手塚治虫の未発表資料や単行本化されなかった作品を集成したり、雑誌初出の形態を忠実に復刻したり、マニアックな編集姿勢で豪華な単行本にする企画は、今年に入ってからも続々と刊行されています。
『手塚治虫アニメーションアート・アーカイブス』、『手塚治虫表紙絵集 増補改訂版』、『手塚治虫ミッシング・ピーシズ ジュブナイル・ワークス アリと巨人(ジャイアンツ)』の3冊がそれです。
その斬新な企画と丁寧な編集が、すべてひとりの編集者・濱田高志(はまだ・たかゆき)によって担われているという事実も、驚くべき業績として特筆しておきたいと思います。
しかし、今回ご紹介する手塚作品は、そうした豪華で、高価で、持っているだけでうれしくなるようなタイプの復刻とはすこし違う性質のものです。
『ながい窖(あな)』、50ページの短編です。

このマンガは、1970年に週刊誌「サンデー毎日」に発表されたのち、『空気の底』(朝日ソノラマ)の下巻(1972年)に付録のように収録されただけで、手塚が生前に監修した『手塚治虫漫画全集』にも収録されず、その後の『手塚治虫文庫全集』で新たに増補された作品群にも入りませんでした。
アジア太平洋戦争下の朝鮮人の強制労働と朝鮮人差別の問題を扱うマンガですが、手塚自身は朝鮮人差別にはっきりと反対しているので、作者自身の検閲的な動機が働いているとは考えられません。
ともあれ、多くの手塚ファンが読めないマンガになっていたのです。私自身、恥ずかしながら、この作品の存在を知りませんでした。
それが今回、法政大学出版局という堅いことで有名な出版社から、原稿からのスキャンによって復刻され、マンガや日韓朝鮮関係の6人の専門家の解説が80ページも添えられて、この作品の射程距離の深さを照らしだしています。
主人公は、朝鮮人として生まれ、日本に強制連行されて、岐阜の軍事地下壕で苛酷な奴隷的労働を課された趙(ちょう)という男です。
この男は戦後日本では、森山という日本名を名乗り、朝鮮人であることを隠しながら、日本企業の専務として幅をきかせているのですが、しばしば地下壕(ながいあな)の恐ろしい記憶の甦りに襲われて、パニックに陥ります。
森山の娘が朝鮮人の青年と恋に落ちるという出来事と、朝鮮学校に通う森山の息子が日本の学生たちからリンチを受けるという事件が重なって、森山は自分のアイデンティティの危機に直面することになります。
結末のあまりの唐突さを見ると、手塚はのちにこの作品をもっと完成度の高い作品に描き直したくて『全集』への収録を見送ったのではないかという考えも浮かんできます。
それだけに、ラスト1ページに噴出する差別への怒りには、マンガの安定した娯楽性を突き崩す生々しさが感じられます。
手塚の遺作『グリンゴ』は、差別される日本人を描いて、日本人とは何かを問うマンガでしたが、「くらい窖」と深い場所でつながりあう問題意識に浸されています。
マンガ停留所

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