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もう一度だけ会えたなら、ぼくとわたしは──

2026.07.07 公開 ポスト

「もう一度ママに会いたい」小説家と女子高生が奇跡の再会を試みる運命の日、「七夕」越尾圭

2025年3月に発売され、その切ない設定と胸を打つ結末が多くの読者の心に深く残った越尾圭さんの小説『ぼくが生きるということは、きみが死ぬということ』(通称・ぼくきみ)。

それから1年が過ぎ、待望の続編『もう一度だけ会えたなら、ぼくとわたしは──』(通称・ぼくわた)が、2026年6月11日に発売となりました。

前作で命の入れ替わりを経験した十和田航平と、10年前に母を亡くした娘・明里が織りなす「その後の奇跡」を描いた感動作です。

本日は「七夕」。『ぼくわた』の登場人物たちにとっては、10年前に亡くなった大切な人との再会を試みる、まさに特別な運命の日。弊社の公式Xでも、この日に向けてカウントダウン投稿を行ってまいりました。

今回は、本作においてなぜ「七夕」が運命の日なのか、その理由が明かされる試し読みを公開します。なお、「七夕」がモチーフとなった創作上の裏話が知りたい方は、新米編集者による越尾圭さんへのインタビュー記事もあわせてお読みください!

*   *   *

行き詰まる二人の物語が、静かに動き出す

10年前、母・美羽は航平と最期の1年を入れ替わっていた──。
衝撃の真実を知った明里の心に、「もう一度ママに会いたい」という強い想いが生まれます。

航平と共に「魂を呼び戻す」という二度目の奇跡を起こそうとする明里。しかし、かつて二人が元の身体に戻る手がかり(民話)を見つけた神社を再び訪れても有益な情報は得られず、早くも行き詰まってしまいます。それでも、10年前の奇跡を知ってしまった明里は諦めきれません。父親にもまだ相談できないまま、週末はそればかりを考え続けます。

しかし、奇跡を手繰り寄せるヒントは、思いがけないところに転がっているようで──。

*   *   *

(本編より一部抜粋)

その後も明里は、ママと会う方法を考え続けていた。

しかし授業と部活が本格的に始まり、なかなか時間が取れなくなってしまったのがもどかしい。授業は宿題が出るし、部活は土曜も午前に練習があり、日曜は自主練習。インターハイ支部予選に出場する先輩たちを応援するため、会場にも足を運んだ。慣れない生活による疲れもあって、夜も早めに寝てしまうことが増えていた。

そうしているうちに、四月ももう終わろうとしている。

土曜の練習が終わり、早紀とほかの一年生とファミレスでランチを食べて帰宅すると、宮崎市に住むおばあちゃんからLINEが入った。

〈今年んお盆はどんげすると? 〉

相変わらずLINEでも宮崎弁で、明里はクスッと笑ってしまった。と同時に、とわの書いた小説が思い出される。

ママが病気になってしばらく、スキルス胃がんというのは、おばあちゃんとおじいちゃんに伏せられていた。二人に本当の病名を伝えた時のこと、それからお見舞いに来てくれたことは、とわの実際の経験が書かれているはずだ。おばあちゃんとおじいちゃんがママをあんなに心配していたというのは、小説を読んで初めて知った。

あの頃の記憶はあるけれど、おばあちゃんとおじいちゃんが来てくれて嬉しかったという気持ちでいた。明里の前では笑顔でいた二人だったが、心の中では泣いていたのかもしれない。そう思うと、目の前にあるLINEの文字が滲んできた。

明里は首を横に振って、大きくひとつ息をついた。あれはもう十年も前のことだ。今は今のことを考えなくちゃ。

それにしても、もうお盆の話なんて気が早いな。

〈まだ早くない? 〉

そう問いかけると、電話がかかってきた。しかもビデオ通話だ。

『明里? 久しぶりやなあ』

おばあちゃんが画面の先で笑顔になる。久しぶりと言いつつ、高校に合格したすぐ後にビデオ通話をしたばかりだ。もう六十代後半になるけれど、この十年、見た目はあまり変わっていないような気がする。丸顔でママにはあまり似ていなくて、顔の細いおじいちゃんのほうが似てるなと、昔から明里は思っていた。

「そんなに久しぶりでもないよ。いきなりビデオ通話かけてくるんだもん。びっくりしちゃった」

『文字を打つんがよだきいかぃ。ビデオなら顔も見られるかぃ、楽でいい』

「よだきいって、面倒くさいって意味だっけ?」

『そうちゃ。それよりも、お盆ん件』

「まだ四月だよ。早いんじゃない?」

『すぐに五月になるちゃ。最近は飛行機ん予約が取りにきいかぃ、来るなら早めに予約したほうがいいちゃ』

そういえば、ここ数年は国内の観光地が以前より人気になっていて、飛行機が取りにくいというネットの記事を見た。去年は受験勉強があったので行かなかったけれど、たしかに早めに予約したほうがいいかもしれない。

