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2026.06.13 公開 ポスト

作者の「異様な本気」の凄みが充溢する不可思議な面白さ 黒田硫黄『船頭安五郎』中条省平

早いもので、黒田硫黄が『大日本天狗党絵詞』の独創的なタッチと奇想天外な物語で、マンガ好きの度肝を抜いてから、もう30年以上経ちます。

今回、黒田が1巻目を刊行した『船頭安五郎』(リイド社)は、士郎正宗の原案による『アップルシードα』を別にすると、黒田のオリジナル長編作品としては、『セクシーボイスアンドロボ』(未完)と『あたらしい朝』に次ぐ第4作ということになります。

それでも、『あたらしい朝』の完結から数えてもう16年にもなりますから、黒田硫黄ファンとしては、待ちに待った久々のオリジナル長編の開幕です。

 

で、まず最初の印象としては、『大日本天狗党絵詞』以来の、というより『天狗党』を凌ぐほどの黒ベタと太い墨の描線の復活に、懐かしいだけでなく、なにか異様な作者の「本気」を感じて、うれしくなりました。

というのも、黒田硫黄というマンガ家は、きわめて繊細な自意識の裏返しとして、自作解説などで、わざと乱暴な逆説のいいっぱなしをすることが多く、「本気」などというものは田舎者の悪癖としてばかにしているような感じがあったからです。

ただ、この『船頭安五郎』は、冒頭から「本気」のすご味が充溢しているのですが、その「本気」が何をめざしているのか、まだこの1巻目だけでは、よく分かりません。

もちろん、その説明の難しい、なんとも不可思議な面白さについては、折り紙つき、太鼓判を押しておきましょう。

ときは江戸時代、天明年間。主人公の安五郎は、下総(千葉)から利根川を下り、江戸まで大量の米俵を運ぶ高瀬舟の船頭。

舟に米俵を積みこんだものの、親方の甚左衛門が舟に戻らず、米俵を見張る侍・吉三郎がやって来たので、仕方なく、頼りない下働きの若者・てんせいと、三人で利根川に舟を出します。

ここまでで、親方・甚左衛門の失踪の謎が提起され、その甚左衛門がどうも道具屋の助蔵とかいう男とつるんで怪しい物資(鉄砲などの武器?)の取引に関わっていたらしいという背景が示唆されます。物語のつかみはOKです。

安五郎は船旅の途中で一度陸に上り、甚左衛門が出入りしていた寺院の賭場に探りを入れます。ここに『天狗党』のシノブか、『セクシーボイス~』のニコのような素敵に行動的なヒロイン・めめという女が現れて、鼻で煙管を吹いて骰子の目を変えたり、素手で鮭を掴まえたり、米俵をいっぺんに3俵担ぐなど大活躍。大いに期待できるキャラクターです。

絵としてのクライマックスは、めめが退場したあと、風の気配を察した安五郎が、高瀬舟に帆を張る見開き2ページ。

それまでの墨ベタの重い夜と、闇と雨で黒くうねる水の描写が変容して、空間が一気に、縦横に、垂直に広がります。おお、これぞ黒田マンガの醍醐味!

謎も、脇役も、伏線も巧く張りめぐらして、1巻目はあっという間に終わります。いまから第2巻が待ち遠しいかぎりです。

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中条省平

1954年神奈川県生まれ。学習院大学フランス語圏文化学科教授。東大大学院博士課程修了。パリ大学文学博士。著書『中条省平は二度死ぬ!』『文章読本』など。翻訳書最新刊はロブ=グリエ『消しゴム』。

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