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ブルーカラービリオネア

2026.10.08 公開 ポスト

「汚れ仕事」を米国に引き戻すテスラ――「世界で一番安い場所で作る」時代も終わる坂口孝則

電気工事や配管といった現場仕事で富を築いた人々を指す、「ブルーカラービリオネア」。その誕生の背景に迫った、坂口孝則さんによる『ブルーカラービリオネア エリートより稼ぐ「奴ら」の正体』が9月28日に発売されました。富をめぐって世界ではどのような地殻変動が進んでいるのでしょうか? 本書の「第一章 地政学が強制する『3K仕事』の国内回帰」から一部をご紹介します。

テスラだけではない。その巨大な潮流

「え、いまさら米国でやんの?」

2026年1月に飛び込んできたニュースが、サプライチェーン関係者を驚かせた。なんとテスラが米国でリチウム精製を本格稼働するという。同社はテキサス州のコーパスクリスティ近郊に10億ドル以上をつぎこみリチウム精製所を完成させていた。敷地は莫大な1200エーカー。

従来のリチウムの精製は硫酸等を使用するプロセスで大量の有害廃棄物を生じる。言葉は悪いが、「汚れ仕事」でありこれまで他国に任せるのが米国流だった。それを米国に引き戻す大胆な戦略に、いまさら米国で、と驚きの声を漏らさずにおれなかった。

この背景には、地政学リスクへの対応がある。テスラは中国でもビジネスを行っているが、中国と米国間での貿易の途絶があるかもしれない。だからリチウムの内製によって、ボトルネックを解消するねらいだ。上流工程を垂直統合することで機動性をもてるメリットもある。材料メーカーへの交渉力をあげる理由もあるだろう。

もっとも今回のテスラが米国にリチウム精製を回帰させる際、これまでのような危険な工程を引き継いでいない。アルカリ浸出技術を使うことで安全性を増し、さらにコンクリートに使える砂や石灰岩混合物を生むプロセスを新しく取り入れたのだ。資本効率からも合理的といえる。これまでと異なる技術で自国に再インストールした。

しかし、それでも「遠いけど安い」よりも「近くて安心」を選んだ事実に驚きを隠せない。リチウム精製という典型的なブルーカラー工程を、最先端の企業が自国に引き戻したのだ。これは新しいゲームへの転換といってもいい。

さらに、これはテスラだけの動きではない。

米国企業は他にも、3K(汚い、きつい、危険)といわれた職場を国内に回帰させている。レアアース生産業者として有名なMP Materialsはテキサス州で磁石製造施設に着手した。この案件では、米国国防総省がバックアップしており、パートナーシップ契約を締結している。価格保証がついており、市価の下落にも民間企業がリスクを負わないようにする仕組みだ。官民あげての国内回帰といっていい。

これまで米国は安価な新興国に当該分野を分担してきた。それをふたたび自国に呼び戻し、国防を理由に必要な資材を国内で調達する体制に切り替えた。そして、それは工場が国内に戻るたびに、配管や電気、保全やら危険物を取り扱う人々の労働市場価値が必然的に引き上がることを意味する。

米国と中国の経済戦争、コロナ禍、ウクライナ侵攻が変えたサプライチェーン

他にも続々と自国内への生産回帰が起きているが、いったい何が原因だろうか。それはプロローグでもふれた地政学、経済安全保障だ。

2018年7月。自由貿易の成果と思われたグローバル・サプライチェーンに米国のドナルド・トランプ政権はくさびを打ち込んだ。米国は340億ドル相当の中国製品にたいして25%の制裁関税を発動。中国も即座に同規模の報復関税で応酬した。いわゆる米中経済戦争がはじまった。このころ私は、調達・サプライチェーンの実務経験がある専門家が珍しいといわれ、さまざまなメディアに解説者として招かれた。

私はそのとき調達やサプライチェーンに特化したコンサルティング会社を経営していたが、世界は「もっとも安価な材料を手配し、もっとも人件費の安い場所で作り、在庫をもたずに運ぶ経済合理性だけが正解ではなくなる」と感じた。

それ以前はえらく牧歌的だったが、しだいに貿易そのものを武器にする国家が増えてきた。せっかくサプライチェーンは最適化されていたのに、国家の横暴でサプライチェーンがねじ伏せられるようになっていく。