「わかった。パパと相談して、また連絡するよ」

明里の返答に、おばあちゃんの顔が明るくなる。

『そうそう、学校はどんげ?』

「まあまあ忙しいかな。高校でも陸上部に入ったよ」

『へえ』

おばあちゃんが少し遠くを見るような目をしてから続けた。

『中学もそうやったし、ずっと美羽と同じやなあ』

「わたしは相変わらず千五百メートル走だけどね」

『こっちからしたら、陸上選手はみんな同じちゃ』

おばあちゃんは笑い飛ばしてから、『頑張って』と言い添えた。

「ありがと」

『おじいちゃんもおるよ』

おばあちゃんがスマホを動かし、場面が切り替わる。古いソファに座っているおじいちゃんが写り、驚いたような顔をしてから小さく手を上げた。

『おお、明里。元気か』

おじいちゃんはそれだけ言って、少し照れたような表情に変わる。おじいちゃんは昔から口数が少ないけれど、明里と接している時は嬉しそうにしているのが伝わってきた。

「元気だよ。おじいちゃんも?」

『まあ、ぼつぼつかな。お盆、待っちょるかぃ』

「うん。楽しみ。また連絡するから」

すると突然、画面がおばあちゃんの顔に変わった。

「うわっ。またびっくりした」

『手が疲れてきたかぃ終わるちゃ』

「そう。じゃあ、またね」

明里が笑って手を振ると、おばあちゃんも笑顔で振り返す。画面が消えて、やり取りはここで終わった。

ベッドに座り、スマホをマットレスの上に置いた。

「しかし、もうお盆の話かあ」

つぶやいたその瞬間、頭にある考えが浮かんできた。

お盆って、亡くなった人の魂が戻ってくるんだよね? だとしたら、そのタイミングでママも戻ってくるんじゃ……。

スマホを再び手に取って、AIアプリを立ち上げる。

「お盆について教えて」と訊いた。

〈先祖の霊を迎えて供養する、年に一度の大切な行事で、先祖と家族のつながりを感じる時間です〉と返ってきた。やっぱりそうだよねと思いつつ、東京のほうのお盆に関しても訊いてみた。

すると東京では七月盆といって、七月にお盆の行事をする場合も多いそうだ。そういえば近所にある等々力不動尊も盂蘭盆会といって、七月中旬にお盆の供養をしている。

これまで、宮崎のおばあちゃんとおじいちゃんのところには夏休み中にあたる、八月のお盆期間中に行っていた。ママが病気になった年と、受験勉強があった去年は行っていないけれど、それ以外はほぼ毎年のように宮崎に行っている。パパの実家が札幌だから両方行く年はなかなか大変だった。でも、子どもながらに娘を亡くした二人のほうを優先したくて、宮崎には絶対行くと、自分が言い張っていたことを思い出した。

七月か、八月か。

どっちなんだろう。どちらにしても年に一度、このタイミングしか会えないんだ。年に一度しか会えない……。どこかで聞いたようなフレーズだ。

「あ、七夕か」

でも、七夕は関係ないだろう。あれは織姫と彦星が年に一度会うというものだ。

それでも気になって調べてみると、思わぬことがわかった。

天の川は「三途の川」と結びつけられ、仏教では浄土と現世をつなぐ象徴とされる場合もあるという。天の川を「三途の川」に見立て、亡くなった人が天の川に架けられた橋を渡って現世に戻ってくる。

七夕祭りは、あの世からやってくる人たちをお迎えする準備のお祭りとも言われているそうだ。天の川を三途の川と考えると、死者と生者の逢おう瀬せとも考えられる。そのため、七夕は「死者のための行事では」という説もあるという。

ピンときて顔を上げた。これではないだろうか。

「願いを叶える」という点でも七夕は相応しい。

見つけた。きっと、そうだ。

明里はすぐに、LINEのアプリを立ち上げた。

*   *   *

この続きは幻冬舎文庫『もう一度だけ会えたなら、ぼくとわたしは──』でお楽しみください。

関連書籍

越尾圭『もう一度だけ会えたなら、ぼくとわたしは――』

売れない小説家の航平と、十年前に母・美羽を亡くしたとわファンの明里は、満開の桜の下で出会う。航平と美羽が最期の一年を入れ替わっていたという真実を知らされた明里の心には、ある“想い”が生まれる。“もう一度ママに会いたい”──二人は七夕に美羽を呼び出そうとする。大切な人との切ない再会の夜、何を伝えるのか──。

越尾圭『ぼくが生きるということは、きみが死ぬということ』

ブラック企業で疲弊し切った航平と、末期がんで余命宣告を受けた一児の母、美羽。満開の桜の下で二人は入れ替わってしまう。「死にたい」航平と「生きたい」美羽は願いを叶えたはずだったが、“それぞれ”の人生を送るうちに本当の気持ちに気づき、お互いを思いやっていく。果たして「死ぬ」のはどちらなのか。ラストにあなたは涙する。

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もう一度だけ会えたなら、ぼくとわたしは──

2025年3月に発売され、その切ない設定と胸を打つ結末が多くの読者の心に深く残った『ぼくが生きるということは、きみが死ぬということ』の著者・越尾圭さんの最新作『もう一度だけ会えたなら、ぼくとわたしは──』。本特集では、発売を記念して本作にまつわる様々な情報をお届けします。

 

 

 

【あらすじ】

 

売れない小説家の航平(とわ)と、十年前に母・美羽を亡くしたとわファンの明里は、満開の桜の下で出会う。航平と美羽が最期の一年を入れ替わっていたという真実を知らされた明里の心には、ある“想い”が生まれる。“もう一度ママに会いたい”──二人は七夕に美羽を呼び出そうとする。大切な人との切ない再会の夜、何を伝えるのか──。

バックナンバー

越尾圭

一九七三年、愛知県生まれ。早稲田大学卒。第十七回『このミステリーがすごい!』大賞・隠し玉を受賞し、『クサリヘビ殺人事件 蛇のしっぽがつかめない』(宝島社文庫)でデビュー。著書に『協力者ルーシー』『なりすまし』(ともにハルキ文庫)、『誰がためにその手は』(ハーパーBOOKS+)など。

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