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愛の病

2019.06.04 更新

うつくしい仕事狗飼恭子

 担当編集者さんから、騒動についての謝罪のメールを貰った。彼女は謝らなければならないようなことを何一つしていない。
   
   だから、謝らないでください、と返事をした。休日の夜だった。彼女はこれからどれくらいの人に頭を下げるんだろう、そう思ったら少し胸が痛んだ。

 わたしの言葉は綺麗ごとだらけで、彼女を救いはしなかったろう。
   そう思ったら、物書きとしての自分の力量にも失望した。

 

 

 以前、友達に、
「これからは美しい仕事をしないとね」
 と言われたことを思い出す。

 美しい仕事。
 聞いた瞬間、どきっとした。

 たぶん、そんなに深い意味はなかったのだろう。その言葉の意味についてそれ以上友達が話すこともなかったし、その場にいたほかの人たちもそれを聞き流しすぐに違う話題にうつった。でもわたしの胸にその言葉はこびりついて、今も残っている。

 美しい仕事とは一体なんだろう。それをずっと考えているけれど、答えがでない。
 では、「美しくない仕事」とは?

 わたしが今思いつくのは、
 人を貶めたり陥れたり、暴力をふるったり尊厳を奪ったり、他者の不幸の上に成り立っている仕事だろうか。抽象的だけれど。

 「美しくない仕事」の反対が「美しい仕事」なのだとしたら、
 人を称えたり救ったり、痛みを取り除いたり尊厳を与えたり、他者に幸福をもたらす仕事になるのだろうか。こちらもひどく抽象的だ。
    
   結局、なにがどう美しいのか、よくわからない。

 考えていて、ひとつ、わたしが美しいと思った仕事を思い出した。それは、いつかドキュメンタリーで観た豆腐屋の仕事だ。

 早朝、まだ夜も明けきらぬ時間に起きて、豆腐を作る。冷たい、凍えるほど冷たい水に手を突っ込んで、崩れないよう丁寧に豆腐をすくう。味を確認し、お客様に販売する。

  その日の商いが終わると、次の日に備えてすぐに休む。それを日々、繰り返す。

 自分の信じた味を、誰に誇るでもなく誰に褒められるわけでもなく、こつこつと作り続ける姿を、美しいなあと思ったのだ。

 信じたものを、こつこつと。

 結局、「美しい」かどうかは他者の判断に過ぎない。自分で信じたことを、こつこつとやり続けることしかできないのかもしれない。

 他者に何と思われようと、信じてみようと思う。自分を。それから、自分の信じた人たちを。「美しい」か「美しくない」か、考えるのはそれからだ。

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狗飼恭子『愛の病』

今日も考えるのは、恋のことばかりだ--。彼の家で前の彼女の歯ブラシを見つけたこと、出会った全ての男性と恋の可能性を考えてしまうこと、別れを決意した恋人と一つのベッドで眠ること、ケンカをして泣いた日は手帖に涙シールを貼ること……。“恋愛依存症”の恋愛小説家が、恋愛だらけの日々を赤裸々に綴ったエッセイ集第1弾。

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愛の病

恋愛小説の名手は、「日常」からどんな「物語」を見出すのか。まるで、一遍の小説を読んでいるかのような読後感を味わえる名エッセイです。

 

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狗飼恭子

1974年埼玉県生まれ。92年に第一回TOKYO FM「LOVE STATION」ショート・ストーリー・グランプリにて佳作受賞。高校在学中より雑誌等に作品を発表。95年に小説第一作『冷蔵庫を壊す』を刊行。著書に『あいたい気持ち』『一緒にいたい人』『愛のようなもの』『低温火傷(全三巻)』『好き』『愛の病』など。また映画脚本に「天国の本屋~恋火」「ストロベリーショートケイクス」「未来予想図~ア・イ・シ・テ・ルのサイン~」「スイートリトルライズ」などがある。最新刊は、『遠くでずっとそばにいる』(幻冬舎)。デビュー作『オレンジが歯にしみたから』がノンカフェブックスにて復刊。中田永一原作「百瀬、こっちを向いて。」で脚本を担当。オフィシャルブログhttp://ameblo.jp/inukaikyoko/

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