そして、この傾向を決定的にしたのは、約2年後、2020年2月あたりからはじまる新型コロナウイルスのパンデミックだった。世界の工場だった中国がロックダウンで停止。アジア各国も止まった。とたんに危機が訪れた。医療用マスクから人工呼吸器にいたるまで、あらゆる物資が他国に依存している事実がいまさらながらに判明した。

さらに2021年からは、世界的な半導体不足が製造業全体を直撃する。わずか数百円、数ドルの半導体がアジアから届かないというだけで、日本の巨大メーカーがこぞって工場の操業停止に追い込まれた。日本のサプライチェーンに限らず、各国とも「ジャスト・イン・タイム」を追い求めてきた。そのグローバル分業体制の脆弱性が露呈した。とくに日本は買い負けの状態にあり、現場からのレポートとして私は『買い負ける日本』(幻冬舎)を書いた。

それ以降も地政学リスクは増すことはあっても減ることはなかった。2022年2月24日、ロシアによるウクライナ侵攻がはじまる。西側諸国はただちにロシアへ経済制裁をかけたが、ロシアは報復として欧州への天然ガスを絞り込んだ。西側諸国は及び腰になった。エネルギーが露骨に地政学的な武器として使われた。実際に欧州各国は深刻なエネルギー危機とインフレに陥った。さらにロシアもウクライナも、穀物や肥料、半導体製造に不可欠なネオン等の貴ガスを供給していたから、サプライチェーンはまたしても混乱した。各国は重要産業政策を自国内回帰へと大転換させることになる。

*   *   *

続きは、『ブルーカラービリオネア エリートより稼ぐ「奴ら」の正体』をご覧ください。

関連書籍

坂口孝則『ブルーカラービリオネア エリートより稼ぐ「奴ら」の正体』

大工、電気工事士、配管工……。 新しい億万長者が続々誕生! 戦争×AI×人材不足で富のルールが変わった アメリカで始まり、日本にも迫る! 「ブルーカラービリオネア」とは、アメリカで生まれた、電気工事や配管といった現場仕事で富を築いた人々を指す言葉だ。地政学リスクを回避するための製造業の国内回帰とAIの発展による肉体労働の再評価が熟練工の争奪戦へつながり、その収益性に目をつけた投資マネーがブルーカラーの資産を倍増させる。政治、技術、資本が交差するなかで生まれた新しい富裕層は、日本にも現れるのか。そこにホワイトカラーが生き残る道はあるのか。世界と日本の労働市場の激変を見据え、その構造を徹底的に読み解く。 ・テスラは「汚れ仕事」を国内に引き戻し、熟練工の価値を引き上げた ・ブルーカラーは国益を生む人材、政治の権力者たちが奪い合う最強の主役 ・AIがホワイトカラーを無価値化する一方、データセンター建設、冷却装置の保守でブルーカラー需要をますます高める ・巨大マネーが町工場や設備会社を買収し、労働者をビリオネアへ押し上げる ・日本の排外主義と制度の壁が世界の人材争奪戦から後れをとる原因に ・日本の職人からビリオネアは生まれるか? 実現のための提案

坂口孝則『買い負ける日本』

かつては水産物の争奪戦で中国に敗れ問題になった「買い負け」。しかしいまや、半導体、LNG(液化天然ガス)、牛肉、人材といったあらゆる分野で日本の買い負けが顕著になっている。日本企業は、買価が安く、購買量が少なく、スピードも遅いのに、過剰に高品質を要求するのが原因。過去の成功体験を引きずるうちに、日本企業は客にするメリットのない存在になったのだ。調達のスペシャリストが目撃した絶望的なモノ不足と現場の悲鳴。生々しい事例とともに、機能不全に陥った日本企業の惨状を暴く。

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ブルーカラービリオネア

2026年9月28日発売『ブルーカラービリオネア エリートより稼ぐ「奴ら」の正体』について

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坂口孝則

1978年生まれ。調達・購買コンサルタント、未来調達研究所株式会社所属、講演家。大阪大学経済学部卒業後、電機メーカー、自動車メーカーに勤務。原価企画、調達・購買に従業。現在は、製造業を中心としたコンサルティングを行う。著書に『牛丼一杯の儲けは9円』『営業と詐欺のあいだ』『1円家電のカラクリ 0円iPhoneの正体』『仕事の速い人は150字で資料を作り3分でプレゼンする。』『稼ぐ人は思い込みを捨てる。』(小社刊)、『製造業の現場バイヤーが教える調達力・購買力の基礎を身につける本』『調達・購買の教科書』(日刊工業新聞社)など多数の著書がある。

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