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 執筆のためにホテルに缶詰、には憧れの響きがあるが、今もそうされている作家はどれだけいるのだろうか。文豪が出版社の経費持ちで、山の上ホテルにこもりきりで書いたという話を昭和、平成のころにはたまに耳にした。かのホテルも現在は休館中だ。いずれせよ、あまりに縁遠い世界なのでわからない。

 ただ、こんな私も自腹で都内のホテルを借りて書くことはごくたまにある。

 いっこうに終わらない原稿を、数年前から書いている。依頼されたものではないので、きりなくだらだらと続けている。
 なぜそんなもののためにホテルを借りるかと言うと、締切がないからだ。依頼仕事にとりくんでいると、いつまで経っても、その原稿に割ける時間がおとずれない。しかたがないので体を空けて、あらかじめ宿を押さえてしまう。その日がきたら書くしかないしくみを強制的に作っている。

 年に一度、稀に二度。だいたい三泊。入院の予定がとんだのを機にベトナムでワーケーションしたときだけ九日間使えた。

 三泊四日など、「こもった」というのもおこまがしい短さだが、朝から寝る際の際まで家事や宅配便や打ち合わせや取材の一切合切をうっちゃり、書くことだけに費やす。あれは私にとって、間違いなく非日常の小旅(こたび)である。

 なじみのない街で、ホテルから一歩も出ず、ただ書くだけの人になる。誰も知らない。部屋にスマホを置いてラウンジで書くので、三日間だけ情報の外に投げ出される。今という時代だからこその感覚であろう、それだけで宇宙空間にひとり浮いているようなちょっと不思議な気分になる。

 執筆でなくても、これからの人生をひとりで考える、集中して考えをまとめる、自分に課したひとつの机上のミッションに打ち込むのに、ホテル旅は全力でお勧めだ。

 いまだ仕上がらない原稿のことはさておき、今回はそんな、書くだけの小旅を。

 基本的には、電車で1時間もあればいける距離のホテルにパソコンと充電器、資料本、簡単な着替えだけをつめたスーツケース──外に出ないので化粧道具さえ持たない──で行く。

 この旅の満足度を左右するのは、ホテルのラウンジにかかっている。

必須の6条件

 観光ではない、ひたすら執筆のし心地が良いホテルの絶対条件は六つある。

 まず、仕事OKのラウンジがあること。元来怠け者の私は、図書館やカフェのように人目がある方が集中できる。部屋では書かない。それだと自宅と同じでホテルを借りる意味がない。

 第二に、そこで一日書いていても嫌な顔をされないこと。つまり一般的な、ロビー近くにある不特定多数の人が利用するホテルラウンジは難しい。多くの場合、宿泊者専用フロア(別名クラブフロア)に、ワークスペースとしての使用が許されたラウンジがある。

 次に、個別使用OKのコンセントがあること。いまどき、Wi-Fiはどのホテルにもあるが、コンセントの口数(くちすう)不足を感じるところは少なくない。たとえばコロナ禍のテレワーク対応で、急場しのぎに場所だけ空けてワークスペースを無理にあつらえたようなビジネスホテルがそれだ。パソコンの電源は執筆とセットなのである。いや執筆に限らず、ホテルで仕事をしたい人はどんな職種でもそうだろう。

 さらに、ケチな私に欠かせないのが、一日書いているのでコーヒーやドリンクが飲み放題、連泊するので財布に厳しすぎない適度な宿代であること。

 最後にもっとも重要な条件が、 “朝食のおいしさ”。これが満たされないと、小旅と言えない。せっかくのホテルが単なる作業場、仕事場になってしまう。

 執筆は動かないので、夜に食べすぎると太るうえ、翌日胃腸が重く、仕事がはかどらない。でもせっかくのホテルライフは、食も堪能したい。というわけで、食べる唯一の楽しみが朝食になるのだ。

 部屋はどんなに簡素でも景色が悪くても構わないが、朝食だけは充実していてほしい。温かいもの、冷たいものがそれぞれ適した温度で提供され、連泊するので、できればメニューが豊富で毎日選べるとありがたい。

 そんなホテルをどのように選ぶかというと、前述のように「宿泊者専用ラウンジ付き」または「クラブフロア」という条件で、予約アプリを検索する。目星をつけたら、コンセントや、ドリンク飲み放題、一日仕事をしてもいいかを直接ホテルに電話をして聞く。「ドリンク飲み放題」と書いていながらじつは平日だけ、あるいは15時~17時半限定ということもあるからだ。

