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2019.04.06 更新

少女マンガが培った、技法の粋というべき名人芸!吉田秋生『海街diary』全9巻(小学館)中条省平

今回は、ちょっと遅くなりましたが、とっくに取りあげていて然るべき大傑作を扱いたいと思います。

昨年末、ついに吉田秋生の『海街diary』(小学館)が第9巻の『行ってくる』で完結しました。2006年の連載開始から足かけ13年の長丁場でした。

 

昨年はTVアニメ版の『BANANA FISH』(小学館)が大ヒットして、オリジナル新書判の古書の値段が異常に高騰したり、復刻版の豪華BOXが刊行されたりと、若い世代が吉田秋生をスタイリッシュな犯罪アクションのマンガ家として再発見するきっかけになりました(私の高校生の娘などもその口で、主人公アッシュのカッコよさに熱狂していました。悲しみのラストはトラウマになったそうです)。

いっぽう、『BANANA FISH』の復活と時を同じくして、吉田秋生が新境地を開き、長い歳月をかけ、深い思いをこめて多くの登場人物を育んだ『海街diary』が完成されたのです。感無量とはこのことです。

主題は、日本の少女マンガの最も重要な主題のひとつである家族。昔から変わらぬこの題材を扱いながら、どこまでその普遍性と現代的なリアリティとを調和させるか。その点に作者の工夫が凝縮されて、古い大家族へのノスタルジーと、母親の異なる4人の姉妹が新たな家族のかたちを再編成していくプロセスがじつに巧みに重ねあわされています。

舞台を古都・鎌倉に選んだことも成功の要因です。寺という死者の記憶を保つ場所を高台において人間の生活の諸相を眺め、同時に、大いなる海という自然をすぐそばに置いて、人間の細かい日々の営みや悩みを一気に相対化してしまうまなざしも備えています。観光名所を物語のたんなる美しい舞台に選ぶのとは異なる、土地の精霊のようなものにたいする鋭敏な感覚が働いているのです。

登場人物も、人生の半ばにさしかかった3人の姉と、スタート地点に立ったばかりの妹とその友だちの男女、そして、すでに人生の大半を終え、さまざまな苦い経験や記憶をもつ老齢の人々、という具合に多彩に配置して、一定の人物の世界に限定されない、広い人生の風景を描きだすことに成功しています。また、個々の人物の細かいエピソードの描写にも確かな手応えがあります。

家族や友人たちとの会話の呼吸がとても素晴らしいだけでなく、吹きだしで括られる会話の横に小さく記される内心でのツッコミのセリフの切れ味ときたら、これはもう日本の少女マンガが培った技法の粋というべき名人芸で、そのユーモアに感嘆させられます。

この作品は当初、4人の姉妹が、父母の死亡あるいは不在という欠如を抱えながら、新たな家族を作りだす物語として始まりました。

しかし、ラストでは、その再生された家族が、ふたたび新たな家族を生みつつ解体していくことを、人の運命として見つめているのです。ここに日本の家族観の本質があります。その無常を力強く肯定する姿勢に勇気をあたえられます。

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中条省平

1954年神奈川県生まれ。学習院大学フランス語圏文化学科教授。東大大学院博士課程修了。パリ大学文学博士。著書『中条省平は二度死ぬ!』『文章読本』など。翻訳書最新刊はロブ=グリエ『消しゴム』。

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