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ある日、逗子へアジフライを食べに ~おとなのこたび~

2026.06.23 公開 ポスト

自分自身でいられる場所を探して――こたび対談、その1大平一枝/秀島史香

3月発売以来、多くの方に読んで頂いている旅エッセイ『ある日、逗子へアジフライを食べに』。この度、著者の大平一枝さんとラジオDJ・ナレーターの秀島史香さんの対談が東京・下北沢の書店B&Bで行われました。以前から親交のあるお二人が、それぞれの旅エピソード、仕事と旅の類似点など、さまざまに語り合い、大いに盛り上がりました。まずは前編です。

*   *   *

「いい定食屋さんはアジフライが美味しい」という法則

秀島 今日、久しぶりに下北沢に来ました!

大平 どれくらいですか?

秀島 半年くらいでしょうか。割とよく来てますね(笑)大平さんの「島」ですよね。

大平 「島」はちょっとおこがましいですが、このあたりに住んでいまして。自転車で5分くらい。秀島さんのご出身は茅ヶ崎ですよね。

秀島 はい。小さい頃は海で遊び、社会人になっても辛いことがあると海に行き。永遠に心にあるという感じでしょうか。

大平 実は最初、この本のタイトルは『ある日、茅ヶ崎へアジフライを食べに』だったんです。

 

秀島 えー!

大平 海沿いにアジフライが美味しい食堂があって、連載の第1回目にそのお店のことを書いたんですが、勝手に私、茅ヶ崎だと思い込んでいて。「そういえば……」と念のために調べたら逗子だったんです。

秀島 いやー、茅ヶ崎の人間から言わせて頂くと、ぜんぜん違います(笑)ただ、同じ海域と言いましょうか、湘南というエリアで、みんな仲間ではありますよね。

大平 よかった。その回、実は特攻後続隊にいらした女性を取材することになって、そのあとの旅について書いたものなんです。特攻後続隊は戦争末期に立ち上げられた民間の軍事組織で、女性もそれなりに参加していたようです。中途半端な姿勢では聞けないし、取材の後でぜったいくらうだろうな、色々考えさせられるだろうなと思い、「何か楽しいことを付けたい」と思った。

秀島 なるほど。

大平 その後、何度かお話を聞く機会を得ました。それと、以前『そこに定食屋があるかぎり』という本を書いた時に発見したのが、「いい定食屋さんはアジフライが美味しい!」ということ。何て言うんでしょうか、白身が厚くて、油も酸化してなくて中がふわふわ。湘南育ちの方にとって、アジフライってどうですか?

秀島 我々、舌が肥えてますよ~。地の利と言うのでしょうか、獲れたてをすぐジュワっと揚げてくれるというのは何にも勝りますよね。本当に美味しいもので。私、連載で読んだ時に「あのお店かな?」って大平さんにご連絡したんですよね。

大平 そうそう、頂きました。違ったんですよ(笑) でも「じゃあこのお店ですか?」というご連絡も頂いて。やっぱり湘南の方ってアジフライのお店に詳しいなと思いました。

秀島 ところで、大平さんの第一印象を少しお話してもいいですか?

大平 もちろんどうぞ。怖いですが(笑)

秀島 大平さんの人気連載「東京の台所」は、その方の台所を通じて、人生の機微に触れていくという大人気シリーズですが、その心の襞の掬い方というのでしょうか。素晴らしいじゃないですか。だから、とても繊細なイメージを浮かべながらお会いしたんですね。でも、とても楽しい、気持ちのいい方で。

大平 きっと想像と違いますよね。分かります。だいたいがっかりされる(笑) ただ、はじめましての方の、ましてやお宅に伺ってお話を聞くわけですよね。しかも、これまでの歩みをお話頂いたり、心を開いて頂くことが必要になる。そうなると、半分図々しいくらいの明るさ、オープンさってすごく鍵になると思うんです。

