電気工事や配管といった現場仕事で富を築いた人々を指す、「ブルーカラービリオネア」。その誕生の背景に迫った、坂口孝則さんによる『ブルーカラービリオネア エリートより稼ぐ「奴ら」の正体』が9月28日に発売されました。富をめぐって世界ではどのような地殻変動が進んでいるのでしょうか? 本書のプロローグから一部をご紹介します。

3年前に発注しないと間に合わない──供給断絶の現場
「3年も前に注文しないとダメっていうんですよ。信じられますか?」
石油精製の日本企業に勤めるマネージャーとの会話は、そんな一言からはじまった。氏は建設工事の受注者を探す仕事だ。受注企業に仕事を依頼したいのだが、まったく集まらない。これまでなら、せいぜい1年前の発注でよかった。
「どこもかしこも人手不足です。取引先のどこもベテランが一斉に退職して人材の供給に制約が出ている」と続いた。もちろん3年のあいだに設計などの準備がある。工程進捗を両社で進めるためだ。これまでならば3年先なんて予定不明だろう。しかし現在では3年先の大規模工事はリスクを負って先行発注しなければ、取引先とその人材を確保できない。「とくに現場での検査人材が確保できない、といわれる。機械に代替できない細かな打痕を検査する人材は、空きを待ってもらうしかない」と。
見通し段階からリスクを負って発注するしかないのだ。
それでも悩みは続くようだ。
「そうやって発注するでしょう。3年後になって工事がはじまる。それでも遅延するんです」。約束は守られない。私は「訴訟でもするのですか」と野暮な質問をしてみた。
「できるはずがない。訴訟で勝ってどうするんですか。そんなことよりも、建設を進めてもらうほうがいい。1年が2年に延びても、できないよりはいいでしょう」
私たちは、買い手優位の世界から、だいぶ遠い先のところにやってきた。
「以前に出していた1億円の見積書を訂正したい、と受注企業がいうわけよ」と困窮したような、諦念を浮かべたような顔で教えてくれる。「以前だったら『ふざけるな』って話でしょ。しかし、いまはしっかりと話を聞くしかない。だって、『じゃあ仕事から撤退します』といわれたら困るもん」と。
遅延と高騰の末に起きた、中野サンプラザの“事件”は有名だ。老朽化ゆえに中野サンプラザは2023年7月に閉館した。ただ、本来は再工事で復活するはずだった。2021年に再開発事業者を選定。そのときの工事の総事業費は1810億円だったのだが、資材の高騰で、2639億円になった。さらに2024年に工事費は900億円も上乗せされ、結果、3540億円になった。もとの2倍ほどだ。資材費の高騰もあるが、人手不足で労務費を積み上げないと工事ができない状況だった。
高騰しすぎで区は苦渋の決断をした。2025年6月に東京都中野区長は野村不動産等との中野サンプラザ再開発協定の解除に踏み切った。中野サンプラザの再開発は、人手不足ゆえの労務費高騰でやり直しになった。
ゼネコンやサブコンでは、ここから数年の新規大型工事の競争入札案件の参加自体を避ける傾向が強まっている。事業者からすると、受託企業が引き受けてくれるかがボトルネックだ。
昔は相見積書を取得して並べるのが一般的だった。最低3社から相見積書を取得し数字を並べて、もっとも安い取引先を呼び出し、さらに安くしてもらう。もはや規定演技だが、取引先も慣れていた。断られたら、他の相見積先にお願いするか、海外を探す。しかし現在では「枠が取れない」「人材が確保できない」と断られる始末だ。相見積書を取得すれば安くなる、という常識が崩れはじめた。
事業者が取引先を選別する時代は終わっており、むしろ取引先が供給を拒否する“状態”が“常態”化している。見積書すら出してもらえないケースも多発している。これまでサプライチェーンの世界では「取引先選定」という言葉があった。これは文字どおり調達側が取引先を選定することだが、現在ではむしろ取引先側が買い手を選定するようになった。
おそらく、20年ほど前、サプライチェーンに従事していたひとたちは、安価な労働力が無限に供給されると過信していたのではないか。しかし現在では、肉体的な実体をもつ労働力が、知的労働の価値を凌駕している。「お客様は神様です」といっていた時代から、「現場で働いてくれる作業者は神様です」へと移り変わった。

