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 生来の貧乏性なので、基本的には宿代にはお金をかけたくない。
 仮に17時頃チェックインするとして、チェックアウトまで20時間足らず。外で食事を楽しんだらベッドにつくのは23時過ぎで、正味の滞在は12時間ほどだと思うと、大枚を払うのが惜しくなってしまうのだ。その費用は、食事や土産など他のものに使いたい。

 ただし例外はあって、都内近郊の場合は、宿が少々高くても財布の紐が緩む。ふだん泊まれない星のついたような上等なホテルも、交通費が浮くからいいという気持ちになる。そのうえ移動時間がない分、滞在時間も長いしお得よねと、ちまちました発想で納得する。
 おとなのこたびなどと言っておいて、学生時代の貧乏旅行癖が抜けきれず、つねに損得センサーが過敏なのである。

 しかし、だからといって味気ないロールパンとゆで卵とコーヒーマシンしかないようなビジネスホテルは、なにがなんでも避けるというのがおとなの意地のはりどころだ。
 私が快適でお手頃な値の宿を探すときの条件をまとめると、次のようになる。

 日程は祝前日でなく、レートが最安値の平日に。そのために仕事を休まなければならないとしても、私は安いほうがいい。快適な旅ができれば、英気を養える。旅後の仕事の効率も上がると自分に言い聞かせている。

 何度か書いてきた朝食の充実は、はずせぬポイントだ。地元の食材を使ったり、伝統料理を大事にしたりしているところは間違いがない。あるいは、ライブキッチンがあるホテル。朝食会場で、一(いち)メニューだけでもいいからその場で火を入れて調理をしてくれるところがベターだ。
 どんなメニューか細かく調べなくても、朝食に力を入れているかどうかは、宿名のみを打ち込んだ状態で、検索すればだいたいわかる。
 朝食メニューの別カット写真がたくさん最初にでてきたら、候補に加えておきたい。逆に、部屋やいい感じの風景写真が先に来て、食事は朝食会場の引いた写真のみだったら、それほど食事に力点をおいていないと、とらえていい。食事の写真がたくさん出てくるのは、行った人が自分のブログやSNSに上げているからだ。宿の口コミは、あてになる。

 ちなみに、ビジネスホテルでも、最近は朝食に凝っているところが増えている。自宅を夫の映画の仕事で二日間明け渡さねばならなかったとき、世田谷区三軒茶屋のビジネスホテルに泊まった。よくあるチェーン系だったが、朝食にサラダバイキングがついており、野菜の種類が豊富でとても新鮮だった。それだけで、ああホテルに居るんだなあと気持ちが上がった。
 バリ島の安ホテル(「節約旅行癖のてんまつ」)では、メニューがフレッシュジュースとパンケーキしかないのだが、後者がその場で焼きたてを出すスタイルだったので飽きずに長期滞在できた。

 それから、二泊以上ならアパートメントホテルがおすすめだ。肝心な朝食は、近所の良さそうなカフェを探せばいい。
 海外では、ここぞとばかりにスーパーで生鮮食品を買い、毎朝食べるのが楽しみだった。せっかくスーパーマーケットに行っても旅行者は、生物を買えないのがもどかしいものだが、アパートメントホテルならそれがかなう。朝、フルーツを切ったり、パンを焼いたり。かんたんな料理でも地元で暮らしている気分を味わえる。

 パリに行った際、宿泊しているアパートメントホテルの前に週末はマルシェが出た。チーズやパンやスイーツやシャルキュトリーの露店が延々と続く。グラム数も何もまるでわからなかったが、身振り手振りで買い物を堪能した。バケット、チーズ、ハム、きのことラズベリー。切るか、ちょっと炒めて塩をふる程度。簡単な料理ともいえないものなのに、自炊の朝食はとびきりおいしかった。
 宿泊費は、普通のホテルよりずっと安い。エアビー(Airbnb)でもよいのだろうが、たまたま都内で何度か失敗したことがあり──写真より狭い、前の宿泊者が散らかしたままだったなど──トラウマになっているため、私はもっぱらアパートメントホテルを探す。エアビーの私の体験は、めったにない事例に違いないが。

