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ラブコメ!萬葉集

2019.06.26 更新

第3回

萬葉集版・LINEを送りすぎて既読スルーされる女子三宅香帆

我が形見見つつしのはせ荒珠(あらたま)の年の緒長く我も思(しの)はむ(巻四・五八七)

(現代語訳)お別れの時に私があげたプレゼント、ちゃんと見返して私のことを思い出してくださいね。私もずっとずっとあなたのことを思っていますわ(はぁと)。

 

……これが長年連れ添った夫婦のあいだで贈られた歌なら「わーラブラブだー」とにっこり微笑みたくなるけれど。結婚しているわけでもない女性から、遠くへ赴任することになった時に贈られた歌だとすると、けっこう「うっ、おそろしい」と背筋を凍らしてしまう、かもしれない。

今回ご紹介するこの歌の作者は、その名も笠女郎(かさのいらつめ)さん。

笠女郎、めちゃくちゃかわいい歌詠むんだけど、その一方で愛が重たく歌も重たく、現代風に言うと「LINEを送りすぎて既読スルーされる女子」なのですわ……。

 

 

二十九首送って返事は二首のみ…

(写真:iStock.com/oatawa)

大伴家持(おおとものやかもち)、って名前を聞いたことのある方は多いと思うのですが。

家持は、萬葉集の編纂者か?とも言われている歌人。そもそも家が歌人だらけだし、はやいうちからおそらく歌の英才教育を受けたであろう、大歌人。

で、萬葉集には、彼の交際関係がほんとうに「すべてでは!?」ってツッコミたくなるくらい載ってるんですけど。ちなみに前回の池主とのBL和歌も、家持の交際範囲でのお話でしたね……。

しかしそんな大伴家持に歌を二十九首贈ったのが、笠女郎。

二十九首、と聞いて多いのか少ないのか判断しかねるかもしれませんが、いやあ、家持から返ってきた歌が、二首のみ、なんですよ。

二十九首の歌を女性から贈り、男性から返ってきたのが、二首。

おい家持! と言いたくなるか、おいおい笠女郎……と言いたくなるか、それはあなたの人生経験次第なんですけれども。

 

そんなLINE既読スルー系女子(なんて名づけてごめんな)、笠女郎。彼女の歌を見てみると。

 

夕されば 物思ひまさる 見し人の 言(こと)とふ姿 面影にして(巻四・六〇二)

(現代語訳)夕方になると、なんだかぼんやりと好きな人のことを考えちゃう。だって、前に会ったときに、彼が言葉をかけてくれた姿を思い出すから。

 

お、おとめ! と言いたくなる。しかし一見、乙女ちっく全開なこの歌。よくよく考えてみれば「いまは声をかけてくれないあなたが、さらっと声をかけてくれたあの時代を夕方になると思い出しちゃうわ」なんて言ってるわけで、若干の怖さが残るよ。笠女郎、そういうことは男に言うもんじゃないよ、と思わず女子会で説教しちゃいそうな和歌です。女友達からしたら、そこがかわいいんだけども!

 

恋にもぞ 人は死にする 水無瀬川 下ゆ我れ痩す 月に日に異(け)に(巻四・五九八)

(現代語訳)恋の苦しみが原因で人は死ぬことがあるんだよ。ねえ私は、水無瀬川みたいに人知れず痩せていってるんだ、月ごとに、日ごとに……。

 

おっ、重いよ!!! 重いよ笠女郎!!! 彼女からのLINEに書かれてたらちょっと背筋の凍ってしまう歌ではないですか。いやー、「恋にもぞ人は死にする」ってはじまりがいいですよね。恋によって人は死ぬんだよ? と言う女性。おおう。重いけど、笠女郎がどういう人だったのか、ちょっと分かってしまう歌ですね。

 

思ひにし 死にするものに あらませば 千たび我れは 死にかへらまし(巻四・六〇三)

(現代語訳)恋で悩んで人が死ぬものなら、私は千回死んでると思う。

 

こんなの送られてきたら、真顔でLINE……いやちがう、和歌をを見つめてしまうよ。笠女郎の歌は、おそらく一気に贈ったものではなく、少しずつ贈られたものをまとめて萬葉集に掲載したのだろうと言われているのですが。それにしたってこの和歌は、どれくらい仲が良かった時期に贈られた歌なのか、ちょっと気になるところですね。愛情冷めかけの時期でしょうかやっぱり。

重たい愛はセンスを磨く(かも?)

(写真:iStock.com/PfeifferV)

相思はぬ 人を思ふは 大寺の 餓鬼の後方(しりへ)に 額(ぬか)つくごとし(巻四・六〇八)

(現代語訳)両思いじゃない人に恋することって、大寺の餓鬼像のうしろから、額を土につけて拝むようなものですねえ。

 

……ううむ、かりにも恋の歌なのに、「餓鬼像」(貪欲から餓鬼道に堕ちた人の像)なんてワードを持ってくるあたり、笠女郎センスが詰まっていると思いませんか。片思いを綴ったことばは古今東西数多あれど、「餓鬼像をうしろから拝む」なんて表現は彼女以外に聞いたことがないです。

 

……とまあ、こんな歌がずらりと二九首並んでるわけですよ。すごすぎる。

しかしそんな笠女郎の和歌たちに、家持が返した歌のうち一首が、こちら。

 

なかなかに 黙(もだ)もあらましを 何すとか 相見そめけむ 遂げざらまくに(巻四・六一二)

(現代語訳)むしろ声をかけずに黙っておくべきだったのかなあ、なんで会いにいったりしたんだろうね、結局最後まで想いは遂げられないのに。

 

えっ家持きみがそれを言う!? と、私が笠女郎の女友達だったら、家持の肩をつかんでぶんぶんと振ってしまいそうです……。結局最後まで遂げられないのだったら、もはや声かけないほうがよかったのかもね~! なんて言う男、あかん。だめ、絶対。と私は思うのですが、あなたはどう思いますか。

 

いやはや、笠女郎の重い片思いっぷりと、家持のさくっとかわす感じがよく出ていて、面白い歌群だな~と私は思うわけです。それにしても、今も昔も恋する乙女の言動は変わらないのですね。

笠女郎の和歌を読むたび、私は彼女を女子会に誘って「ほら恋愛話聞いたげるから、愚痴言いなよ……」って言ってあげたくなります。萬葉集のヒロインもさまざまですね。

 

※本文は全て『萬葉集釈注(2)』(伊藤博、集英社)を参考にさせていただきました。

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ラブコメ!萬葉集

新元号「令和」の元ネタとして今注目の「萬葉集」。萬葉集研究をしていた京大院卒書評家が、その面白さを現代目線からぶったぎりつつ解説します。

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三宅香帆

1994年生まれ。高知県出身。文筆家、書評家。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了。天狼院書店(京都天狼院)元店長。大学院にて萬葉集を研究する傍ら、2016年天狼院書店のウェブサイトに掲載した記事「京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」と思う本ベスト20を選んでみた。 ≪リーディング・ハイ≫」が2016年年間総合はてなブックマーク数ランキングで第2位に。選書センスと書評が大反響を呼ぶ。著書に外国文学から日本文学、漫画、人文書まで、人生を狂わされる本を50冊を選書した『人生を狂わす名著50』(ライツ社)、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』(サンクチュアリ出版)がある。

Blog:https://m3myk.hatenablog.com/
Twitter:@m3_myk

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