
第1回から人気ランキング1位を獲得するなど、すでに大きな話題を呼んでいる妹尾ユウカさんの連載『マテリアルガールは休暇中』。
第2回となる今回は、ストレートな歌詞と力強い歌声で多くの人を魅了する竹原ピストルさんのライブに足を運んだ際のエピソードを綴ってくださいました。
ちょっと笑えて、ちょっと切ない——妹尾ユウカさんのエッセイを、どうぞお楽しみください。
* * *
友達と二人で行く予定で取った、竹原ピストルのライブチケット。このチケットを持っていることで、私の4月30日は“最高の日”になることが確約されたも同然だった。
ところが直前になって、友達のスケジュールに「撮影」が割り込んできて、チケットは一枚余ってしまった。
さて、誰を誘おうか。このライブには「行ってもいいよ」ではなく、「その日、空いててよかった」と思ってくれる人と行きたい。
そんな思いでインスタのフォロー欄を眺めてみたが、適任者は一人も見つからず。
そこで、頭の中の知り合いリストに、「親しいおじさん」と検索をかけた。
出版、エンタメ、映像、格闘技。これまで知り合ったいろんな業界のおじさんの顔が浮かんだが、どのおじさんもしっくりこない。
それもそのはず。東京都心に邸宅を構え、私と知り合うような生活を送るおじさんが、竹原ピストルを聴いているはずがない。
昨年のパーカー騒動では、自分のファッションにまんまと自信を失い、それでも結局、権威をチラ見せしつつ腹は隠せるロゴドンのパーカーを手放せなかったような連中に、あの声が届くわけがない。
もっとこう、アナログを越えて、原始的で無骨なおじさんはいないのか。
おじさんくさいおじさんの深刻な供給不足。今や都会では、米よりも見かけない存在となってしまった。
もしかしたら彼らも、備蓄米のようにどこかの倉庫に隠され、管理されていたりするのだろうか。
くだらないことを考えていると、脳内検索に一人のおじさんがヒットした。
キングオブおじさんこと、私の実の父である。
なぜ真っ先に思いつかなかったのだろうか。
立派な元アル中で、坊主頭にタオルを巻き、母方の家族から「アイツ」の愛称で親しまれているあのおじさん。
アイツこそ、今まさに私が求めていた理想のおじさんそのものである。すぐさまLINEを送ることにした。
「竹原ピストル好き? 見た目で判断してごめん」
「好き」
「4/30 19:00~渋谷でライブがあるんだけど、よかったら一緒にいかない?」
「東京は怖い。若人じゃないしな笑」
「そうかそうか。またお誘いさせて」
「ありがとう。行きたい気持ちはすごくあるんだけど、毎日オジサン疲れとる」
あろうことか、おじさんすぎて断られた。
ちなみにアイツは青春時代を神奈川県で過ごした50代なのだが、この世代の神奈川県の元不良からすると、「渋谷は背後から刃物で刺される街」という認識があるらしい。
そんな昭和仕込みの偏見はさておき、思えばこれが、人生初の“娘から父へのお誘い”だった。
1歳で両親が離婚して以降、この27年間、私が父と二人きりで出かけたことは一度もない。それなのに、なんの情緒もなく、あっけなく断られてしまった。
そりゃ「アイツ」と呼ばれるわけである。本物のおじさんの洗礼を受けた。
そうこうしているうちに、ライブ2日前を迎えてしまった。
空席を作ることだけは絶対に避けたいが、相変わらずおじさんリストは枯渇したままだ。
今すぐマッチングアプリに登録して、好みの年代を40代~50代に設定し、おじさんたちにLIKEを送りまくろうかとも考えたが、結局、大人しくチケット転売サイトに登録することにした。
値段は定価の千円引き。1枚では売れない可能性があるので、2枚まとめて出品した。
「大阪公演に足を運べばいい。ついでに万博も寄れるしな」と自分をなだめたが、それでも「バラ売り可能」の項目には力強くチェックを入れた。
最後に、出品理由を書かなくては。私が最安値で出品していたが、ここで選ばれるためにはそれだけでは足りない。
竹原ピストルのファンはおじさんが多い。ライブハウスに行くと、いつも致死量のおじさんが仁王立ちしている。
あの漢たちに「友達が行けなくなって」なんてぬるい理由では刺さらない。
