がついている。どんな経緯でこの歌が詠まれたのか。それはこちら。

 

右の歌一首は、傳へて云はく「佐為王に近習の婢ありき。時に、宿直遑(いとま)あらずして、夫君に遇ひ難し。感情馳せ結ばれ、係恋実に深し。ここに當宿の夜、夢の裏に相見、寝を覺めて探り抱くに、曽て手に触るるものなし。乃ち哽咽び歔欷きて、高聲に此の歌を吟詠しき。因りて王これを聞きて哀慟し、永く侍宿を免かれしめき」といふ。

あるところに、佐為王の邸で働くOLさんがいました。彼女の出勤は昼も夜もずうっと続いていたので、夫に会えない日々が続いてしまった。すると彼女の気はふさぐし夫に会いたいしで悲しくなってしまった……と。

 

夫にも会えないブラック企業だったんかい! と読者は彼女を心配してしまいますが、まあ続きを読みましょう。

ある日、夜に泊まりで仕事だった時、彼女は夢の中で夫の姿を見ることになります。

そのとき手探りで夫に抱きつこうとしたけれど……触れられる相手はそこにいない。手は空をつかむようにして、彼女は目を覚まします。

たまらなくなって彼女は泣きじゃくります。そして声をあげてこの歌を詠んだわけです。

 

「飯食めどうまくもあらず 行き行けど安くもあらず あかねさす君が心し忘れかねつも

(ごはんを食べてもおいしくない。そのあたりを散歩しても心が安らがない。あの人の心を忘れられないんだもの!)」

 

主人である佐為王はこれを耳にして、彼女をかわいそうに思いました。そしてそれ以来、彼女はなんと、ずっと夜に泊まりの仕事を免除されたとのことです……!

おおっハッピーエンドじゃないか! ブラック企業社員を、歌が、すくう!

昼も夜も仕事で、ああ帰って旦那さんに会いたい~旦那さん夢で見ちゃったんですけど~、っていうかもう働きすぎてご飯を食べても散歩しても楽しくないんですよう~! と嘆くOLさんを、上司がかわいそうに思って夜の仕事免除……ってあまりにも感動のストーリー。やばすぎ。歌、つよい。

まあ、こんな話が日本最古の歌集である萬葉集に収録されているのはどうなんだ日本、と言いたくなりますが。我々のずっと前に生きてた彼女も、ブラック労働環境には苦労してたわけですね。
 

1200年前から働く女子は妄想で疲れを癒していた!

(イラスト:いらすとや)

こんなふうに、ラブコメでありつつ「働きたくねえ!」と叫んだこちらの歌を筆頭に、萬葉集には意外と「働く人の気持ちを詠んだ歌」が収録されています。

たとえば今も昔も変わらない、働く女子の妄想を詠んだ歌。

 

稲つけばかかる吾が手を 今宵もか殿の若子が取りて嘆かむ(巻14・3459)

(現代語訳)稲を搗くとこんなふうに手は荒れてしまうけれど、今夜もあのお屋敷の若様が私の手をとって、「ああかわいそうに、こんなに手を荒れさせてしまって……大変だね、おつかれさま」と嘆いてくださるかしら。

 

萬葉集の時代、稲をつくことは生活に必須の労働。ねずみや虫といった害虫から大切なお米を守るために、毎日精米していたのです……(大変!)。

だけど手は荒れるし、なかなかの重労働。今日も米をつくのは大変だわぁ~。

けど! 今夜もきっと私の手をとって、あのお屋敷の若様が嘆いてくださる。「こんなふうに手が荒れてしまって……かわいそうに」と! そんな歌。

最初に注釈しておくと。これ、おそらく現実の恋を詠んだわけじゃなくて、妄想を詠んだ歌なんですよ。

この歌が収録された章は「東歌」といって、地方で詠まれた身分の低い民衆の歌を集めた箇所だし、たぶん労働のあいまに戯れで詠まれた歌なんです。

だけれども! この妄想が1200年前に生まれていたことを! 私は高く高く評価、っていうか共感したい!

