
今月中に仕上げなければマズいことになる脚本がひとつある。
きわめて進みが悪く、おそらく書き終わらない。ジーッとパソコンの前に座り、物語の展開を想像するが全く面白いことが思い浮かばない。とても恐ろしい時間だ。このまま何も思い浮かばず今月末を迎えてしまう自分の物語を想像する。その悲劇的な物語の展開はパンパンと思い浮かぶ。なかなか見応えがありそうで腹がたつ反面、想像する能力が無くなったわけではないと安心する。
脚本が書けないときの私はいろんなことで気分を転換させる。いまこのエッセイを書いているのも、書けない自分を紛らわす気分転換であり、逃避の時間なのだ。
逃避中の私の足元に犬が寄ってきた。遊んで欲しそうに座り、私を見上げている。とてもかわいい。膝の上に乗っけて顎の下を撫でてやると目を細めて気持ち良さそうにグテンと脱力し、全体重を私に掛ける。犬の顎の下を撫でて脱力させる仕事があれば私はその仕事に転職したい。
そんな、どこに需要があって誰がそのサービスにお金を支払うのか不明な仕事を考えるほど、思い詰まっているのだなと自分の不安定な状態を把握する。

仕上げなければマズいことになる脚本が今日書けていないということは昨日も書けていない。昨日の私の逃避方法はこれまでになかった方法であった。
ジッと椅子に座り、頭の中をリセットしたり転換したりするのではなく、身体の状態を変えてみようと考えたのだった。
私はジムに入会をしてみた。
体を動かせば血の巡りや細胞の働きが変わって、これまでと違ったことが思い浮かぶのではないかと思ったのだ。
今月中に脚本を仕上げるために、入会した勢いそのままにジムを利用した。
ジムといっても体をムキムキにしたいわけではないので、20分ほどランニングマシンで走り、10分ほど自転車のようにペダルを漕ぐマシンをやった程度だ。
結果、とても疲れて執筆をする気になれなかった。私の体力は同年代の人の5分の1しかないことを忘れていた。
ジムなんて行かなきゃよかったと思いながら風呂に入ってビールを飲んで寝た。
体も頭も思い描いた通りにはいかない。
そんなもんだわなとエッセイを書いているいま思う。
これまでの作品もそうだった。書いているうちに書きたいことが変わることがあったし、演出しているうちに作中の大切なものに気づくことがあった。作品創りだけでなく、生きるということもそう。10代の頃の譲れないことは、いまはたいして重要ではなかったりするし、20代の頃に思い描いた自分の姿といまの自分の姿は全く違う。
でもそれでいいと思えているいまの自分がいる。目の前の世界が思った通りでないことを楽しめるかどうかだと思う。
なんだか不安が取り除かれ、スッキリしたような気になったが、目の前の仕上げなければマズいことになる脚本が仕上がっていないという状況は変わらない。
この状況を楽しむ気にはならない。
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私は演劇に沼っている

脚本家、演出家として活動中の私オム(わたしおむ)。昨年末に行われた「演劇ドラフトグランプリ2023」では、脚本・演出を担当した「こいの壕」が優勝し、いま注目を集めている演劇人の一人である。
21歳で大阪から上京し、ふとしたきっかけで足を踏み入れた演劇の世界にどっぷりハマってしまった私オムが、執筆と舞台稽古漬けの日々を綴る新連載スタート!
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