

「本は読みたいけれど、高いからね……」という話をよく聞きます。一般的な価格帯としては、小説の単行本だと1500円から2000円位、学術書なら多くの本は2000円以上します。文庫本の値段は500円から800円位が多いですが、内容やレーベルによっては1000円以上するものが増えました。「文庫本は500円前後」というイメージがある人にとっては、確かに本は値上がりしていると感じるでしょう。
本の値段には、それに関わる人(例えば作家、出版社、印刷・製本屋、取次、書店……)の仕事が含まれています。数多くの人の手が入る分だけ、それが価格にも反映されます。「それならば、途中の手数を減らして値段を下げたほうが、消費者は本を買ってくれるだろう」と考える人はいるでしょう。しかし本が安くなれば、それだけ本が売れるかと言えば、〈みんな〉が本を読む時代ではなくなったいま、話はそんなに単純ではないように思います。本に関わる人がまず考えるべきことは値段を下げることではなく、価格を維持できるだけの魅力ある本をどのように作るか、そしてその価値をどのように伝えていくかではないでしょうか。目先のことだけを追いかけて、本や本をめぐる環境の質を下げ、それがあたりまえの状態となってからでは遅いと思います。
本はその作者が自分の長い時間を費やして書き、読んだ人の人生を変える力を秘めたものです。著者が人生で得てきた体験や思想、技術をその一冊に込めたものは、それが幾らであったとしても、高すぎるとは言えないでしょう。
しかし本の入り口である文庫本に関しては、手の届きやすい金額で、維持してもらいたいとも思います。ずっと人の心を温めてきた名作が、若い人が気軽に買える値段で本屋の棚に並んでいることは、社会において代えがたい豊かなことだと思います。
今回のおすすめ本

『世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦』(ブルーシープ)
南インドにある、小さな出版社が作る本は、その美しさで世界を魅了する。本は一過性の情報の束ではなく、作る人の温もりが感じられる〈生きた〉メディアである。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2025年8月9日(土)~ 2025年8月26日(火)Title2階ギャラリー
岡野大嗣と佐内正史の写真歌集『あなたに犬がそばにいた夏』(ナナロク社刊)の刊行記念展。佐内正史の手焼き写真5点の展示販売、岡野大嗣の短歌と書き下ろし作品などなど、本書に描かれる夏の日が会場にひろがります。短歌×写真のTシャツ「TANKA TANG」ほか刊行記念グッズの販売もございます。ぜひ足をお運びください。
【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】
スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。
『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』
著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
◯【寄稿】
店は残っていた 辻山良雄
webちくま「本は本屋にある リレーエッセイ」(2025年6月6日更新)
◯【お知らせ】
〈いま〉を〈いま〉のまま生きる /〈わたし〉になるための読書(6)
「MySCUE(マイスキュー)」 辻山良雄
今回は〈いま〉をキーワードにした2冊。〈意志〉の不確実性や〈利他〉の成り立ちに分け入る本、そして〈ケア〉についての概念を揺るがす挑戦的かつ寛容な本をご紹介します。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。
偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。