Titleの床は杉の木を張り渡しており、人が歩くとミシッと音がします。レジカウンターの中からは、直接お客さまの姿は見えないのですが、その音のおかげでどういう人が来たのか、毎日いると足音でわかるようになります。
足音の間に「ドン」とする音が混じるのは、杖を突いたおばあちゃんです(おじいちゃんの場合もあります)。その音が聞こえたら、客注や定期購読の雑誌がなかったか確認します。Titleから駅までは、歩くと十分と少しかかりますから、店の近所に住むご年配の方には、駅まで行かずにTitleで読みたい本を取り寄せする方が多いのです。
少し軽めで歩数の多い足音は、子どものものです。子どもは、すぐに店の奥まで来ることが多いですが、それは一つには物珍しさから、他には『コロコロコミック』など毎回買うものが決まっているケースが多いからです。そのあとは階段を上り、2階を元気に走り回る足音が聞こえてきます。
入口からドンドンと音が大きく、まっすぐ奥に向かってくる足音は、宅配便のお兄さんか、そうでなければスーツ姿の営業の人のものです。なぜかと言えば、「店を殆ど見ていない」足音だからです。その人はカウンターにいる私に用事があったので、まずはそこにと思ったのかもしれません。でも私は、「営業で来ても、ついつい先に本を見てしまう人」の方を、信用しています。
でも、一番多いのは気配がなく、こちらが気付くと本を見ているという人です。「誰も人が来ないな……」と思って本を整理しに行くと、何人も人がいて、「いたのか!」と驚くことがあります。本屋としては喜ばしいことでありますが、いささか不用心なことでもあります。
本をじっと見ている時、人はもの静かな身のこなしになります。それはそこに並べている本と対話をしているからだと言えますし、本屋に出来ることは、なるべくその邪魔をしないということだと思っています。
今回のおすすめ本
『愛されすぎたぬいぐるみたち』マーク・ニクソン著 金井真弓訳(オークラ出版)
長年持ち主に愛されて、ぼろぼろになったぬいぐるみ。他人からは、ただの汚れたぬいぐるみにしか見えないかもしれないが、それは宝物以上のものだ。
一緒にいた時間を物語る、ほころびや欠損までが、鈍く光って見える。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
○2024年4月12日(金)~ 2024年5月6日(月)Title2階ギャラリー
科学者、詩人、活動家、作家、スパイ、彫刻家etc.「歴史上」おおく不当に不遇であった彼女たちの横顔(プロフィール)を拾い上げ、未来へとつないでいく、やさしくたけだけしい闘いの記録、『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』が筑摩書房より刊行されました。同書の刊行を記念して、原画展を開催。本に描かれましたたリーゼ・マイトナー、長谷川テル、ミレヴァ・マリッチ、ラジウム・ガールズ、エミリー・デイヴィソンの葬列を組む女たちの肖像画をはじめ、エミリー・ディキンスンの庭の植物ドローイングなど、原画を展示・販売いたします。
◯【書評】New!!
『涙にも国籍はあるのでしょうか―津波で亡くなった外国人をたどって―』(新潮社)[評]辻山良雄
ーー震災で3人の子供を失い、絶望した男性の心を救った米国人女性の遺志 津波で亡くなった外国人と日本人の絆を取材した一冊
◯【お知らせ】New!!
店主・辻山の新連載が新たにスタート!! 本、そして読書という行為を通して自分を問い直す──いくつになっても自分をアップデートしていける手段としての「読書」を掘り下げる企画です。三ヶ月に1回更新。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。
毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
○黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>
柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編 / お買いもの編
◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>書籍化決定!!】
スタジオジブリの小冊子『熱風』2024年3月号
『熱風』(毎月10日頃発売)にてスタートした「日本の「地の塩」をめぐる旅」が無事終了。Title店主・辻山が日本各地の本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方をインタビューした旅の記録が、5月末頃の予定で単行本化されます。発売までどうぞお楽しみに。
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本屋の時間
東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。