日本経済新聞の2025年12月の調査では、大手や中堅の建設会社の実に7割が「2026年度内は大型工事を新規受注できない」と述べているという。準大手ゼネコンは委託企業を選べる立場にあり、採算の取れる案件だけを選んで受注している。つまり調達側が選ばれる側になった。
委託企業だけの悩みではない。自社の労働者も集められない。このところ人手不足倒産、という聞き慣れない状況が増えてきた。普通に考えれば、人手が足りないのであれば、既存のぶんで仕事をまわせばいいはずだ。しかし、次々とひとが辞めていき、既存の人材すら確保できない。従業員退職型倒産ともいえる。最低限の仕事すらこなせずに倒産にいたる……。そうした人手不足での倒産企業数は、2025年度に441件と前年度比に1・3倍となり、過去最多だった。
ビジネスパーソンがキャリアを再構築するために
本書では、ブルーカラーが社会的地位を逆転させ、ブルーカラービリオネアを誕生させる姿を、「地政学」(第一章)、「AI」(第二章)、「ファンド」(第三章)の観点から読み解いていく。また、さきほど日本の事例を出したように、現在はブルーカラー不足の時代だ。ブルーカラー人員をいかに確保していくかも議論する。とくに少子高齢化の日本としては、このブルーカラー枯渇時代に対応していかねばならない(第四章)。ブルーカラービリオネアという新たなアメリカン・ドリームはジャパニーズ・ドリームとしても成立するのかも考えていく。そして、ホワイトカラー余剰時代に、私たち日本人の働き方と慣習をいかに更新していくか(エピローグ)を提案としてまとめている。また今後、ブルーカラーでもなく、ホワイトカラーでもない、どんな新しい働き方が可能か、現時点での私の結論を提示(おわりに)しておきたい。
なお、個人的な話なのだが、私はかつて自動車メーカーで働いていた。そのとき、ポーランド移民三世の米国人と仲良くなった。彼の祖父母は海を渡って旅をしてきた。そしてゼロから新天地での生活をはじめた。工場や建設現場を転々としながら、真剣に懸命に働いた。とてつもない苦労を重ねながら子どもを育てた。自分を信じるだけでは不足だったはずだ。途方もない信仰心がなければ不可能だっただろう。現在では、私の知人である移民三世の米国人は、たしかに自らの祖先が自国をつくったと誇りをもっている。本書の後半では、その米国の労働観と、組織に従属することを尊しとする日本的な労働観との違いを対比させていく。
これはのちほどの章で詳しくふれるが、米国でHVAC(暖房、換気、冷房・空調)、配管、電気工事、建設など、現場作業者の事業を祖父母の代から引き継いでいるひとがいる。祖父母は移民だったケースも多い。そして、孫の代になったら、仕事の単価がホワイトカラーや弁護士や会計士など「スーツを着る専門職」を凌駕する例があふれている。さらに、前述したように、事業売却で文字どおりブルーカラービリオネアになる人物もいる。
なお本書は混沌とした時代を読み解き、ビジネスパーソンが自らのキャリアと企業の存続戦略を再構築するための「見取り図」として書かれた。いま起きているのは、たんなる職業の優劣の変化ではない。地政学とAIと資本が、働き方そのものを組み替えはじめたという、歴史的な転換なのである。
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続きは、『ブルーカラービリオネア エリートより稼ぐ「奴ら」の正体』をご覧ください。
ブルーカラービリオネア

2026年9月28日発売『ブルーカラービリオネア エリートより稼ぐ「奴ら」の正体』について