 宿の立地についても、勘所がある。
 私はもっぱら駅から遠めのところも好んで選ぶ。肌感覚だと、駅近で1万5千円のホテルと同じグレードが、タクシーやバスでちょっと、あるいは徒歩17分のような立地になると、1万1~2千円ぐらいで泊まれるイメージがある。

 遠くてもホテルであれば、なんらかの交通手段は提案されているので困ることはない。陸の孤島など、そうそうない。タクシーなり公共バスなり送迎バスなり、駅からもうひとつ交通手段が追加されることを厭わなければ、質の高いホテルに割安に泊まれる。

 先日も、長野県の上田を友達と旅した。ホテルまで駅からタクシーで2メーターほどだった。
 地図で見ると、ずいぶん中心地から離れていて不便に見える。けれども、その晩、少し散策してから途中でタクシーを拾って街場まで食事に行こうと思っているうちに、市街地に着いてしまった。
 同行の友達と「こんなに近かったっけ」と首をひねる。
 よくよく考えると合点がいった。
 Googleマップで宿を検索すると、駅に近い場所ほどホテルマークが密集する。少しでも離れていると、ぽつんと見える。ひどく辺鄙で、きっと人気のない場所なのだなと思ってしまう。
 実際は、たいして離れてはいないのだ。ポインターの密集具合が錯覚を起こすだけなのである。
 さあタクシーで2メーター分を歩きましょう、となったら腰が引けるかもしれないけれど、旅先の散策はきょろきょろと、目も好奇心も忙しい。きっと思ったよりずっと早く着くはず。

 上田旅は、翌日もタクシーを使わなかった。フロントの人に「昨夜は街まで歩いていきました」と言ったら、「ええっ」とたいそう驚かれたが、絶対にそれほどの距離はない。地方の人のほうが車社会で、歩き慣れていないのではと思った。

 さて最後に、お金まわりの生々しいお話を。
 昨今はキャッスレス決済でポイントを貯める「ポイ活」が盛んだ。私はそれらで勧められるいっさいに目もくれず、マイルが貯まるポイ活に全振りしている。海外の航空会社と提携しているクレジットカードで、「マイルアップメンバーズ」というオプションで年会費を増額すると、買い物千円につき15マイル貯まる。
 QRコード決済サービスも、そのカードを引き落とし元にする。電子マネーのほうのポイントは貯まらないが、こまごました生活費から旅の資金が貯まっていく。

 最近、メンバーズのマイルに年間の上限ができたり(達したら千円につき5マイルが付与)、公共料金は対象から外れたり規約の変更はあるものの、小さな買い物でも自動的に旅の資金が増えていくというシステムは、自分にはわかりやすい。
 マイルによる予約もネット上で瞬時にできる。
 これで何度国内外の旅行をしてきたことか。

 コロナ以降、マイルが予約しにくくなってきた感は否めないが、昨年も45日前の予約で、なんとか夫婦でベトナムに行けた。渡航によく使う家人は、3か月前に希望の日時でとれている。いずれも祝土日を外しているからであろう。

 なんだか夢のない話になってしまったけれど、旅とお金は切り離せないもの。夢と現実のはざまをうまく縫い、納得の予約できたらそこからもう旅の醍醐味は始まっている。

パリのアパートメントホテル。自炊というほどでもない、焼いただけ切っただけの朝食

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ある日、逗子へアジフライを食べに ~おとなのこたび~

早朝の喫茶店や、思い立って日帰りで出かけた海のまち、器を求めて少し遠くまで足を延ばした日曜日。「いつも」のちょっと外に出かけることは、人生を豊かにしてくれる。そんな記憶を綴った珠玉の旅エッセイ。

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大平一枝

文筆家。長野県生まれ。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に「東京の台所」シリーズや『人生フルーツサンド』『こんなふうに、暮らしと人を書いてきた』『そこに定食屋があるかぎり』など。「東京の台所2」(朝日新聞デジタル&w)、「自分の味の見つけかた」(ウェブ平凡)、「遠回りの読書」(サンデー毎日)など各種媒体での連載多数。

HP:https://kurashi-no-gara.com/

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