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これはただの買い物じゃない

2026.08.25 公開 ポスト

地域通貨とコーヒー富永京子

前回の連載で、ちょうど「高山建築学校」という建築に関心のある人々向けのサマースクールの話をした。2026年度の夏は8月10日から20日にわたって開催され、ちょうど私も参加してきたので、今回はそこでの示唆あふれる「買い物」の話をしたい。

高山建築学校は10日間、建築に関心を持つ人々が古民家を修繕・維持しながら共同生活を送り、セルフビルドにより建築をはじめとしたものづくりをするサマースクールで、コンビニもスーパーも近くにないことから買い物する機会はほとんどない。実際、私も参加費を支払う以外は財布を開かなかった。帰った後、クレジットカードの明細を見た時に「こんなに請求金額の少ない月があるのか」と驚いたほどだ。

 

とても独力では作ることのできないコンクリートの橋や石垣を作ろうとする人々もいるため、参加者同士の「助け合い」が重要になってくる。当たり前だが、他の人々の手伝いをするときも、自分の作業を手伝ってもらうときも、基本的には無償労働。助け合いによるケアと互酬で成り立っている空間である点が興味深いと思った。私自身は当初、DIYやセルフビルド、ものづくりに関心があって参加したのだが、こうした「助け合い」に関心があり毎年通い続けているところがある。

広大な敷地ではさまざまな作品が作られているが、古民家を修繕しながらの共同生活も学びがある

作品は、橋やテーブルのような構造物からダンスのようなパフォーマンスまで多岐に渡るが、今回興味深かったもののひとつに「地域通貨」がある。

もともとある参加者の方による、資本主義や貨幣に対して関心と疑問があるというお話がきっかけだった。確かに、すでに助け合いが十分に根付いているこのような場所で、お金という概念を導入したらどうなるのか気になり、協力させてもらうことにした。

木を切ってもらい、書道の経験のある参加者の方に貨幣の金額を書いてもらう。発起人の方に敬意を示し、お名前の一文字をとって「歩」という貨幣にした。

基本的には、仕事の手伝いや、道具の使い方を教えてもらった時、物を貸してもらった時、すばらしい作品やパフォーマンスを見た時に「歩」を支払うということが多かったが、それまで無償でやっていた助け合いや教え合いに「歩」が介入することで違和感を感じる声も多かった。

木を切り、やすりで磨き、文字を書いて地域通貨の出来上がり。ひいては貨幣経済の出来上がり。

善意で手伝っただけなのに、「歩」を支払われてちょっとモヤモヤしたり、「歩」をあげるから後で仕事付き合って、と伝えた時に、未来の相手の時間を拘束している罪悪感を抱いたり。そういう、お金や労働に対する違和感をいちいち話せたのが楽しかった。

もちろん、悪いことばかりではない。「歩」が楽しい冗談のネタになり、コミュニケーションの幅を広げることもできたし、少し頼みづらいこと、あるいは取るに足らないことを改めて頼むきっかけにもなった。

私自身、特に興味深かったのは、「歩」で買い物をした時のことである。ある参加者のお子さんが敷地内にカフェを開き、スイーツとコーヒーを「歩」で振る舞ったのだ。これはわかりやすい買い物であるから、割とお客さんが地域通貨を支払いやすいサービスである。だからカフェは大人気になり、このお子さんも貨幣を大量に稼いだわけだが、その後の使い方がすごかった。通貨を持たない人々にコーヒーを振る舞ったり、それまで貯めたお金を寄付したのである。

日本社会は、先進国としてはきわめて寄付の少ない社会と言われている。それなりに大人になり、経済的に独立し豊かになった今ならともかく、自分自身の子供時代のことを考えても、赤い羽根共同募金や震災の際の寄付以外で「寄付」という行動は取ったことがない。だからこそ、そういう行動を自然に取れるお子さんの姿を見て、素直にすごいなあ、と思った。

なんとなく社会運動を研究していると、「お金」というだけで悪者にし、敬遠もしてしまう。その使い方や貯め方について深く考えないことが美徳だ、という姿勢が身についてしまっている。ただ、おそらく、貨幣のようなシステムは、それ自体は財の交換や人々の助け合いの媒介となり、それを広めたり持続させたりするような働きをするのであって、お金自体は悪者ではない。誰かが富を必要以上に増大させて保有したり、そのために人々を搾取しようと試みた時、はじめて悪者になる。

上述したエピソードを見てわかる通り、お金をソーシャルというか、エシカルに使うことはおそらくできるのであろう。そういうことを極めて素朴な形で教えられた。

後々役に立つかと思ってみなさんに、何のために・誰にいくら地域通貨を渡したかという記録を取ってもらったのだが、「ありがとうの気持ち」「いてくれること自体に」「みんなに優しくしてくれたから」といった微笑ましい用途がたくさん並んでいて、いいコミュニティだなあ、と改めて感じた。

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これはただの買い物じゃない

「買って応援」「買わずに拒否」の先にある、消費と社会の関係とは何か。気鋭の社会学者が自らの財布をはたいて「買い物」を解体する論考エッセイ。

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富永京子

1986年生まれ。立命館大学産業社会学部准教授・ウィーン大学客員研究員。専攻は社会運動論。東京大学大学院人文社会系研究科修士課程・博士課程修了。著書に『社会運動のサブカルチャー化』(せりか書房)、『みんなの「わがまま」入門』(左右社)『「ビックリハウス」と政治関心の戦後史』(晶文社)、『なぜ社会は変わるのか はじめての社会運動論』(講談社現代新書)など。新聞、ニュース番組、ファッション誌、カルチャーメディアなど幅広い媒体で発信を行いながら、社会変革と文化の接点を探り続けている。

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