安彦良和といえば、TVアニメ『機動戦士ガンダム』(1979~)のキャラクターデザインと作画監督を担当して、のちに大いに名を上げることになりますが、当時、安彦はまだ若干31歳でした。
1980年代には『クラッシャージョウ』などアニメ監督として活躍しますが、90年代以降はマンガ家となり、『虹色のトロツキー』(1990~96)で、アジア太平洋戦争中の中国満蒙を舞台に、日本近代史の裏面を描く、独自の歴史マンガの領域を開拓します。
とくに『王道の狗』(1998~2000)は、自由民権運動の激化する明治中期に材をとる一大群像ドラマで、ここに登場して大活躍する柔術家・武田惣角は、今回ご紹介する安彦歴史マンガの最新作『銀色の路』(集英社)にも、重要な脇役として登場しています。

時代は明治初年。征韓論をめぐって大久保利通らと対立した西郷隆盛が破れて下野した直後のことです。
主人公の政商・五代友厚は、明治政府の実権を握った大久保利道の「富国強兵」の意を体して、福島県の半田銀山の近代化に尽くします。本作はその冒険的事業を描きだしています。
『銀色の路』における作者のモチーフは、大きくいって2つあります。
ひとつは、「政商」として評判の良くなかった五代友厚を、私財の蓄積をおこなわず、大久保利通の提唱した富国強兵の主張を対外侵略の口実にせず、薩長明治政府から朝敵扱いされた東北地方の復興に適用した人物として、名誉回復することです。
また、五代が銀山開発をおこないながら、鉱毒にたいする画期的な公害対策を実施していたことも、しっかりと描きだしています。
もうひとつのモチーフは、安彦の曾祖父が五代の経営する銀山で絵図面描き(測量技師)として働いていたという事実で、本作には、安彦の祖父が赤ちゃんだった場面も出てきます。
そういう個人的な事情もあってか、『銀色の路』には、明治という時代を担ったあらゆる信条と階級にわたる多様な人々が活写されつつも、人間への信頼が全篇にあふれており、読んでいてともかく気持ちがいいのです。
そして、何より見事なのは、そうした明るい人物造形に基づくストーリーテリングの巧みさで、全2巻という安彦歴史マンガとしては異例の簡潔さですが、無駄やダレ場がまったくありません。安彦良和の堂に入った語りの名人芸を満喫することができるのです。
さらに、アクション描写の切れ味も、最高度の達成を見せています。
たとえば、開巻まもなく、コメディリリーフの役割も負った武田惣角が、いきなりヒロインの人妻・百合子を襲った暴漢たちを退治する場面などは、バロン吉元の塁を摩する切れ味とスピードを感じさせます。
また、副主人公である五代の部下の直次郎が、宿敵の義兄・甚内と戦う2度の剣戟の場面の冴えも、特筆したい出来栄えです。
アクションと人情を満載した歴史マンガの娯楽雄篇として、ぜひ一読をお薦めしたいと思います。
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