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2019.01.07 更新

アメリカでアジア人であること佐久間裕美子

アメリカに来る前、アメリカ人には白人、黒人、アジア系、ヒスパニックがいる、くらいのことしか理解していなかった。初めてのアメリカは、北カリフォルニアのスタンフォード大学だった。私が大学2年のときに参加した、大学生のための夏季短期留学制度のプログラムには、留学生の世話係として現役学生のボランティアたちが「ホスト」として相手をしてくれた。インド系の双子、白人のラストネームを持つ韓国人学生(白人家庭の養子として育ったと言っていた)、台湾人、フィリピン系、そして白人……想像以上に多様だった。

今思うとずいぶんプログレッシブなプログラムだったと思う。フルタイムで働くお母さんに話を聞いたり、同性愛者を受け入れる教会を訪ね、レズビアンのカップルに話を聞いたりもした。会った人たちはかなり高い確率でアジア人だった。スープキッチン(ホームレスに食事を提供する場所)で、給仕のボランティアをして、ホームレスの多くが精神疾患を患っていることや、女性のホームレスの大多数は、虐待から逃げ出してきた人たちだと知った。米軍の基地を訪ね、レクチャーをしてくれた金髪の米軍の広報官を見て、ぼんやりと「今回会ったなかで、一番、自分が想像していたに近いアメリカ人のイメージに近いなあ」と思った。アメリカは想像していたほど白くなかった。

 

 

翌年の夏休みを利用して夏学期の授業を受講したカリフォルニア大学アーバイン校(UCI)その頭文字から「中国人(C)移民(I)大学(U)」との異名がついていた。ひとつのビルにアパートのようなユニットが8戸ついた寮で、あてがわれた4人部屋の寮のルームメートのうち、二人が中国系だった。白人のリンゼイは、いつもボーイフレンドの家にいてほとんど帰ってこなかったので、いつもアジア人3人だった。バービードールのような手足をしたジェニーはお嬢様で、部屋をシェアしたサンディエゴ出身のリリーは誠実で努力家だった。二人は、いろんな課外活動をしていて、授業についていくだけ精一杯だった私は、よく部屋にいた。机に向かうのに飽きると、外の階段に座って毎日青い空を眺めた。隣の棟には、ネイティブ・アメリカンの学生たちが住んでいた。アメリカは、白人たちが先住のネイティブ・アメリカンたちから土地を奪い取って作った国だ。ネイティブ・アメリカンの生徒たちは、無料で授業を受けることができるのだった。反対側の棟には、大学生とは思えないほど背の高いバスケ選手たちが住んでいた。よく話しかけてきた黒人のバスケプレイヤーの名前はなんとジローだった。「親父の友達に日本人がいて、日本の名前を付けられたんだ」

夏の間、白人の学生の姿はほとんど見なかった。自分がアジア人であることを、ほとんど考えなかった。

 

大学院に進学する段になったとき、悩んだ末に、それまで訪れたことのなかった東海岸のアイビーリーグの大学に行くことにした。2度の夏をカリフォルニアで過ごした後、毎日、空の青い場所は勉強に向いていないと思ったこともあるし、季節があるところに住みたかったこともある。単にニューヨークに近づきたかった、という本音もあった。ニューヨークから2時間ほどの距離にある歴史の長い学校は、西海岸の学校に比べて、ずっと白人の割合が高かった。幸い、国際色豊かな友人たちに恵まれて、自分がアジア人であるということについて考える必要性はそれほどなかったけれど、人種問題は、すぐそこに醜い形で存在していた。裕福な大学のまわりの地域に暮らす人々を見ると、圧倒的に黒人が多かった。まだアメリカに奴隷が存在していた頃、貿易の要として栄えた港町ニューヘイブンは、20世紀中盤に知事が法人税を上げたことをきっかけに多くの企業に捨てられ、その結果、白人住民たちも郊外に流出していた。私が大学院に行った90年代後半には、その大学以外は雇用主がほとんど存在しない、寂しい街になっていたうえに、街でほぼ唯一の雇用主である学府に雇われる街の黒人たちの労働条件は決してよくなかったようで、いつも学校と街の間にはピリッとした緊張感が漂っていた。

警察がよく若い黒人の男性を道でつかまえて職務質問している光景を目にした。道を歩いているだけで警察に止められて尋問される。その理由は肌の色なのだ。自分が肌の色を理由に尋問されるところを想像してみた。

