押見修造の『瞬きの音』(小学館)が全4巻で完結しました。

瞠目すべきマンガです。その題材を選んだ勇気においても、マンガを描くとはどういうことかという根源的な動機を問う徹底性においても、そのために必要とした技法上の大胆さにおいても。
「その題材」とは自分自身です。
全4巻の帯すべてに「戦慄の回顧録」という惹句が書かれ、また、それぞれのカバーにも「己の本性を抉り抜く、容赦ない回顧」もしくは「己の本性を抉る回顧」と記されています。
主人公ははっきり「押見修造」と名指され、押見が描いたマンガも実名で出てきます。したがって、これはマンガ家・押見修造の私マンガと呼べる作品なのです。
冒頭は、押見が弟の遺体と対面する場面です。
この弟は、初めは名前が意図的に削除されているのですが、第3巻で抹消線の下に固有名がうっすらと見えはじめ、まもなく「押見悠治」という名前が明確に示されます。
マンガの初めのほうに、「きみの名前[悠治]は、ぼく[押見修造]がつけたらしい」というセリフがありますから、この名前を明かすことにどれほどの勇気が必要だったか、他人の私が考えても胸が詰まりそうです……。
話をもとに戻しましょう。
弟は15歳のときに脳腫瘍で手術を受け、後遺症として脳から成長ホルモンが出なくなり、体は15歳のまま成長を止めてしまいます。
一方、6歳年上の修造にとっても、15歳という年齢は特別なものでした。
修造は中学で恋人ができたとき、母から性的な目覚めを汚いものとして全否定され、その結果、15歳で恋人を捨てて、自分は死んだ、と考えるようになります。
その自己否定を救ってくれたのが、マンガです。マンガを描くことで、修造は生き返ることができたのです。
しかし、そのとき、弟の成長が15歳で止まってしまいます。修造は、15歳で一度死んだ自分が、15歳の死を弟に押しつけることで、弟を身代わりにして、マンガ家として生きつづけていると思うようになったのです。
『瞬きの音』は、端的にいって、マンガという芸術的創造が、弟の障がいと死の犠牲に基づいていると考える罪悪感の物語です。
しかし、この物語が、たんに特異な個人の経験に還元されるものでないのは、人は誰しも、自分以外の誰かを犠牲にして生きているのではないかという罪悪感を抱くことがあるからです。
押見修造は、この根源的な人間の条件を、自分のマンガ家生活と弟への思いを題材にして、極限まで追いつめていくのです。
第1巻の最初から、修造は「ぼく」として物語を語り、弟に「きみ」と呼びかけているのですが、驚くべきことに、第3巻以降、弟の「きみ」が「ぼく」に代わって、この物語をマンガに描いていきます。
そして、最終的に、「ぼく」が「きみ」を身代わりにした物語を、「ぼく」が「きみ」の身代わりとなってマンガを描きつづける物語に変えるのです。恐るべき創造的膂力というほかありません。
マンガ停留所

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