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東京の世田谷文学館で開催中の「伊藤潤二展 誘惑」(9月1日まで)に行ってまいりました。
まことに充実した展覧会で、ざっと見るだけでも1時間以上かかりましたが、特異なホラー世界の面白さを十二分に満喫しました。
来場者には外国人も多く、なかには、手足に伊藤潤二のマンガのコマを刺青した人などもいて、アメリカはじめ世界各国での彼の人気の高さを実感させられました。
私が行ったのは5月30日でしたが、アマゾンでは7月5日発売となっている展覧会の公式カタログがここではすでに売られていて、大喜びでさっそく買いこみました。
税込み4180円といささか高価ですが、内容も装丁もデザインもしっかりとしていて、とくに色彩画の美しさが出色です。
伊藤潤二は、マンガ家を引退したら油彩画を描いていきたいと語っていますが、その自負を裏づける独自の華やかな個性を見せています。
さて、今回本欄でご紹介するのは、この展覧会を機に増補新版として刊行された『伊藤潤二大研究 増補新版』(朝日新聞出版)です。
伊藤ワールドをあらゆる側面から照らしだすムック風の単行本です。カラー、モノクロの図版がたっぷりで、資料的な価値もあるばかりか、伊藤潤二というマンガ家の、あまりに普通すぎておかしな人間性まで窺うことができる内容になっています。伊藤ファンならずとも、日本のマンガに興味をもつ方には必携といえる価値があります。
しかも、単行本未収録の短編マンガが9編、さらに、デビュー前のラブコメ作品、事情があってボツになった超短編というお蔵出し作品まで2編入っていて、伊藤潤二の新刊短編集としても読める本になっているのです。
なかでも、37ページある「恐怖の断層」は、NHK Eテレの「浦沢直樹の漫勉」で制作現場が大々的に紹介された作品で、読みごたえ抜群の力作です。
日本のある考古学遺跡から、不自然に褶曲した地層が発見され、その中心には子供の髑髏がありました。褶曲した地層自体が、子供の遺骸を何重にも包みこむバウムクーヘンのような巨大な人形(ひとがた)になっているのです。
こうした、ちょっと諸星大二郎を思わせる鮮烈なアイデアから始まって、人形の呪いを受けた考古学者一家の惨劇がくり広げられるのですが、出発点の奇想から雪崩を打ったように展開する予想外の血みどろのドラマは、もう伊藤潤二にしか不可能な突拍子もないもので、私は久々に伊藤ワールドの醍醐味を堪能しました。
すごくうれしいのは、完成したマンガ作品に加えて、最初のプロット(粗筋)と、シナリオの最終バージョンが完全収録され、さらに、部分的にではありますが、コマ割りしたネーム原稿と完成原稿との対比まで見せてくれます。
こんなに親切に舞台裏を明かしてくれるマンガ家はちょっと稀で、読者へのサービス精神に私は感動してしまいました。
肩の力を抜いた自作のパロディマンガや、デビュー前の作品への細やかにしてユーモラスなコメントに至るまで、多彩な楽しみの詰まった短編集になっているのです。
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マンガ停留所
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