秀島 私自身もラジオDJという仕事柄、初対面の方に色んなお話を聞くのですが、こちらがもじもじしていてもしょうがないので、すごくシンパシーを感じます。

気軽に旅に出ることを「けしかけてくれる」本

大平 私、こういう取材って、限られた時間の中での「出会い」だと思うんですが、この本の、そして本日のテーマである「こたび」にもつながってくるなと思うんです。「こたび」は私の造語なのですが、予定を詰め込み過ぎず、翌日に疲れを残さない、でも非日常にトリップできるような旅をイメージしています。ちょっとした隙間の、限られた時間であっても、豊かなひとときを過ごそうといいますか。

秀島 いや、これ本当に読みながら思ったんですけど、困るんですよ、旅に出たくなりすぎる(笑) しかも、海外というわけじゃなく「今だったら鎌倉行けるかな」くらいの、この瞬間どこにでも行けるんだっていうような。いい意味でけしかけてくれるんですよね。

大平 けしかけてましたか(笑)

秀島 今日、下北沢駅からこのB&Bに来たのですが、すごく良い感じの遊歩道じゃないですか。夕暮れ時で、空も刻一刻と変わって行く中で、素敵なお店もあって、皆さんが1日の終わりに乾杯していたり。そういう景色を見ているだけでも、「これは小さな旅をしているなあ」って思いました。

大平 本当に。旅ですよね。

秀島 それから、本書で好きだなと思ったのが、お店の名前がほぼ書かれていないこと。これもひとつの楽しみなのかなと思いました。色々なヒントが散りばめられているので、本気で探そうと思えば、多分見つけられるんですよ、クロスワードを解くように。でも、具体的な店名がないことで、旅をしている時の気持ちとか、雰囲気とか、そういうものを重ね合わせて楽しめる余白があるんですよね。

大平 まさにそうなんです。たとえば、このアジフライのお店は逗子の「まるわ食堂」というところなのですが、でも、きっと色んな場所に、読者の皆さんにとっての「まるわ食堂」があると思うんですよね。私が訪れたあの午後の、空が群青色でちょっと濃淡があり、風の匂いがして、そこで頂くアジフライやお店の雰囲気……とか。

秀島 立ち上がってくるものというのでしょうか。この本を読みながら、それぞれの旅を思い出したり、またひとつ行き先が増えたり、そういうことがたくさんあるんじゃないかと感じました。

家でも職場でもなく、自分自身でいられる場所を探して

大平 秀島さんは旅の達人でいらっしゃるから、そんなお話もあとでお伺いしたいのですが。また別のこたび話で言うと、父がちょっと体調が悪かった時に、特急あずさに乗って、実家のある長野と東京を頻繁に往復していたんですね。塩尻が実家の最寄駅なんですが、駅にワインビストロを見つけたんです。長野県なのでワイナリーが多いから、ワイン飲み比べのメニューがあったりして。親には「16時のあずさに乗る」といって帰るんですが、2時間くらいは駅で飲んで(笑) 東京に戻る前の「間(ま)」みたいなものが欲しかったんですね。

秀島 本書を読んでいると「エアポケット」という言葉がよく出てくるなという印象があります。最近よく「サードプレイス」という言葉も聞きますが、家でも職場でもない、でも自分自身でいられる場所をまわりにいくつ持てるかって、とても大切なことだなと思うんですよね。誰でもない時間を過ごすというか。たとえば日帰りであったり、自宅近くのバーに行くこともこたびになりますし。

大平 そうですよね。コロナ禍以降、一般の方を取材していて、メンタルの調子を崩された方ってやはり多かったんですね。でも共通しているのが皆さん、仕事が好きなんです。楽しいから頑張っちゃって、しかもコロナの負担もあって……という感じなのかなと。旅ってそういった、頑張りすぎて疲れていることへの手当てになるのではと。

秀島 そうですね、自分で自分を労わったり、色んな場所を開拓してみたり。私、通勤するときのバスの車窓から、いつも楽しそうだなと見ているお店があったんです。ある日、仕事が早く終わった時に一人で行ってみたんですよ。

大平 おお! すごい。

秀島 わざわざ降りて。時間にしてほんの30分足らずだったんですけど、小さくても叶えられた達成感というのでしょうか。毎日横を通って「いいな~」と思っていた、その「いいな」の中に自分がいるなと。自分を、自分の行きたいところに連れて行ってあげることができたなと。

大平 小さいことでも、自ら選び取ることが重なると、多分ちょっと豊かになりますよね。自分の引き出しが。

秀島 そうなんです。大平さんは、いま行けるとしたらどこに行きますか?

