
今回ご紹介するマンガは、たかたけしの『住みにごり』(小学館、既刊4巻)です。
たかたけしは、40歳にして初めて『契れないひと』というマンガの単行本を出しました。
26歳でマンガ家になるために東京にやって来ましたが、ずっと不遇のときを過ごしたのち、ようやく『契れないひと』で開花したという逸材です。
『契れないひと』は、子供の英会話教室への勧誘をおこなう戸別訪問の若い女性を主人公にしたブラックな喜劇で、2年前に本欄でも取りあげました。
作者自身が、戸別訪問の飛び込み営業を実際にやっていた経験があるため、そこから生じる奇妙なリアリティもあり、訪れる家庭の奇人変人の生きざまと、英会話教室への勧誘をおこなう同業の先輩、同僚、後輩たちの人間ドラマがじつに面白く描かれていました。
新作『住みにごり』は、『契れないひと』で登場した様々な家庭の異常なありようを、ひとつの家庭に凝縮して表現するといった感じのマンガです。
ですから、ホームドラマの一種といえばいえるのですが、世間によくあるはずの家庭が、ひと皮めくれば、あれよあれよという間に、その奥の異常さをむき出しにして、『契れないひと』にも見られた幻想ホラーの領域に接近していきます。そのスリルが読みどころです。
主人公・末吉(すえきち)は29歳。会社から長めの夏休みをもらって、地方の実家に帰省します。
実家の家族構成は、父、母、兄の3人で、これに、結婚して家を出たものの、離婚して現在ひとり暮らしの姉がときどき顔を出します。
いちばん問題なのは、35歳の兄・フミヤで、もう15年以上も働かず、部屋にひきこもって、毎日ポテトチップを箸で一個一個食べる生活をしています。
末吉は、兄が通り魔殺人を犯す夢を見ます。子供のころ、兄が残虐な行為を犯した現場を見て以来のトラウマなのです。
バツイチの姉・長月(なつき)は色っぽく、男にだらしなさそうですが、さっぱりした気性の女性です。
母親は、脳出血の発作以来、車椅子生活を余儀なくされていますが、いつもニコニコ前向きで、家族全員にやさしく接しています。
父親は、かつては高級な鏡台を作る会社で総務部長まで務めたのですが、定年前にリストラされて、いまは中華料理屋のバイトで、その店では先輩の若い男に顎でこき使われています。
そこに、末吉の同級生だった森田という女子が現れ、末吉は森田と付きあいはじめるのですが、この森田が末吉の家庭を包んでいたひと皮をめくる役割を果たすのです。
ひきこもりの兄が意外にまともな素顔を表す一方、父親のかつての悪行や暴力癖、母親との歪んだ純愛関係なども徐々に明らかにされ、この家族がどこまで暴走するか、また、過去に本当に起こったことは何だったのか、うすら寒い気分になるのですが、どうしても目が離せません。
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