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衰えません、死ぬまでは。

2025.07.03 公開 ポスト

第28話 懸垂ショック 前半

平面でもコケやすくなってるし、できるだろうと思っていた懸垂ができなくなっている…宮田珠己

還暦も過ぎ、避けられない老化への道。さて、宮田さんは何に抗おうとしているのか…。

*   *   *

6カ月間だいたい毎日続けていた筋トレを、取材旅行が続いた先月、すっかりサボってしまった。半年も続けたおかげで、もはやルーチンと化し、途絶えることなど想像もしなかった……というようなことは全然なく、いつでもやめたいと思っていた。ところへ、不慮の偶然により継続が困難に。つまり不可抗力といえばそういうことであった。

 

いやあ、筋トレ続けたかったなあ、実に残念かつ快適でならない。

SNSでよく流れてくる自己啓発動画で、何事も21日間続ければ習慣化し、その後は無理なく続けられるようになるというのがあったが、まったくのデタラメであった。21日どころか、半年やっても無理なものは無理なのだ。そもそも運気だって全然好転しないではないか。

私は、これまたSNSで流れてくる、超肥満体の人が筋トレに目覚め、鍛え始めてから何日目、何カ月目とだんだん痩せていき、半年とか1年が経つと、めちゃくちゃスリムになってカメラの前でポーズを決めたりしている動画を見るのが好きだ。コツコツと努力を続けた人が、自分を取り戻し、自信を深めていく。その体と表情の変化に拍手を送りたくなる。

(写真:宮田珠己)

ぜひみんながんばって肥満を解消してほしいが、それはあくまで他人の場合であって、他人の努力は清々しくても、自分の努力は苦しいだけである。なので、ほぼ1カ月間、私は心置きなく爽やかなバカンスを過ごしたのであった。

しかしここで、想定外の事態が生じた。筋トレをしなくなって数週間もすると、罪悪感が頭をもたげてきたのである。

せっかく筋肉が少しだけかもしれないけどついたのに、もったいないのではないかという思いが。

もちろんやっぱり筋トレしたいなどと私が思うわけがない。思うわけがないけれど、貧乏性の私には、この、もったいないという気持ちが案外曲者で、一度そう思ってしまうと、頭にこびりついて離れないのである。

10年以上前から買い続けて全然当たらないロト7を、これまでの苦労がもったいないからという理由で、いまだ買い続けているぐらい清貧思想が身についている私だ。

筋トレによって運気が好転する兆しは皆無だけど、肉体のためにもこれは続けるべきではないか。

なにしろ最近は、何もない平面で蹴つまずいてコケそうになるぐらいだから、太ももの筋力が落ちに落ちていることは実証済である。これはもう、めんどくさいとか運気があがらないとか言ってる場合ではない。死が目前に近づいている。せめてスクワットだけでもやるべきでは?

というわけで、いつでもやめてやるという強い決意のもと、再開することにした。1カ月の休養を経て、ふたたび筋トレする日々に逆戻りである。やる種目も回数も変わらず、きついことはせず、嫌になる前にやめるサステナブル筋トレ。

再開してみると、そういえば、最近ボルダリングにも行ってないなと思い出し、これも久々に行ってみることにした。

(写真:宮田珠己)

ボルダリングは楽しいが、お金がかかるので、この数カ月、遠ざかっていた。よし、ボルダリングで楽しい気分を取り戻そう、と思ったら、ボルダリングジム、私が行かない間に値上げしていた。値上げというか、1時間約1000円だったのが、2時間2000円からに改定され、1時間サクッとやって帰るつもりでも2時間分の値段を払わないといけなくなっていたのだ。

おかげで気持ちは瞬く間に後ろ向きに。2000円じゃ、気軽に来られないじゃないか。1000円でも来過ぎないよう我慢してたのに。

とりあえず今回は2000円払うことにしたが、もう来ない予感がビンビンする。楽しいんだけど、背に腹は代えられない。

ともあれ、動きやすい服装に着替え、前回自分のレベルにちょうどいいと思った6級のルートをいくつか登った。

くそっ、くそっ、値上げしやがって、と毒づきながら登ると、以前より体が重い気がしたのは、気持ちが挫けていたからだろうか。10カ所ある6級ルートのうち、半分は登れなかった。

登攀を断念するうちに気づいたのは、登れないルートはすべてオーバーハングのルートだということだった。体が重くて、腕の力だけでは壁にしがみつけないのである。ぶらさがる力が弱い。

半年間腕立て伏せを続けた効果がまったく出ていない。サボったのがいけなかったのか。

否。考えるに、腕立て伏せでつく筋肉は二の腕の外側の上腕三頭筋で、懸垂するときに使うのは上腕二頭筋だからではないか。つまり私のサステナブル筋トレでは、懸垂のための筋肉は鍛えられないのだ。

ということでこれまた久しぶりにフィットネスジムへ行って、懸垂をしてみることにした。腕立て伏せは自宅でできるが、懸垂はできる場所がない。そうしてジムを訪れ、満を持して鉄棒にぶらさがったら、まったく身動きが取れなかった。

(写真:宮田珠己)

え?

自分でも驚いた。

笑ってしまうほど、体が持ちあがらない。 正直、2、3回はできるだろうと考えていた。それがゼロ。

自分では少しでも腕を曲げて体を引き上げようとしているのだが、傍から見れば、枝にただじっとぶらさがっているナナフシみたいに見えただろう。そのぐらいマヌケに動かなかった。

考えてみれば、懸垂なんてしたのは学生時代以来かもしれない。ほぼ40年、私は懸垂と無縁に過ごし、その間、着々と上腕二頭筋は衰えていたのだ。

ジムにはさまざまなマシンがあって、それによって体のどの部分の筋肉が鍛えられるか図示されている。つまり人間にはそれだけ多くの筋肉があるわけで、そう考えると、腕立て伏せとプランク、そしてバックランジだけのエクササイズでは圧倒的に足りないのは明らかだ。今回腕立て伏せはできても懸垂ができなかったように、鍛えていない筋肉はこうしている間にも加速度的に衰えているのだ。

ショック。

これはちゃんと真面目に取り組まないとほんとに体が動かなくなる。運気をあげるとかいう前の段階である。これからは心を入れ替え、たまにジムに来て懸垂することにする。

(後半へ続く)

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衰えません、死ぬまでは。

旅好きで世界中、日本中をてくてく歩いてきた還暦前の中年(もと陸上部!)が、老いを感じ、なんだか悶々。まじめに老化と向き合おうと一念発起。……したものの、自分でやろうと決めた筋トレも、始めてみれば愚痴ばかり。
怠け者作家が、老化にささやかな反抗を続ける日々を綴るエッセイ。

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宮田珠己

旅と石ころと変な生きものを愛し、いかに仕事をサボって楽しく過ごすかを追究している作家兼エッセイスト。その作風は、読めば仕事のやる気がゼロになると、働きたくない人たちの間で高く評価されている。著書は『ときどき意味もなくずんずん歩く』『ニッポン47都道府県 正直観光案内』『いい感じの石ころを拾いに』『四次元温泉日記』『だいたい四国八十八ヶ所』『のぞく図鑑 穴 気になるコレクション』『明日ロト7が私を救う』『路上のセンス・オブ・ワンダーと遥かなるそこらへんの旅』など、ユルくて変な本ばかり多数。東洋奇譚をもとにした初の小説『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』で、新境地を開いた。

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