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知られざる北斎

2018.06.02 更新 ツイート

北斎とゴッホ(2)

ゴッホを魅了した北斎の「不自然な色使い」 神山典士

不自然な色彩

 浮世絵の色彩と西洋の絵具との差異を、原材料の視点から研究している目黒区美術館学芸員・降旗千賀子はこう語る。


「浮世絵で使われた顔料は植物系の染料なので、ヨーロッパの絵具よりも蛍光性があります。だからヨーロッパの画家たちには、よりいっそう鮮やかに見えたのではないでしょうか。それに色は時の経過とともに退色しますから、当時はいまよりももっと鮮やかな作品だったはずです」


 ティムもこう語る。


「大英博物館のGWも色が退色していますが、本来の北斎の多くの作品は、淡いイエロー、淡いグレー、そして空はもっとピンクがかっていただろうと想像しています。ニューヨークのメトロポリタン美術館が所蔵しているGWは、世界でも一番色がはっきりしています。作品全体で色は退色していますが、このブルーはいまも素晴しいと思います」


「神奈川沖浪裏」でも北斎が使い、のちに「北斎ブルー」と言われることになる青は、「ベロ藍」と呼ばれたプルシァン・ブルー。当時の浮世絵界で盛んに使われた、比較的新しい顔料だった。18世紀初頭に「赤い染料をつくれ」と王に命じられたベルリンの顔料業者が偶然発見し、それまで使われていたアフガニスタン産のラピスラズリ石を原料とした高価なウルトラマリンに代わって使われるようになった科学染料だ。当初は製造方法は秘密とされていたが、約20年後にイギリスの科学者が銀や銅、鉛といった原料や動物の血の代わりに牛肉を使うなどして製造に成功し、世界的に広まった。


 日本では1763年に発明家の平賀源内が最初に紹介。絵師としては、伊藤若冲が1765年頃に使ったのが最も早い事例だとされている。


 北斎が「神奈川沖浪裏」を描いたのは1831年ころ。当時の清がイギリスから輸入したプルシァン・ブルーを大量に日本に輸出し始めたことから、安価で入手可能になっていた。「ベルリンの藍」がなまって「ベロ藍」と呼ばれるようになった。


 ―――ゴッホは今よりももっと色鮮やかな北斎の作品を見ているわけですね。


 ティムに尋ねると、こう言った。


「そうです。そして手紙の中でドラクロワについて触れていますが、彼は嵐の中でキリストがボートに乗っている絵にはブルーとグリーンを使っている。ゴッホはこの色使いを『人を怖がらせるための色だ』と表現しています。北斎がGWにその色を使ったのも、同じように人を怖がらせるためだったとゴッホは考えたようです。GWにはグリーンは使われていませんが、パッションブルー、インディゴブルー、時には混ぜた色を使っています。私はこのブルーがゴッホの興味を引いたのではないかと思います。ゴッホは、北斎の絵をみるとドラクロワを思い出すと書いています。ただし―――」


 ティムは続けた。


「ゴッホはアルルにいるときは北斎の絵を持っていかなかったのではないかと思います。記憶だけで書いたのではないか。彼が浮世絵をアルルに持って行ったのかどうか、とても興味があります」


 ゴッホは、一説には約500点もの浮世絵を所有していたという。パリの馴染みのカフェで浮世絵展を開いたこともある。周知のように生前のゴッホは赤貧のどん底にいたから、それらは画商だったテオのお金で購入したものだったはずだ。ゴッホはそれを友人の画家たちに転売していたとも言われている。手紙にも、テオに浮世絵を購入するように仕向ける表記がある。


「ビング(※日本美術を扱っていたパリを代表する画商)のところには屋根裏部屋があって、そこに無数の風景や人物の版画がうんとある(※他の翻訳では「1万点以上ある」)。(中略)君がどうしてモンマルトル通りに美しい日本のものをおいておかないのか、それがぼくにはわからない。(中略)お蔭でぼくは落ち着いてゆっくりたくさんの日本画を見ることができた。君の部屋も、いまみたいにいつまでも日本画なしではいられないよ。今のところ版画は一枚3スーで手に入る。だから90フラン払っておけば、別に100フラン分で、今あるものの外に新たに650点の版画ストックができることになる」(ゴッホの手紙、中、第510信)


 明治末期で1フランは約40銭。するとゴッホが言う版画の価格は約1.2銭となる。当時は上等の職人の手間賃が25銭、新聞代が一部1銭5厘だったというから、浮世絵の値段はおよそ新聞一部程度だったようだ。意外に安いという感じもするが、浮世絵は絵師や絵の種類、摺りの状態等で価格は大きく異なる。後述する、日本美術愛好家で文豪でもあったエドモン・ド・ゴンクールは、年間に3万フランも日本美術を買ったと言う。日本円にすると約1万2000円。米一石が2円90銭から3円60銭だった時代、現在の米一石(100升、約150キログラム)が4万5000円(10キロ3000円として概算)とすると、約1億5400万円となる。浮世絵の良品、希少な高級品は数百フランしたというのも頷ける数字だ。


 ゴッホが浮世絵を求め始めたのはパリで生活した1880年代末。その後ルーブル美術館の東洋部門が新設されたり、ジャポニスムが富裕層にも広がったりしたために、浮世絵の価格は高騰した。作品により価格はピンキリだし、わずかな時代の差でも価格は大きく異なったのだ。

 

 

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知られざる北斎

「冨嶽三十六景」「神奈川沖浪裏」などで知られる天才・葛飾北斎。ゴッホ、モネ、ドビュッシーなど世界の芸術家たちに多大な影響を与え、今もつづくジャポニスム・ブームを巻き起こした北斎とは、いったい何者だったのか? 『ペテン師と天才 佐村河内事件の全貌』で第45回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した稀代のノンフィクション作家・神山典士さんが北斎のすべてを解き明かす『知られざる北斎(仮)』(2018年夏、小社刊予定)より、執筆中の原稿を公開します。

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神山典士

ノンフィクション作家。1960年埼玉県入間市生まれ。信州大学人文学部卒業。96年『ライオンの夢、コンデ・コマ=前田光世伝』にて第三回小学館ノンフィクション賞優秀賞受賞。2012年度『ピアノはともだち、奇跡のピアニスト辻井伸行の秘密』が青少年読書感想文全国コンクール課題図書選定。14年「佐村河内守事件」報道により、第45回大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)受賞。「異文化」「表現者」「アウトロー」をテーマに、様々なジャンルの主人公を追い続けている。

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