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もう一度だけ会えたなら、ぼくとわたしは──

2026.07.05 公開 ポスト

「自分の人生を、精一杯、目一杯生きる」発売日に隠された驚くべき偶然と、新米編集者の背中を押した、物語に込められたメッセージとは越尾圭

もう一度だけ会えたなら、ぼくとわたしは─』(通称・ぼくわた)の発売を記念して、本作の成り立ちや前作から引き継がれるテーマ、そして創作の裏側などをインタビュー。この4月に幻冬舎編集者となり、上司のお手伝いという形で本作に関わらせていただいた私、新米編集者のKが、著者の越尾圭さんにお話を伺いました。最終回となる今回は、ロケハンの裏話や、発売日の偶然、作品に込めたメッセージなど、貴重なエピソードをたっぷりお届けします。

*   *   *

前作の“桜の木”のモデルは実在する

新米K 舞台設定や、物語のリアリティを出すために、どのような取材やリサーチをされたのでしょうか?

越尾 前作の『ぼくが生きるということは、きみが死ぬということ』(通称・ぼくきみ)を執筆する際には、舞台である等々力や多摩川、『ぼくきみ』の象徴となる「桜の木」がある場所へ、かなりの回数、実際に足を運びました。3月の桜が咲き始める直前の時期と、満開の時期に足を運びました。最初に満開の桜を見ようと思って行ったときはまだ満開じゃなかったので、もう一回出直したりもしましたね。実は『ぼくきみ』の物語のキーとなる「入れ替わりの奇跡」を起こす桜の木は決まっていたりします。

新米K モデルになった桜の木が実際にあるんですね。ファンの方なら絶対に現地へ探しに行きたくなると思います。作中に出てくる「野毛六祭神社」も、現地の神社がモデルですよね。

越尾 はい、野毛六所神社がモデルですね。作中では少しフィクションを絡める関係で、名前を「六祭神社」に変えさせていただきました。他にも等々力不動尊や、上野毛駅、二子玉川駅の周辺を歩きながら街の空気感だったり、その地域の雰囲気を肌で感じていきました。実際に現地を歩いてみて初めて、あの地域は本当に坂道が多くて、アップダウンが激しい地形なんだということが分かったりしましたね。

新米K では、今作『ぼくわた』の取材も同じように?

越尾 今作は全く同じ地域が舞台だったので、基本的には改めてに街に行く必要はありませんでした。ただ、今回はテーマが「七夕」なので、7月7日前後の様子だけは実際に見に行きたかったのですが……。執筆スケジュールの関係で足を運ぶことはできませんでした。プロットを提出したのが9月で夏がもう終わっていたんです(笑)。

新米K 確かに。発売予定がその次の年の6月ですので、どうあがいても夏の多摩川に取材に行くことはできませんね。

越尾 そうなんです。ロケハン以外も、『ぼくきみ』のときには闘病ブログやがんに関する本を何冊も読み込んで医療面のリサーチを徹底しましたし、現地のお花見客の様子を見て、どんな人が来ているのかなと観察するようなこともしていました。

新米K 越尾さん、もしかして現地のベンチに座りながらプロットや原稿をちょっと書いてみたり、なんてこともされたんですか?

越尾 あ、それはしていないですね。あくまで現地の雰囲気や場所の空気感を掴むために訪れましたね。周りはお花見を楽しんでいる若い人や年配の方たちがたくさんいて、「ああ、お花見だなあ」という賑やかな空気を感じていました。

大切な人の死、自らの入院を経て紡がれたメッセージ

新米K それでは最後に、越尾さんがこの『ぼくわた』という作品を通じて、読者の方々に一番伝えたかったメッセージを教えてください。

越尾『ぼくわた』で登場する「自分の人生を、精一杯、目一杯生きる」という言葉があります。本当に、その一言に尽きるなと思っています。ありがたいことに、本を読んでくださった方々がSNSで「この言葉が刺さった」「自分もそんな風に生きようと思った」など、いろいろ書いてくださっていて、ありがたい限りです。そして、実は、このメッセージには私自身の個人的な経験が強く影響しています。これは本当に偶然なのですが、『ぼくわた』の発売日である「6月11日」は、私の父親の命日なんです。

新米K え……! すごい偶然ですね……。

越尾 はい。ちょうど30年前のことになります。発売日のスケジュールを聞いたとき、内容が内容だけに「おお……」となりました。私の父は急逝でしたし、実はこれまでの人生の中で、仲の良かった同級生を何人か、突然の病気や事故で亡くしています。「人は突然いなくなる」という経験を、身をもって何度も味わってきたんです。さらに言えば、私自身も3年ほど前に突然体調を崩して救急車で病院に運ばれ、そのまま入院するという経験をしました。「人間、いつどうなるか本当にわからないんだ」と、死を身近に意識したからこそ、本作の「精一杯生きる」という言葉は、自分の中から一切の嘘なく、すっと自然に出てきた言葉でした。

新米K 越尾さんご自身の人生の重みが、あの言葉に詰まっているのですね。貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございます。

越尾 いえいえ。だからこそ、今を精一杯生きることは大事だなと思います。逆を言えば「いつ死んでも悔いがないように、毎日を生きる」という気持ちでいたいなと。私自身、常に完璧にできているわけではないですが、ふとした瞬間にその意識に立ち返るようにしています。

新米K 私はまだ、「いつ死んでもいい」と思えるほどの境地には達せていないのですが、この作品に関わらせていただいて、毎日の1分1秒を大切に楽しもう、という気持ちがとても強くなりました。「精一杯生きる」という言葉が、明日からの自分の背中をそっと押してくれるような気がしています。最後になりますが、今回は貴重なお話をたくさんお聞かせいただき、本当にありがとうございました。

*   *   *

7月7日の七夕に向けて、カウントダウン企画などもお届けしていく予定です。皆様、ぜひ『ぼくわた』をよろしくお願いいたします!

関連書籍

越尾圭『もう一度だけ会えたなら、ぼくとわたしは――』

売れない小説家の航平と、十年前に母・美羽を亡くしたとわファンの明里は、満開の桜の下で出会う。航平と美羽が最期の一年を入れ替わっていたという真実を知らされた明里の心には、ある“想い”が生まれる。“もう一度ママに会いたい”──二人は七夕に美羽を呼び出そうとする。大切な人との切ない再会の夜、何を伝えるのか──。

越尾圭『ぼくが生きるということは、きみが死ぬということ』

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もう一度だけ会えたなら、ぼくとわたしは──

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【あらすじ】

 

売れない小説家の航平(とわ)と、十年前に母・美羽を亡くしたとわファンの明里は、満開の桜の下で出会う。航平と美羽が最期の一年を入れ替わっていたという真実を知らされた明里の心には、ある“想い”が生まれる。“もう一度ママに会いたい”──二人は七夕に美羽を呼び出そうとする。大切な人との切ない再会の夜、何を伝えるのか──。

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越尾圭

一九七三年、愛知県生まれ。早稲田大学卒。第十七回『このミステリーがすごい!』大賞・隠し玉を受賞し、『クサリヘビ殺人事件 蛇のしっぽがつかめない』(宝島社文庫)でデビュー。著書に『協力者ルーシー』『なりすまし』(ともにハルキ文庫)、『誰がためにその手は』(ハーパーBOOKS+)など。

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