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2019.06.22 更新

〈生命の神秘〉手塚の異色作をオリジナル原画の鮮やかさで再現 手塚治虫『アポロの歌』中条省平

このところ立東舎から濱田髙志(はまだたかゆき)のみごとな編集によって、手塚治虫マンガの雑誌連載時のオリジナル版を復活させる試みが続いています。そのたびに手塚ファンをわくわくさせ、まるで別の作品に接するような新たな興奮を感じさせてくれます。

『ダスト18』『アラバスター』という渋すぎるラインアップに続いて出た最新刊は、『アポロの歌』です。

手塚の「性教育マンガ」として知られる作品ですが、そうではありません。いや、たしかにそんな企画で始まったのですが、その前提を軽くふっ飛ばして、手塚治虫の最も根源的なテーマに肉薄したマンガなのです。

 

そのテーマとは、〈生命の神秘〉ということです。こういうと安っぽく聞こえるかもしれませんが、〈生命の神秘〉とは、人間の命の尊厳を讃えるヒューマニズムとはまったく異なっています。この場合の〈生命〉は、人間だけに限らないからです。  

手塚はペンネームを決める際、本名の手塚治にわざわざ「虫」を付けて、そこに大好きな昆虫のオサムシの響きを加えました。彼はちっぽけな虫一匹の観察から、そこに限りなく広がる〈生命の神秘〉を感じとり、自分の生命と虫の生命に等しい価値を見出しました。その発見が、手塚治虫の出発点なのです。

『アポロの歌』の根底にあるのは、なぜ宇宙の隅っこの地球上にたまたま生じた〈生命〉は営々として無限の再創造をくり返すのか?という問いです。しかも、ある程度進化した生命体はすべて、人間も含めて、交尾によって〈生命〉を連続させるのです。

今回、大判、カラーで復刻されたオリジナル版は素晴らしい鮮やかさです。

とくに冒頭の8ページは、雑誌連載時の2色カラーではなく、オリジナル原画を初めて4色カラーで再現したので、その印象の強烈さは比類ありません。

射精前の5億個の精子が擬人化され、たった1個の卵子にむかって、文字どおり命を賭けた競争に挑むのです。そのばかばかしいほどの生命の狂乱の祭り。そして、受精後には、死んだ精子のおびただしい死骸が累々と残されます。ジョルジュ・バタイユのエロティシズム論をさえ連想させる、その無意味な狂乱と蕩尽にきわまる生と死の不可思議。手塚治虫の考える〈生命の神秘〉が、これほど鮮烈に視覚化されたのは、今回の『アポロの歌』オリジナル版が初めてのことでしょう。

内容は、人間を愛することができない主人公が、夢の世界に滑りこんだり、タイムスリップをくり返したりしながら、愛の神秘と、束の間の喜びと、永遠の悲しみを経験しつづけるというものです。

「性教育マンガ」という出発点から、愛の神秘のロマンティックな夢想を経て、交尾をくり返しながら永遠に満たされぬ生命の渇望の甘受に至るという哲学的なマンガ。まさに異色の力作だと実感しました。

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中条省平

1954年神奈川県生まれ。学習院大学フランス語圏文化学科教授。東大大学院博士課程修了。パリ大学文学博士。著書『中条省平は二度死ぬ!』『文章読本』など。翻訳書最新刊はロブ=グリエ『消しゴム』。

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