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私は演劇に沼っている

2024.05.26 公開 ツイート

「1位」になったことがない私が見つけたオンリーワンの世界 私オム

先日、演出家として参加した「演劇ドラフトグランプリ」という企画でグランプリをいただいた。

その企画内容は5つの座組みをドラフト形式で選抜し、5名の演出家が各チームに振り分けられるもので、テーマに沿って作った20分のオリジナル作品を、日本武道館で一日限り本番を披露するというもの。

名だたる演出家さん達の中に加えていただき、演劇界隈の第一線で闘っている役者たちとお芝居を作れて、演劇の世界で生きているものからすれば参加させてもらえただけでとても光栄なことである。そのような場所でグランプリをいただけるとは何とも有り難い。どの作品も本当に素晴らしく、私の座組みがグランプリをいただけたのは数多の奇跡の連続であったと心の底から思う。

 

 

私は、これまで1位というものになったことがない。

運動会の徒競走では10人中5~6位、習い事でやっていた剣道は初戦を何とか勝てるか勝てないか、学力テストでは最下層の一員だった。

ルールの中で勝者を決める戦いでナンバーワンになったことがないのだ。

 

だからなのか、無意識になのか、私は「自分らしさのオンリーワン」で戦う演劇に興味を持ったのかもしれない。正解もゴールもない。ということは不正解もない。全てが正しくて、オンリーワンだらけの世界。それはなんとも不透明で魔力を感じる世界だ。

そんな演劇という世界はとても自由で壮大だ。自由だから1位を決めてみてもいいのだ。私は今回この企画に参加させていただき演劇の懐の広さ、無限大さを感じた。

演劇というのは生き様で、感性の集合体だと思う。荒々しくいうと、身を削ぎ血を注ぎ込む感覚で、皆が創作をしている。そしてそこにお金が支払われる。生半可な気持ちでは作れない。

しかし、生半可な気持ちでは始められる。懐の広い演劇は入口もガバガバだ。私もその入口の甘さに助けられ、始めたひとりである。「面白そうだな、やってみよっかな」そんな想いで始めた。

(「演劇ドラフト」で上演した台本の表紙)

やればやるほど、作品を作れば作るほど、この世界の奥深さを知る。もちろん奥深さを知るだけで、演劇の核心部にたどり着いたわけではなく、そこに何があるのかは知らない。

敵は自分自身で、果てのない戦場だとも思い知る。いつ辞めてもよくて、どの程度手を抜いてもよい。逆も然り。いつまででも続けてよくて、程度を決めないでこだわってもよい。

 

本当に演劇は自由で恐ろしい。心が折れたなら折れたでそれでもいいのだ。

 

ひとり夜な夜な、執筆をしていて自分の引き出しに限界を感じたり、演出の新たな手法が思い付かなかったりすると、逃げたくなるときが月イチある。大人だから人には見せないだけで、しょっちゅうメソメソしている……いや、嘘。酒を飲みながら仲間の役者にグチグチタラタラ弱音を吐いています。カッコつけました、ごめんなさい。

 

弱音を吐く仲間が捕まらないときに思い出す言葉がある。

それは宮崎駿氏の言葉で、「頑張るのは当たり前。頑張ってもダメな人間がいるとこが我々の仕事なのだから。頑張るなんてことを評価するなんてとんでもない間違いだ。演出というのは加害者。自分のやりたいことを人にやらせるのだから。眠れぬ夜を過ごすのだ。その時に励ましや慰めなんてなんの役にも立たない。全部自分。自分で自分が許せるか。自分を簡単に許せる人と簡単に許せない人がいて、それによって色々な運命が分れていく」というものだ。

 

私はこの言葉を話す宮崎駿氏の音源を携帯電話に保存している。演劇に対してナメた感情が芽生えそうになった時に聞き返すようにしている。宮崎駿氏の「てめぇがやりたいんだろ。当然頑張れよ」という叱責に助けられている。

 

何が言いたかったのかというと、演劇に生きる人たちは皆自分と戦い続けている。

今回、私は「演劇ドラフトグランプリ」に参加させていただき、多くの演劇人たちと大舞台で作品を披露する機会に恵まれてさらに強く思った。

みんながオンリーワンで、自分がナンバーワンの世界を持っていて、その世界を守りながらも広げるために血の滲む努力と眠れぬ夜を過ごしているのだ。全ては観客に最高のエンターテイメントを届けるために。

 

そして、彼らはそれを誰にも見せない。最高にカッコいい人たちだ。

もしかすると、この連載を見られたら「当たり前のことだろ。ダセェな、言うなよ」と思われるかもしれない。いいのだ。私はダサいから。

私は弱音を吐いてしまう人間で、いつ誰に言ったのか分からない偉人の言葉に縋りながらなんとか自分の世界を紡いでいる人間なのだから。今日は私のダサさはほっといてくれ。演劇に真摯に生きている人たちを称賛してほしいだけなのだ。

 

演劇万歳。演劇人万歳。

と、偉そうに書いて、戒める。

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私は演劇に沼っている

脚本家、演出家として活動中の私オム(わたしおむ)。昨年末に行われた「演劇ドラフトグランプリ2023」では、脚本・演出を担当した「こいの壕」が優勝し、いま注目を集めている演劇人の一人である。

21歳で大阪から上京し、ふとしたきっかけで足を踏み入れた演劇の世界にどっぷりハマってしまった私オムが、執筆と舞台稽古漬けの日々を綴る新連載スタート!

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私オム 脚本・演出家

1989年生まれ。大阪府出身。代表作は、女優の水野美紀氏と共同演出作品「されど、」(脚本・高橋努、えのもとぐりむ、水野美紀)や角川文庫より出版されている小説原作の舞台「怪盗探偵山猫the Stage」(原作:神永学)の脚本と演出、スーパー戦隊シリーズで主演を務めた伊藤あさひ初舞台作品の「五月雨」など。身近に感じる日常にドラマを生み出し、笑いを挟み込みながら会話劇で展開する作風は各テレビ局関係者からの評価も高い。また、10代の頃から国内や海外を放浪していた経験を持ち、様々な角度から人物を描き、人間の悩みや苦悩葛藤を経ての成長に至る描写を得意とする。近年では原作のある作品の脚本演出のオファーが相次いでいる中、自身のオリジナル作品の上演を定期的に行い、多くの関係者が観劇に訪れている。

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