 7年愛用しているアプリは、宿泊者専用ラウンジ付きホテルが多数掲載されている「OZmall」である。ポイント付与と、女子旅、女ひとりのご褒美旅、エステ付きシティホテルなど、女性のニーズに即したプランが豊富なのが魅力だ。

 クラブフロアがあるホテルは高めなので、アプリ専用の特別価格を狙う。東京の千葉寄り、神奈川まで範囲を広げると、連泊の場合、上質なホテルがお手頃価格で見つかりやすい。駅から遠いところも掘り出し物のプランがある。

忘れられないホテル

 印象深い最高のラウンジは、六年前に泊まった芝パークホテルである。
 宿泊者専用のクラブフロアに、広く落ち着いたそれがあった。
 ソファやカウチは1脚ずつデザインが異なり、好きなところでくつろげる。中央に大きなテーブルがあり、仕事をする外国人にまぎれて集中した。テラス席も静かで、昼下がりは移動してここで書いた。

 本棚に、ふかふかの絨毯。隅のドリンクコーナーでは、コーヒーやお茶がセルフで無料。ワイン、ビールは有料で、私は夕方にビールを一杯飲んで、一人掛けソファでくつろいでから、夜までもうひと頑張りした。 

 忘れられないのは朝食で、当時は伝統野菜をメインにしたバイキングスタイルだった。みずみずしい紅芯大根のサラダや沖縄のハンダマという島野菜のおひたしにひどく感激した。東京で、朝からこれを好きなだけ食べられるなんて! と。

 調べてみると現在は大きなリニューアルを経て、朝食はスタンダードなセミビュッフェスタイルに。変わらず朝食に力を入れているようで、「朝活」と称して朝食だけを楽しむ宿泊外の利用客もいるらしい。おまけに壁一面本棚の1500冊を要するライブラリーラウンジまで誕生していた。

 隠れ家のようなライブラリーホテル、という文字が踊る。そう、私がひとりで三泊したときも、この言葉がぴったりくる。だれかの広いお屋敷の大きな書斎で、パソコンを広げさせてもらっているような……。

 ちなみにそのときはダイエットをしていたので、三日間を美容にも利用して、夜は隣接のコンビニでおにぎりとサラダを買い、部屋で済ませた。たらふくおいしいご飯を食べられる朝が待っているので、苦もなく一日二食で1.5キロ落とせた。観光を楽しむ旅だとディナーはメインイベントなので、こうはいかない。

 ふだんの旅行は毎回肥えて帰ってくる。そういう意味でもほんの少し体が軽くなる、美容と仕事を充実させる大人ひとりの小旅は有意義だ。

 宿泊費は、アプリのキャンペーンで、平日限定・あまり日当たりのよろしくない一階のため、破格の割引率だった。

 都内の、クラブフロアのあるゴージャスなホテルだけではない。執筆に没頭できるラウンジ旅は、昨年、地方の古く小さな旅館でも堪能できた。

 友人の見舞いついでに、思い立って延泊。旅館の情報を見るとロビー脇に小さく「ラウンジ」とある。
 電話をして、「パソコンで仕事をしたいのですが、利用できますか」と尋ねると、「他のお客様がチェックインやチェックアウトで出入りしたり、喫茶室としても使うので、それでもよろしければ。最近は仕事をしたいとおっしゃる方がたまにいらっしゃいますのでご利用いただいています」。

 パソコン電源のために、わざわざ延長コードを持ってきてくれ、照明器具のコンセントから引っ張ってくれた。二泊して、コーヒーを飲む客は二組だけだった。ロビーの人目がいい塩梅に刺激になり、怠けることなく集中できた。

 “ひとりであること”に集中する。外に行かない。知らない街で、内側にこもる。そんな小旅があってもいい。

ベトナム・ハノイでのワーケーション風景。観光地で仕事は、切なくなるのでおすすめしません
延長コードを貸してくれた地方の旅館。紅葉をながめながら
最高の小旅になった

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ある日、逗子へアジフライを食べに ~おとなのこたび~

早朝の喫茶店や、思い立って日帰りで出かけた海のまち、器を求めて少し遠くまで足を延ばした日曜日。「いつも」のちょっと外に出かけることは、人生を豊かにしてくれる。そんな記憶を綴った珠玉の旅エッセイ。

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大平一枝

文筆家。長野県生まれ。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に「東京の台所」シリーズや『人生フルーツサンド』『こんなふうに、暮らしと人を書いてきた』『そこに定食屋があるかぎり』など。「東京の台所2」(朝日新聞デジタル&w)、「自分の味の見つけかた」(ウェブ平凡)、「遠回りの読書」(サンデー毎日)など各種媒体での連載多数。

HP:https://kurashi-no-gara.com/

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