1. Home
  2. 読書
  3. ラブコメ!萬葉集
  4. 「令和」にまつわる歌、実はKYな部下がや...

ラブコメ!萬葉集

2019.04.26 更新

第1回

「令和」にまつわる歌、実はKYな部下がやらかしていた歌だった三宅香帆

(絵:いらすとや)

新元号出典というニュースによって、元号特需に沸く『萬葉集』。

実は私、大学院の隅っこでひっそり『萬葉集』研究をしていたのだけど、まさか自分が生きてるうちに、アマゾンで『万葉集』(岩波文庫)が売り切れになる日が来ようとは思っていなかった。いやはや。嬉しい限りである。

そんなブーム真っ盛りの『萬葉集』だけれども! 

私は!! もっと!!

『萬葉集』のいろんな面をみんなに知ってほしい!!のである。

あまり知られていないけれど、『萬葉集』には4516首という膨大な量の歌が収録されている。そのなかには、たとえば「元祖BL」とでも言いたくなる男性同士の恋愛和歌、今も昔も変わらない「労働したくない!」ひとびとの歌、「この子ってもしかして今風に言うと『メンヘラ』では……?」とひっそり思う重た~い片思いの歌(しかもたくさん)、だじゃれや笑えるネタで乗り切った歌、などなどなど、ありとあらゆるジャンルの歌が詰まっている。

 

 

冒頭にも申し上げた通り、私は大学院で萬葉集を専門に研究していたので(ちなみに修論のテーマは「『萬葉集』における「歌語」の萌芽」)、きたるべき「令和」の時代、これはもう『萬葉集』を世に広めてくしかないのでは!! と心底思っている。ちなみに「新元号「令和」元ネタの万葉集では、「妄想力」が爆発していた」という話も書きました。いやごめん引かないで。楽しく『萬葉集』への愛を語りたいだけなの。

実際に『萬葉集』の中身を覗いてみると……たとえば今回の新元号「令和」。

実は大伴旅人という歌人を中心に、梅を見つつ宴会を開いたときの「題詞」が出典なのだけど(題詞って、歌の解説みたいなもんです。『萬葉集』にはたまにある)。

「令和」に対するニュースやツイッターの反応を見てみると、「梅の花を詠んだ歌群が出典」「日本の美しい風景を表現した言葉」「平和な日本の象徴となる元号」「でも実は漢詩が出典」といった意見がちらほら。

しかし! そんな「令和」の字義だけじゃなく、私は、「令和」の元ネタになった題詞やその歌たちに注目してほしいのだ。

実は「令和」の元ネタになった歌たち、「ただ梅を見て詠んだ歌」って意味以上の、面白さが潜んでいる。

よし、じゃあ私と一緒に具体的に見てみよう。以下は「令和」の出典となった題詞が付されている宴会の歌たちだ。そのうちの一首をご紹介する。基本的に、梅を見る宴会で詠まれた歌だと思っていただきたい。

春されば まづ咲くやどの 梅の花 ひとり見つつや 春日暮らさむ(筑前守山上大夫、818番)

訳してみると「春が来るとまず咲く庭前の梅の花……この花をひとりで見ながら長い春の一日を暮らすんだろうか」。

梅の花が咲いたけど、ひとりで見るのは寂しいな~。って寂しさ詠んだだけかい! これだけだと「ふーん」としか思えない。

だけど、事情が分かると、歌の意味がすこし違って見えてくる。

ある意味「日本らしい」梅の花の和歌

まず当時「梅の花」とは「花魁」と呼ばれていたことを知ってほしい。「花のさきがけ(魁)」。だって梅は、春のいちばん最初の季節に咲くから。……なんだかやたら美しい発想の別名じゃないか~さすが日本古典の和歌~。と、うっとりしてしまう。

しかし! 実はこの「花魁」という漢字、中国古典の漢詩を元ネタにした発想なのだ。漢詩では、よく春のはじまりと梅の咲き始めが重ねられていて、日本がその発想を取り入れていた。 

いや~昔も今もカレーとかラーメンとか、外国の発想カスタマイズが上手な日本国民である(ちなみにオリジナルであるところの漢詩では、よく「梅の花が散ること」と「女性の恋心が生まれること」が重ねて詠まれている。こ、これぞ風流~さすが漢詩~センスある~)。

(写真:iStock.com/Shubhashish5)

まぁ、そんな事情もあって「春が来たときに梅を見る」というのは、「春がやってくる瞬間」の象徴。

しかしそんな素敵な春のはじまりを「ひとり」で過ごすのが、今の状況。

孤独で切なく、嬉しいはずの春の訪れも「あ、まだ始まりでしかない、長いな……」とぼんやり思ってしまう。

この時間間隔の揺れ、分かります!? ひとりの「春の始まり」は、「これから一人で過ごさなきゃいけない春の始まり」なんだよ! せ、切ない。

だってそこには、「本来ならひとりでいるはずじゃない美しい春の始まり」が片割れに可能性として存在してるんだから。

どの時代にもまじでKYなやつがいる

なぜこんな歌が宴会で詠まれたかというと、実は、宴会主催者である大伴旅人が妻を亡くしていたからだ。

宴会にやってきた仲間は、旅人のことを思いやり、妻を亡くして孤独な彼の心情を詠んだ歌をプレゼントしたのだった……。

 

と、ここで終われば大変よい話。

なんですが。

ねえちょっと。真剣に考えてみてください。

もし、もしですよ。もし、あなたの上司が妻を亡くしていて、みんなで宴会をしていたとしたら。

上司の「孤独な心情」なんて、触れなくない!? 