だってすごくないですか? 疲れた労働が終わった後、ただ「殿の若子(ちゃんと「貴族の」「若い男性」に限定しているあたり、妄想のディティールが見えます)」が手をとってくれるだけじゃなくて、「嘆いて」くれるでしょうか、って言うんですよ。この最後の句が「取りて言わむ」(手をとって何か言う)じゃなくて、「取りて嘆かむ」(手をとって嘆く)なあたり、働く女子の変わらない妄想を見ます。

しかも手をとるのは「今日」とかじゃなくて「今宵」ですよ!? 夜って限定している。

以前『きみはペット』(小川彌生、講談社)という漫画が流行しましたが。「働く女の人を、ペットみたいなかわいい男の子が毎日『おつかれさま!』と言って癒してくれる」妄想を体現した漫画なんですよね。萬葉集のこちらの歌は、アレとまったく同じ類の妄想に見えます。

1200年たっても働く女子の妄想は変わらないんだよ……! しかし和歌で彼女たちが望んでるのが「殿の若子」ってのが妄想垂れ流しすぎる。

 

単身赴任から帰りたい…

しかし女性だけでなく、男性も働くのは大変。こちらの歌は、望まぬ単身赴任となった夫の一首です。

 

さすだけの大宮人は今もかも人なぶりのみ好みたるらむ〈一に云ふ「今さへや」〉(巻15・3758)

(現代語訳)あの大宮人たちは、今もやっぱり人に意地悪することだけが好きなんだろうな!

 

何の恨みがあったのかと心配になる歌ですが。実はこの作者・中臣宅守は都から離れて越前国(今の福井)に流されておりました……。そんな折、都にいる奥さんの狭野弟上娘子に送った歌のうちの一首。そりゃ恨みたくもなるよな! 大好きな妻と離れて自分だけ田舎に居るなんてな!

自分と離れて都にいる奥さんへの、大宮人(=宮中に仕えるお役人)から意地悪をされていないか、からかいや嫌な噂を流されるといったことをされていないか、心配する歌、というふうに解釈されています。あるいは自分が流されたことそのものに対する愚痴、という説もありますが。

しかしどっちにしろ、望まぬ単身赴任は1200年前からあったという悲しき現実が浮かび上がる歌ですね。つらい。

ちなみにこの歌以外に旦那さんが奥さんに送った歌たちも、夫婦愛に満ちてて微笑ましいんですよ。だからこそ離れて暮らす奥さんのことが心配になっちゃうんだな~絶対現代だったらめっちゃライン送るタイプの旦那さんだな~と想像しますが。

もしあなたが意図せず単身赴任することになったら参考になるかも知れないので、ぜひ読んでみてください……ってそんな参考にするような機会が少ないことを願ってますね!

(写真:iStock.com/jesadaphorn)

そんなわけで。働くことは、萬葉集の時代からなかなかどうして大変だったわけですよ。

いやー、1200年経っても改善されない日本人の労働環境!

しかしこうやって「帰りたい……」という嘆きが文芸作品として残るのはちょっと面白いもんです。他の国ではあんまり見ないです(もしご存知だったら教えてください)。

 

萬葉集でも読みつつ、働きすぎず、無理しすぎず。明日もがんばっていきましょう、働くみなさん! えいえいおー。

関連キーワード

{ この記事をシェアする }

ラブコメ!萬葉集

新元号「令和」の元ネタとして今注目の「萬葉集」。萬葉集研究をしていた京大院卒書評家が、その面白さを現代目線からぶったぎりつつ解説します。

バックナンバー

三宅香帆

1994年生まれ。高知県出身。文筆家、書評家。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了。天狼院書店(京都天狼院)元店長。大学院にて萬葉集を研究する傍ら、2016年天狼院書店のウェブサイトに掲載した記事「京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」と思う本ベスト20を選んでみた。 ≪リーディング・ハイ≫」が2016年年間総合はてなブックマーク数ランキングで第2位に。選書センスと書評が大反響を呼ぶ。著書に外国文学から日本文学、漫画、人文書まで、人生を狂わされる本を50冊を選書した『人生を狂わす名著50』(ライツ社)、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』(サンクチュアリ出版)がある。

Blog:https://m3myk.hatenablog.com/
Twitter:@m3_myk

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP