
今回ご紹介する本は、イタリア人マンガ家、イゴルトの作品です。
恥ずかしながら、私はイゴルトを知りませんでした。しかし、昔フランスで買った『マンガガイド2005 国際マンガ百科事典』という本には、1958年にイタリアのサルデーニャ島で生まれたマンガ家として出ていて、メビウスが描いていたことで有名なフランスのマンガ雑誌「メタル・ユルラン」に作品を発表したり、一時期日本で生活し、講談社やマガジンハウスの出版物にマンガを載せた、と書いてあります。
じっさい、1990年代には、「週刊モーニング」で『ユーリ』というオールカラーのSF冒険マンガを連載していたのです。
本書『イタリア人漫画家のマンガ帝国探訪記』(光文社)は、2015年に発表されたエッセーマンガの邦訳で、イゴルトが1990年代に日本で暮らしていたときの回想録といえるものです。
ですから、日本文化を熱愛するイタリア人マンガ家の目に映った現実の日本を紹介するルポルタージュという側面もあり、イゴルトが住んだ東京・千駄木近辺の風景がじつに魅力的に描かれます。日本人の私がぜひ現地に行ってみたいと思うほどなのです!
また、「週刊モーニング」で『ユーリ』の仕事をしていた時代の、非常にリアルで苛酷なマンガ家の仕事ぶりも活写されます。
オールカラーの『ユーリ』第1部は読者の好評を得たのですが、白黒の予定の第2部は、2週間で160ページものネーム(下描き)を描いたものの、全部ボツにされてしまいます。これで日本でのマンガ家としてのキャリアは断たれました。だが、そこで終わりではないのです。
もともと、本作はイゴルトの日本滞在記という側面をもっていますが、それ以上にストレートな、彼の日本文化に対する愛を告白した書物でもあります。
三島由紀夫、谷崎潤一郎、芭蕉など日本の文学者たちへの言及もありますが、それと同じ比重で、イゴルトは阿部定の日常生活を語り、彼女を日本の「いき」を体現する存在として、熱をこめて称揚しています。
そして、写楽や北斎の浮世絵、鈴木清順の映画、メンコや相撲取りのカードの絵、『のらくろ』や手塚治虫やつげ義春のマンガ、『桃太郎 海の神兵』や『火垂るの墓』といったアニメが、素晴らしく個性的なイゴルトの筆致で模写されて、無数に引用されます。
それはオリジナルにそっくりですが、微妙に本物とは異なる、繊細な滲みと色あい(本書はオールカラーです)が加えられて、なんともノスタルジックな魅力を発散しています。
なんだか、オリジナルをよく知る私たち日本人が外国人になって、そうした絵やマンガを眺めているような不思議な快感に襲われます。
これは客観的な文化紹介などではなく、この上なく鋭い感受性をもったイゴルトというアーティストが描きだした夢の世界なのです。
この独創的な日本探訪記には、続編が2冊出ているようですが、ぜひとも邦訳してほしいと願ってやみません。
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