大平 実は、こないだ思いつきでですね、山梨県の石和温泉に行ってきたんですよ。ゴールデンウィークの最後の日。なぜ石和温泉かというと、去年、夫が仕事で行ったとき、20年乗ってた車がエンストを起こしてですね。

秀島 え、旅先でですか?

大平 そうなんです。それで手ぶらで帰ってきて、「車は?」って聞いたら廃車になったって。でもスタスタ帰ってきたから、そんな気軽に帰ってこられる場所なんだと(笑)

山梨なのでワイナリーが多くて、そこの方々もゴールデンウィーク中は忙しかったと思うんですが、最終日なので丁寧に接して下さって。すぐにもう1回行きたくなりました。熱海などもそうですが、昔、お客さんが多く栄華を誇った経験値があるので、サービスが一流なんですよね。鄙びていて、スタイリッシュな観光スポットではないですが。

秀島 熱海もいいですね。その手前の湯河原も、私大好きで。豪華に行こうと思えばどこまでも行けますが、わりとお手頃な観光ホテルもあります。幅が取れるといいましょうか。(後編に続く)

関連書籍

大平一枝『ある日、逗子へアジフライを食べに』

旅先での目当てはひとつかふたつ。夕方には帰路につき、翌日に疲れを残さない。でも一瞬で非日常にトリップできる小さな冒険――それを「こたび」としてみた。静岡へのふらっと日帰り旅から、美容目的の横浜ひとりホテル、女友達とのウイスキーを巡る京都旅まで。気ままだからこそ、思わぬ出会いや発見がある。身も心も解放される大人の旅エッセイ。

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ある日、逗子へアジフライを食べに ~おとなのこたび~

早朝の喫茶店や、思い立って日帰りで出かけた海のまち、器を求めて少し遠くまで足を延ばした日曜日。「いつも」のちょっと外に出かけることは、人生を豊かにしてくれる。そんな記憶を綴った珠玉の旅エッセイ。

バックナンバー

大平一枝

文筆家。長野県生まれ。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に「東京の台所」シリーズや『人生フルーツサンド』『こんなふうに、暮らしと人を書いてきた』『そこに定食屋があるかぎり』など。「東京の台所2」(朝日新聞デジタル&w)、「自分の味の見つけかた」(ウェブ平凡)、「遠回りの読書」(サンデー毎日)など各種媒体での連載多数。

HP:https://kurashi-no-gara.com/

秀島史香

ラジオDJ、ナレーター。10代をニューヨークで過ごし、40代には夫と娘とともにベルギーで1年間暮らすなど、海外での生活経験も持つ。現在FMヨコハマ『SHONAN by the Sea』などのラジオ番組の他、テレビ東京『二軒目どうする? ~ツマミのハナシ~』『昼めし旅』、 JAL機内放送、ファミリーマート店内放送に出演中。映画、テレビ、CM、アニメ、プラネタリウムなどのナレーション、EXILEの楽曲『Ti Amo』に参加するなど多岐にわたり活動中。ニッポン放送『文豪ROCK! ~眠らせない読み聴かせ宮沢賢治編』で令和元年度(第74回)文化庁芸術祭ラジオ部門・放送個人賞受賞。
著書に『いい空気を一瞬でつくる 誰とでも会話がはずむ42の法則』『なぜか聴きたくなる人の話し方』(共に朝日新聞出版)。
ライフワークは国内外を問わず各地を訪ねる旅。旅先では、その土地のおいしいものと、地元の人との何気ないおしゃべりが楽しみ。最近印象に残っている旅は、湯河原、松本、岡山、台湾。

X @tsubuyakifumika
Instagram @hideshimafumika

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