そこで私は、お父さん世代の気に留まるようにと、「父と行く予定でしたが、急遽、一緒に行くことができなくなってしまったため」と書いた。ちょっと嘘でちょっと本当である。
ライブ当日の昼にして、ようやくチケットが売れた。2枚まとめて売れてしまった。土壇場で買ってくれたのは、タバタさんというおじさんだった。
なぜおじさんだと分かったのかというと、以下、チケットサイトに送られてきた、タバタさんからの初メッセージ全文である。
「はじめまして、チケットありがとうございます。12年振りのLIVEになります! お父さんとの大事なライブを代わりに、大切にしながら。本日、行かせていただきます。」
文体にしっかりと「おじさん」が佇んでいた。
何はともあれ、こうして“父と行く予定でしたが作戦”は成功を収め、あとは電子チケットを送るだけとなった。
私はタバタさんに連絡先を聞き、すぐにチケットを送った。
しかし、1時間経っても受け取り完了の通知がこない。再び、タバタさんからメッセージが届いた。以下、全文である。
「残念ながら、私はアナログな者で、雲行き怪しくなって来ましたが、これも楽しみながら踏ん張ります。せっかくのお父さんとの楽しみにされていたライブを行けなかった事にしないように。頑張って見ます。あらゆる手を振り絞って。がんばります。」
健気なタバタさん。言葉の端々から、人柄の良さが滲み出ている。
ついに、開演20分前となった。どうやらタバタさんはアルファベットが書かれた画像認証で、延々と苦戦しているらしい。
「お父さんと行く予定だったチケットなのに、こんなんで申し訳ない」アナログな自分を責めながら、ABCと戦っていた。
「お父さんと~」と繰り返されるお詫びに、最初は「優しい人だな」程度に思っていたが、タバタさんの人柄の良さから見て、なにか勘違いしているような気がしてならない。
もしかしたら、タバタさんは私の父がライブ直前に亡くなったと思っているのではないだろうか。
桜と共に儚く散った、親子の約束のチケット。
そう思っている可能性が、かなり高い。
実際は「渋谷は背後から刺されるから」というナオキマンもまだ知らない都市伝説を理由に断られただけなのに。罪悪感が湧いてきた。
開演5分が過ぎて、チケット転売サイトからタバタさんが取引完了を押したという通知が届いた。
あんなにも手こずっていたのに、本当に入れたのだろうか。
一応、「無事に入れましたか?」とメッセージを送ってみた。
すると、「今、入り口でスタッフに聞いたところ、ダメでした! 諦めますかね。本当に申し訳ない」と返答があった。私はすぐさま電話をかけたが、タバタさんは出なかった。計3回かけたのだが、メッセージには返信があるのに電話には一度も出なかった。
用心深いタバタさん。「今、お電話させていただいたのですが」とメッセージを送ったところ、ようやく折り返しの電話をもらえた。
「初めまして、妹尾です。今まだライブ会場付近にいますか?」
「初めまして。ご迷惑をおかけしてすいません、アナログなもので。チケットの受け取りとか、そういうの分かんなくて、入り口のスタッフの人に転売でチケット買ったって話をしたら、そのチケットでは入れないって言われて。チケットもどこに表示されるのかよく分からなくて」
タバタさんの愛しき情弱具合に、驚くのはまだ早い。
「チケットを送ったアプリの画面は開けますか?」
「いや、そのアプリっていうのもガラケーだと見れないって聞いて」
「ん? ガラケーなんですか?」
「ガラケーなんですよ。だからそのアプリっていうのは、そもそも取れないですよね? いやー、申し訳ない」
冒頭で、確かに私は言いました。「もっとこう、アナログを越えて、原始的で無骨なおじさんはいないのか」と。
とはいえ、神様。まさかここまでオーダーに忠実なおじさんを送ってこられるとは。
「私、今から会場に行きますね。私のスマホを持って入っていいので、ライブが終わったら返してください」
「え? それはどういうことですか? 遠くから来ていただくことになりますよね? 申し訳ないからいいですよ」
「いえ、そんなに遠くはないので待っていてください! また連絡します」
「でも、入り口のスタッフの方とかに顔が割れてしまったと思うのですが……」
いいから待ってろ、ジジイ。
