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知られざる北斎

2018.06.02 公開 ポスト

北斎とゴッホ(2)

ゴッホを魅了した北斎の「不自然な色使い」神山典士

< Self-Portrait with a Straw Hat (obverse: The Potato Peeler),Vincent van Gogh,1887 / metmuseum.org >

ゴッホが認めた北斎


「私がさっきThe Great Waveについて最初に語った時『あの画家』と言ったのは、だれだかわかりますか?」


 ロンドンでのインタビューの途中、ティムはそう言って微笑んだ。


 ヨーロッパで北斎のGWを最初に認めて、言葉を残している画家――。この展覧会の会場に来るまで私は不覚にも知らなかったのだが、会場の壁にその言葉がいくつか記されていた。


「君は北斎を見て『この波は爪だ、船がその爪に捕らえられているのを感じる』と手紙に書いていたが、北斎は君にも同じ叫びをあげさせたわけだ。もちろん北斎はその線と素描によってだがね。もしただ正確な色彩とかただ正確な素描とかで書いたならば、そうした感動を引きおこさなかっただろう」


 1888年9月7日、ヴィンセント・ファン・ゴッホがアトリエを構えた南仏のアルルから、弟のテオにあてて書いた手紙の中の一節だ。
 

 ゴッホは浮世絵で見た影のない明るい色調のイメージが日本だと思い、それを南仏の強く明るい日差しに求めてアルルに移り住んだ。そして「日本人になりたい」と書いた。


「他の芸術家たちが強い太陽の下で、もっと日本的な透明さの中で色彩を見たいと望むようになるのがわかっている。だからぼくがこの南仏の入り口にかくれがのアトリエを設けるのは、それほんど馬鹿げたことではない」(「ゴッホの手紙、中」第538信)


 日本人からすれば戸惑いを感じる表現だが、ゴッホは大真面目だ。アルルで創作活動に励んだのは、「日本愛」の表出だったのだ。


 その日記の中に「北斎」はしばしば登場する。ティムはこう語る。


「ヨーロッパでGWが讃えられるようになったのには、ゴッホがとても重要な役割を果たしています。北斎の『富嶽百景』は、1880年にイギリスのフレデリック・ディケンズが英訳してロンドンで出版しています。88年にはゴッホがGWについて感銘を受けたことをテオとの手紙で書いている。アルルでゴーギャンを待っている時、彼にとってはとても重要でエキサイティングな時代に、日本のアート、ことにGWが重要だとテオに語っている。私の知っている限り、この手紙がヨーロッパの芸術家の中で最初に北斎に言及した言葉だと思います」
 

 ゴッホが示した「日本愛」。その中心には北斎がいたのだ。ティムはこう続ける。


「ゴッホは北斎について2つのことを書いています。一つはその不自然な色使いについて。彼は北斎の色使いをシンボリック・カラーと言っている。ドラクロワが描く絵と対比して、海が青や緑といった不自然な色で描かれているというのです。
 2つめはそのグラフィックパワー。GWについても『まるで動物を描くようだ』と言っている。他の芸術家たちも北斎を評しましたが、誰よりも先にゴッホが北斎を評価して称賛した人物です。その表現はテオとの手紙に書かれていますから、あるいはテオからのアイディアもあったのかもしれませんが――」
 

関連書籍

神山典士『知られざる北斎』

モネ、ゴッホはなぜ北斎に魅せられたのか? いまなぜ、北斎なのか? 天才画商・林忠正と、小布施の豪商・高井鴻山から日本人だけが知らない真実を解く、圧巻のノンフィクション! 葛飾北斎(1760〜1849)。西洋ではダ・ヴィンチと並び称される19世紀最大の画家であり、モネ・ゴッホなど芸術家へ与えた影響も大きい。しかし日本では「子どもの鼻ふき紙」だった北斎(浮世絵)が、なぜ西洋でここまで価値が上がったのか。そこには資本主義の光と闇があった。そして北斎が晩年のアトリエとした長野県小布施には何があったのか? 林忠正と高井鴻山、二人の男から「いまなぜ北斎なのか」を解く革新的ノンフィクション!

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知られざる北斎

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神山典士

ノンフィクション作家。1960年埼玉県入間市生まれ。信州大学人文学部卒業。96年『ライオンの夢、コンデ・コマ=前田光世伝』にて第三回小学館ノンフィクション賞優秀賞受賞。2012年度『ピアノはともだち、奇跡のピアニスト辻井伸行の秘密』が青少年読書感想文全国コンクール課題図書選定。14年「佐村河内守事件」報道により、第45回大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)受賞。「異文化」「表現者」「アウトロー」をテーマに、様々なジャンルの主人公を追い続けている。

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