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衰えません、死ぬまでは。

2025.05.29 公開 ポスト

第27話 後半 筋トレ存亡の機、そしてまさかの若輩者へ

ワクワク参加した、アクリル画の講座。日本画よりは年齢層が低いに違いない…と思ったのに!宮田珠己

えのき、トウモロコシ、シリアル、ゴマ、米。年齢と共に、歯に挟まるものが増えてきて、旅行に行くにも、歯間ブラシとフロスが必須となり、荷物が増えて面倒だ。…嘆いた宮田さん、前を向く!

*   *   *

だがまあ、嘆いていてもしょうがない。気持ち悪さと手間が増えただけで、命に別状はないのだ。筋トレも腰痛が治まったらなんとか復活させるとして、私は筋トレだけでは盛り上がってこない運勢を焚きつけるため、何か新しいことを始めるべきと考えるようになった。

 
(写真:宮田珠己)

新しいこととは何か。

たとえばここで急にスペイン語を学ぼうなんて思っても、どうせ続かないのはわかっている。

妻が勧める野菜農園もさっぱり興味が湧かない。

世の老化目前世代は、いったい何を始めているのだろう。

蕎麦打ちだろうか。

それとも俳句?

最近カメラを持ってうろうろしている老人を川べりでよく見る。そういう人はバードウォッチングに目覚めたってことか。

知り合いの女性編集者は50を過ぎて、ガムランを始めたと言っていた。インドネシアの楽器である。なるほどそういう世界もあるのだ。

(写真:宮田珠己)

何でもいいが、ここで無理やり焦って興味のないことを始めても仕方がない。それなら前々からやりたいと思っていたことをやるべきである。

前々からやりたいと思いながら、全然手を付けられないままでいることって何かあるだろうかと思えば、実はある。

絵が描きたい。それも風景画や人物画などのきっちりしたものでなく、イラストに近い自由な絵が。

もう10年以上前になるが、やはり絵を描きたいと思った私は、市のカルチャースクールの案内のなかから、日本画の講座を見つけて申し込んだことがあった。できればアクリル画がやりたかったのだが、そういう講座がなく、仕方なく日本画に挑戦したのだ。

日本画は、アクリルや水彩、油絵などと比べても、使う画材も独特で、手間もかかり、面倒くさがりの私がやる代物とはとても思えなかったし、そうであることも事前にわかっていたのであるが、それでも何か描かずにいられなかった。背に腹は代えられないと始めた日本画だったが、やってみた結果、やはり日本画は手間がかかり過ぎることが確認され、撤退した。

あれから数年。私は、気にして見ていたカルチャースクールの案内のなかに、アクリル画の講座を発見した。これだ、ついに見つけた。そう思い、さっそく申し込んだ。

日本画の教室に通ったときは比較的年齢層が高かった。若い人は日本画なんてやらないのかもしれない。正直少しがっかりしたのは事実だった。自分より若い生徒とともに学んで、学生気分に浸れたらいいな、ぐらいのことを期待していたからである。

今回はアクリル画。日本画よりは年齢層が低いに違いない。

(写真:宮田珠己)

そう思いつつ某駅前のビルに出かけていくと、その講座は長年続いているらしく、8人ぐらいの生徒がすでにいて、私はそこに転校生のように紛れ込む形になった。それも意外だったが、問題は、生徒の年齢層だ。

生徒は全員私より年上。それも10歳以上年上の70代、80代ばかりだったのである。

なんということであろう。日本画より老化しているではないか。

まさか老人がアクリル画をやるとは。いや、老人が何をしようと勝手だが、アクリル画と日本画では、アクリル側に若い人が集まっていそうな気がするではないか。今回はアクリル画を学ぶのが目的だから、他人はどうでもいいとはいえ、がっかりしなかったといえば嘘になる。

講座が終わるとランチに誘われ、中華料理店の円卓を囲んで、全員の水をコップに汲んだり、お箸を配ったりと、私は久々のパシリとなった。それはそれで新鮮な気分だった。

「やあ、今回若い人が来てくれて……」なんて喜ばれたのである。

若い人……。

そんなことを言われたのは何年ぶりだろう。

「いや、もう還暦過ぎましたので」と言うと、

「還暦? 還暦なんてまだまだ」

ああ、なんだろう、この感じ。部活を思い出す。新入部員として部活に初めて参加したときの、期待と緊張に満ちたあの感触。

そうか、自分は新人なのだ。新人であり、後輩であり、若輩者であって、まだまだこれからなのだ。

若い人たちの中に交じることで若々しさを取り戻せたら、という期待は裏切られたものの、逆に若者扱いされたことで、なんだかほっとした。

もうこの先の人生、一寸先は闇ぐらいに思っていたけど、そうでもないのかもしれない。

かと思えば、運転免許を返納したとか、この間まで来ていた○○さんは入院した、先は長くない、みたいな話題が出てきて重たくなったりもしたが、それでも今までの自分ひとりで老いていくような孤独感が薄らいだのは事実だった。

このアクリル画教室で自分は活性化するだろうか。わからない。全然活性化しない気もするが、教室はともかく絵が描けるようになれば、何か新しいこともできるかもしれない。

そんなことを思いつつ、とりあえず通ってみることにしたのである。

(連載は「小説幻冬」でも掲載中です。次号もお楽しみに!)

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衰えません、死ぬまでは。

旅好きで世界中、日本中をてくてく歩いてきた還暦前の中年(もと陸上部!)が、老いを感じ、なんだか悶々。まじめに老化と向き合おうと一念発起。……したものの、自分でやろうと決めた筋トレも、始めてみれば愚痴ばかり。
怠け者作家が、老化にささやかな反抗を続ける日々を綴るエッセイ。

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宮田珠己

旅と石ころと変な生きものを愛し、いかに仕事をサボって楽しく過ごすかを追究している作家兼エッセイスト。その作風は、読めば仕事のやる気がゼロになると、働きたくない人たちの間で高く評価されている。著書は『ときどき意味もなくずんずん歩く』『ニッポン47都道府県 正直観光案内』『いい感じの石ころを拾いに』『四次元温泉日記』『だいたい四国八十八ヶ所』『のぞく図鑑 穴 気になるコレクション』『明日ロト7が私を救う』『路上のセンス・オブ・ワンダーと遥かなるそこらへんの旅』など、ユルくて変な本ばかり多数。東洋奇譚をもとにした初の小説『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』で、新境地を開いた。

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