
Xのフォロワーは90万人超、歌舞伎町での人間模様を描いた小説『飛鳥クリニックは今日も雨』(扶桑社)が大人気のZ李。今度はショートショートで、繁華街で起こる数々の不思議な事件を描く!
過去の友人との思い出のなかには、何年経ってもこびりついたように忘れられない話が、一つや二つあるものです。
あの時の記憶を辿りに、20年ぶりに「スマスロ吉宗」を打ちに行く。主人公は何を思うのでしょうか。
* * *
日曜日の鷹狩り
二日酔いで目を覚ました日曜日。このまま一日中寝てやろうかとも考えたが、ふと思い立った俊之はスマスロ吉宗を打ちに行くことにした。
20年前、あれだけ毎日のように足を運んでいたホールに、めっきり行かなくなった。
あの頃と今では、時間の重みも金の価値も変わってきたからだろうか。
1日潰して2000枚4万円勝ったところで、特に嬉しくはない。
ただ、やはりあの頃の台の後継機が出たと聞くと気にはなる。でも、YouTubeで実戦動画を見たり、SNSで演出を見たりすれば、ほとんど満たされてしまう。
数十分でも動画を見るともういいやとなり、実際にホールへ行くことはない。
俊之のこの10年はそんな感じだった。
でも、スマスロ吉宗だけは触っておこうと思い立ったのはどうしてだろうか。
昨日の酒が効きすぎたおかげで熟睡したから。
二度寝どころじゃないくらいに起きたら目が冴えてしまっていたから。
二日酔いの頭痛はいくらかあるが、バファリンを飲んだらほとんどなくなったから。
それもあるが、旧友のことを思い出し、懐かしく思ったからかもしれない。
あの頃。不良の先輩から体感機を1日3万円で借りた俊之たちは、吉宗のゴトをやって日銭を稼いでいた。
レバーに糸を引っ掛けて、周期を合わせていって当たりを引く、流行りのゴトだ。
「俊、お前演出は全部キャンセルしないと。うるさくて目立つよ」
外れ。リプレイ、ベル、チェリーに松と徐々に周期をずらしながら当たりを引くのが体感機だから、レア役付近の周期を連続して引くと、障子がガタガタうるさくて仕方ない。
賢一が言っているのはそういう意味だ。
雑居ビルの体感機攻略練習場、賢一の先輩が用意した部屋で俺は吉宗を打っていた。
「でもよ、客なんかみんな自分の台に夢中だろ? 大丈夫じゃない?」
「バカかよ俊、店員だよ。最近うるせえんだ」
見つかって店長室に連れていかれて、ヤクザにボコボコにされたやつもいたらしい。
「ボコりなんかヤキだと思えばあれだけどさ、機械取られたら弁償80万なんだぜ?」
80万は無理だ。なるほどね、間違っても店員に見つかるわけにはいかないなと俊之は思った。
練習を重ねてしばらくすると、今度はホールでゴトを始めた。
体感機のレンタル代を払っても、1日10万は楽に稼げていた。
俊之と賢一は、キャバクラをはしごしてみたり風俗に行ったりで貯金は全然増えなかったが、上手くやって体感機を買い取り、独立した仲間もいた。
鷹狩りもプレミア演出も、何も珍しくなくなった頃に事件は起きた。
店員に見つかった賢一は、体感機を持ったままホールから逃げて、車道に飛び出したところをトラックにハネられて死んだ。
あっけなかった。
豆腐みたいに脳みそが飛び出していて、冬だったから湯気が出ていた。
次の日、賢一のお通夜も終わってないのに体感機を弁償しろと言われて、むかついて先輩をぶっ飛ばしたらヤキをぶち込まれて、俊之もグループを抜けた。
そんなことを思い返しながらスマスロ吉宗を回していたら、ストレートで天井目前だった。
「さんざんインチキして当ててきたんだ。当たり前だよな、賢一」
急に涙が溢れてきた。天井はBIGだった。
爺様だってな婆様だってな
ボーナス来たなら赤飯炊くべな
殿様だってな姫様だってな
千両箱には目も眩むべな
日ごろは厳しい吉宗も
大盤振舞じゃ
お城を見上げりゃ青い空
明日も晴れるべな
20年振りの歌を聞きながら俊之は煙草に火をつけた。
「お客様、ホール内は禁煙です」
駆けつけた店員に会釈して、俊之は煙草を隠しながら外へ出る。
都庁の方角を見上げると青い空。
「明日も晴れるべな」
自分から出た独り言にクスッと笑いながら、アレクサンダーマックイーンのスニーカーで煙草を踏み潰すと、俊之はそのまま家路についた。
スマスロ吉宗にクレジットを残して。
それは、20年振りの賢一への餞別のつもりだったのか、今はもう分からない。
Photograph:TOYOFILM @toyofilm
君が面会に来たあとで

Z李、初のショートショート連載。立ちんぼから裏スロ店員、ホームレスにキャバ嬢ホスト、公務員からヤクザ、客引きのナイジェリア人からゴミ置き場から飛び出したネズミまで……。繁華街で蠢く人々の日常を多彩なタッチで描く、東京拘置所差し入れ本ランキング上位確定の暇つぶし短編集、高設定イベント開催中。