会ったこともないおじさんにスマホを預ける約束をするなんて、正気の沙汰ではないが、こんなに愛らしいおじさんを見捨てるわけにはいかなかった。
「20分足らずで着くと思うので、会場前で待っていてください。お友達はご一緒ですか?」
「いないです」
おそらく、タバタさんはバラ売りで買う方法が分からず、チケットを2枚購入したのだろう。わざわざ理由を聞かずとも、それは容易に想像がついた。
「そしたら、私も入ります。お金渡しますね」
「いや! 大丈夫ですよ! 会場前で待ってます」
私は、好きな男を見送るために空港へ向かうかのような面持ちで、颯爽とタクシーへと乗り込んだ。
開演から40分が過ぎて、会場前に到着した。
「会場前にいてください」と言ったのに、タバタさんは対向車線側にあるスタバ前のベンチから、ひょっこりと姿を現した。
40代半ばくらいだろうか。テンパかパーマか、一番聞きづらい髪型をしていて、袖に和柄があしらわれたデニムのジャケットを着ていた。想像していたおじさんよりも、かなりヘンテコなおじさんだった。
駆け足で会場に入ると、すぐに『オールドルーキー』という曲が聞こえてきた。二人で階段を登りながら、「なんだか不思議な出会いですね」と声をかけると、「しかも、オールドルーキーだ」とイマイチ噛み合わない返しをされた。
曲やMCの終わりになると、タバタさんはみんなよりも1テンポ早く拍手を始め、終わりも1テンポ長く拍手をしていた。その気持ちはよく分かるライブだった。
会場を出ると、タバタさんの方から「わざわざ来ていただいて申し訳ない。おかげでいいライブが観られました」とお礼を言われた。私の分のチケット代は、最後までかたくなに受け取ってもらえなかった。
こんなアナログで善良なおじさんは、普段どこに生息しているのだろうか。やはりJAの政府寄託倉庫か? 聞きたいことは山ほどあったが、別れ際に「お住まいはどのあたりなんですか?」とだけ聞いてみた。
「僕は渋谷です」
ガラケーで電子チケットひとつ扱えないのに? 益々、生態が気になってしまった。
解散後、そんなタバタさんからメッセージが送られてきた。
「ありがとうございました。おかげさまで素晴らしい時を体感させて頂きました。
偶々、休みの中、Liveある事を知り。
お父様との想いあるチケットを感じて、買わせて頂きました。名曲と新曲を上手く抱き合わせ。古いお客様が飽きない様な構成も良かったです。随所に好きな曲を聴けて良かったです。
(クソ長いので省略)
チケットのやり取りから諸々。
結局、私の為にLiveに付き合わせる羽目になり。申し訳なかったです。その心遣いには心から感謝しております。
変わらずに貫き、歌い続けている。ピストルさんの姿勢に感激しました!
(※私は竹原ピストルではありません。それと、クソ長いのでまたまた省略)
またどこかでお会いできる機会があれば光栄です。長文にて、失礼致しました。」
興奮のあまり、ところどころで私を竹原ピストルだと勘違いしているかのようなメッセージだった。
タバタさん。あなたがいつかスマホに買い換え、もしもこのコラムを目にする日が来たら、2つだけ知ってほしいことがあります。
まずは、あなたとライブを観ることができて、私の4月30日はやっぱり最高の日になったということ。
そして、私の父は今も健在で、娘からの初めての誘いを平気で断れるくらいには、神奈川県で元気に暮らしているということを。
竹原ピストルさん、タバタさん。
素敵な思い出をありがとう。
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マテリアルガールは休暇中

コラムニストとして20代女性を中心に圧倒的な支持を集める妹尾ユウカさん。『マテリアルガールは休暇中』は、お金や物質的な豊かさを追い求め、“理想の自分”や“社会的な成功”を手に入れることに価値を置いてきた“マテリアルガール”が、立ち止まり、そのレールの先にあるものを見つめ直す連載です。
「本当に欲しいものって、なんだったっけ?」
そんな問いに、時に笑いながら、時に真顔で向き合っていく毎日は、意外と悪くない。
鋭くも不思議と腑に落ちる妹尾ユウカの言葉の数々に、あなたもきっと頷かされるはずです。