ふっつーは、そこに触れずに楽しく宴会するもんだと思いません!? あまつさえ上司の孤独な身の上を詠んだ歌だなんて、気まずくて詠めたもんじゃないわ。空気を読もう。失恋した上司のいるカラオケで、失恋ソングをどっぷり歌う人がいたら、気まずくない!? 

……というのは現代人である私の勝手なツッコミではなく。おそらく『萬葉集』の時代の人々も思ったことなのである。

次の歌を見てほしい。

世の中は 恋繁しゑや かくしあらば 梅の花にも ならましものを(豊後守大伴大夫、819)

訳は「あなたの言うとおり、人の世は恋心が尽きずつらいものですね。いっそ梅の花にでもなりたい」。

……恋心が尽きないからつらく、梅の花になりたい? なんだか意味が分かりづらいビミョーな歌やな、と一見思う。だがしかし! 前の歌から考えてみてほしい。

 

上司:妻を亡くしている

Aさん:「(上司さん、ひとりぼっちで)梅を見るにもつらい春ですね……☆」

Bさん:「い、いやあつらいですよね、世の中って恋ばっかりで! 梅にでもなりたいですねハハハ!」

 

ナイス・フォロー。であることが分かるだろーか。

そう、前の歌だけだったらどう考えても「妻を亡くした旅人の心情」に解釈できてしまう。いままで恋の歌なんて出てきてないわけだから。

しかし後の歌が入ることによって「いやあコイツ、前の歌は上司さんのことを詠んだわけじゃありませんよっ、世間の恋一般のことですよ! いや~やんなっちゃいますね彼女ナシは!」と宴会での解釈を無理矢理変更するようになってるのだ。賢い。えらい。

ちなみにこの梅見の宴会で「恋」という言葉が出てきたのは、この歌だけ。ますますこの歌がフォローである可能性が高い。はは、日本の宴会・空気読み文化はこの時代から。

っていうか「恋」という言葉が出てくるのは実際の切実な恋心を詠んでいるわけじゃなくて、「これは恋ですよ~」って強調したい時、ってちょっと面白いよね。

ちなみに、この次の歌はこちら。

梅の花 今盛りなり 思ふどち かざしにしてな 今盛りなり(筑後守葛井大夫、820番)

「梅の花は今真っ盛り! 梅をここにいる親しい人たちの髪飾りにしよっかな! ほんと真っ盛りだね!」

……完全にパスに困って、とりあえず宴会を盛り上げようとする顔が見える。い、いいヤツ。きっとカラオケでは盛り上がる曲入れてくれることだろう(たぶん)

萬葉集から今も昔も変わらない「面白さ」を読み解く

そんなわけで。

「令和」出典となる『萬葉集』の歌は、一見「だれもいなくてひとりの寂しい春……」と切ない心情を歌ったものに読めても、周辺をよく読むと、ちょっと空気が読めなくてむしろコメディ的な振る舞いに見えてくる。

さらに「恋」ってわざわざ言う時には、実際の恋心を表現したいわけじゃなくて、ただ説明として「恋」という単語を使いたいだけだったり、とか。

意外と、一面的ではない、多様なコミュニケーションと心情が表現されている、のだ。

ほら、新元号「令和」だって、きっとニュースでは「梅の花を詠んだ風流な一群が出典で……」と言われるだけだろうけれど(そしてそれが悪いわけじゃないけど)。ちゃんと『萬葉集』の原文を読んでみれば、意外と笑いに満ちた新しい一面を発見することができるのだ! 

奈良時代の人、ただ梅の花がきれいだと和歌を詠んでいたわけじゃないんだよ!! 

当たり前だけど、私たちの生活も人生も、一面的ではない。いろんな面がある。それと同じで、『萬葉集』だって、多面的なのだ。

新元号になることだし、これを機に、『萬葉集』の知られざる一面が周知されるのかもしれない。私はいそいそと『萬葉集』の読み直しを始めよう、と思うのだった。

関連キーワード

{ この記事をシェアする }

ラブコメ!萬葉集

新元号「令和」の元ネタとして今注目の「萬葉集」。萬葉集研究をしていた京大院卒書評家が、その面白さを現代目線からぶったぎりつつ解説します。

バックナンバー

三宅香帆

1994年生まれ。高知県出身。文筆家、書評家。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了。天狼院書店(京都天狼院)元店長。大学院にて萬葉集を研究する傍ら、2016年天狼院書店のウェブサイトに掲載した記事「京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」と思う本ベスト20を選んでみた。 ≪リーディング・ハイ≫」が2016年年間総合はてなブックマーク数ランキングで第2位に。選書センスと書評が大反響を呼ぶ。著書に外国文学から日本文学、漫画、人文書まで、人生を狂わされる本を50冊を選書した『人生を狂わす名著50』(ライツ社)がある。

Blog:https://m3myk.hatenablog.com/
Twitter:@m3_myk

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP