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文豪の女遍歴

2017.12.02 更新 ツイート

泉鏡花ーー恋愛の場は花柳界 小谷野敦

小谷野敦著『文豪の女遍歴』(幻冬舎新書)――夏目漱石、森鷗外、谷崎潤一郎ほか、スター作家62名のさまよえる下半身の記録。姦通罪や世間の猛バッシングに煩悶しつつ、痴愚や欲望丸出しで恋愛し、それを作品にまで昇華させた日本文学の真髄がここに。

 

泉鏡花 (一八七三 〜 一九三九) Kyoka Izumi

 泉鏡花は、金沢出身である。本名は鏡太郎。母は鈴といい、弟妹を生んだのち、鏡太郎が九歳の時に死んだ。

 鏡花は十八歳で上京し、尾崎紅葉に入門しようとしたが、勇気が出ずに一年間放浪、やっと門を叩いてすぐ入門を許された。

 鏡花は近代的な恋愛至上主義者で、親のとりきめた縁談などというものを唾棄(だき)した。その思想は『婦系図(おんなけいず)』にもはっきりと出ている。

 だが大学などへ行っていない鏡花の恋愛の場は、花柳界であった。すずという、母と同じ名前の藝妓に恋をして、同棲した。だが師の紅葉は、藝者との結婚を認めなかった。その時すでに紅葉は胃がんで死の床にあったが、病床へ鏡花(三十歳)を呼んで、別れろと言った。

 鏡花はいったんすずと別居し、紅葉が死んだあとで妻に迎えた。

 

 鏡花は私小説は書かないが、この経験だけは『婦系図』に書かれていると言われる。真砂町の先生に、藝者と別れろと言われて、湯島神社の境内で「別れろ切れろは藝者の時に言う言葉よ、私には死ねと言ってちょうだい」という、新派でよくやった場面は、舞台のために鏡花が改めて書いた「湯島の境内」である。

 だが、そんな仕打ちをされても、鏡花にとって紅葉は神のような存在なのである。紅葉没後、その華麗な浪漫主義を鏡花は受け継いだが、徳田秋聲は紅葉を裏切って自然主義派になった。鏡花は秋聲とは犬猿の仲になった。昭和に入って、紅葉全集を作るため、改造社の山本実彦が、鏡花と秋聲を仲直りさせようとした。対面して話しているうち、秋聲が「紅葉先生は甘いものばかり食べたから胃がんになったんだ」と言った。鏡花は間の火鉢を飛び越えて秋聲に飛びかかり、ポカポカ殴りつけた。

 山本はあわてて秋聲を抱えて逃げ出し、秋聲行きつけの料亭へ行ったが、秋聲は号泣していた。そのうち、秋聲が経営するアパートに、鏡花の弟で、「舎弟」だというので泉斜汀(しゃてい)と名のっていた作家が住むようになり、そこで死んでしまった。秋聲がいろいろ手配して、鏡花とも何となく和解した……。

 鏡花は、女よりも尾崎紅葉のほうが好きだったようだ。

関連書籍

小谷野敦『文豪の女遍歴』

下司だ、覗き見趣味だと言われようと、文学者の異性関係を知るのは楽しい。彼らが当時の姦通罪に怯え、世間の猛バッシングに耐えながらも不義を重ねたり、人間の痴愚や欲望丸出しで恋愛し、破滅と蘇生を繰り返し、それを作品にまで昇華させるタフさに畏怖すら覚える。小説はモデルなど詮索せず、文章だけを虚心坦懐に読めと言う人もいるけれど、そんなつまらない味わい方はしたくない——。森鴎外から太宰治、芥川龍之介、谷崎潤一郎ほかスター作家62名の赤裸々な性愛の記録。日本文学の真髄と、生の根源がここに。

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文豪の女遍歴

夏目漱石、森鴎外、谷崎潤一郎他、スター作家62名のさまよえる下半身の記録。姦通罪や世間の猛バッシングに煩悶しつつ、痴愚や欲望丸出しで恋愛し、作品にまで昇華させた日本文学の真髄がここに。

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小谷野敦

一九六二年茨城県生まれ、埼玉県育ち。東京大学文学部英文科卒業、同大学院比較文学比較文化専攻博士課程修了、学術博士(比較文学)。大阪大学言語文化部助教授、国際日本文化研究センター客員助教授などを経て、文筆業。『もてない男』(ちくま新書)、『聖母のいない国』(青土社、河出文庫、サントリー学芸賞受賞)、『谷崎潤一郎伝』『川端康成伝』(ともに中央公論新社)、『江藤淳と大江健三郎』(筑摩書房)など著書多数。小説に『母子寮前』(文藝春秋、芥川賞候補)、『悲望』(小社)、『童貞放浪記』(小社、二〇〇九年映画化)、『中島敦殺人事件』(論創社)がある。

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