白人だろうと、黒人だろうと、この街に住んでいるのは、出ていけない人たちだけだよ、と教えられた。「出ていけない」にはいろいろな理由があるようだった。そんな場所にあるから、優秀な黒人学生には敬遠されるのだとも。その街には、持てる者と持たざる者を明確に分ける見えない境界があって、その境界線は、肌の色を人で分ける線と並行していた。

アジア人学生の数も、カリフォルニアの学校に比べたらぐんと少なかった。大学という場所は、見えない境界線で囲まれている 。自分がアジア人であることを意識せざるをえないことはほとんどなかったけれど、大学を出て、地元のバーに行くと、バー全体で、たった一人のアジア人の自分が注目されていることに気がつくことがごくたまにあった。

多くの場合は悪意というにはあまりに他愛ない、ちょっとした視線の動きだったりする。ひとつの場所で自分だけ肌の色が違うーーそれは日本でも、カリフォルニアでも経験したことのない感覚だった。

2年間の学生生活を経て、憧れのニューヨークに引っ越した。ニューヨークに来てしまえば、アジア人はたくさんのマイノリティのひとつに過ぎなかった。ごくごくたまに、偏見や悪意をぶつけられることはあっても、大方ニューヨークは居心地が良かった。無数の肌の色のグラデーションが作り出すモザイクの中に自分が隠れられるような快適さがあった。

結局、私はリベラルのバブル(風船)のなかに住んでいた。カリフォルニアでも、ニューヘイブンでも、そしてその後移り住んだニューヨークでも、私のまわりには、マイノリティも、女性も、ゲイもレズビアンも、平等の権利を与えられるべきだと強く信じる人しかいなかったと言ってもいい。私が知る大人たちは、若い頃、反戦運動に参加したような人たち、女性が中絶の権利を勝ち取るためにストリートに出た経験のある人たち、そんな人たちばかりだった。だから、日本から出てきたアジア人女性にとっては、大層居心地がよかったのだ。気がついたら20年以上が経っていた。(続く)

関連書籍

佐久間裕美子『ピンヒールははかない』

NYブルックリンひとり暮らし。どこまでも走り続けたい。 ニューヨークで暮らすようになって、もうすぐ20年になる。 ここでは「シングル=不幸」と思わせるプレッシャーがない。 周りには、果敢に恋愛や別れを繰り返しながら、社会の中で生き生き と頑張っている女性が山ほどいる。一生懸命生きれば生きるほど、 人生は簡単ではないけれど、せっかくだったら、フルスロットルで めいっぱい生きたい。だから自分の足を減速させるピンヒールははかない。 大都会、シングルライフ、女と女と女の話。

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Rie rei RiL  RT @keibano: 同じようなアメリカの時代でした。79年UCLA留学。のちにコーネル。 #佐久間裕美子 今が一番楽しいかも。 アメリカでアジア人であること<みんなウェルカム>佐久間裕美子-幻冬舎plus https://t.co/Fg2Wg02ZwV 3日前 replyretweetfavorite

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KenichiKawashima  同じようなアメリカの時代でした。79年UCLA留学。のちにコーネル。 #佐久間裕美子 今が一番楽しいかも。 アメリカでアジア人であること<みんなウェルカム>佐久間裕美子-幻冬舎plus https://t.co/Fg2Wg02ZwV 3日前 replyretweetfavorite

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よっしー5150  アメリカでアジア人であること<みんなウェルカム>佐久間裕美子-幻冬舎plus https://t.co/tSjj8CiRy3 6日前 replyretweetfavorite

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NYで暮らすようになって20年。ブルックリン在住のフリーライターが今、考えていること。きわめて個人的なダイバーシティについての考察。

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佐久間裕美子

1973年生まれ。ライター。慶應義塾大学を卒業後、イェール大学大学院で修士号を取得。98年からニューヨーク在住。新聞社のニューヨーク支局、出版社、通信社勤務を経て2003年に独立。アル・ゴア元アメリカ副大統領からウディ・アレン、ショーン・ペンまで、多数の有名人や知識人にインタビューした。翻訳書に『日本はこうしてオリンピックを勝ち取った! 世界を動かすプレゼン力』『テロリストの息子』、著書に『ヒップな生活革命』『ピンヒールははかない』がある。最新刊はトランプ時代のアメリカで書いた365日分の日記『My Little New York Times』。

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