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プーチンの戦争

2023.07.08 公開 ツイート

もし安倍元総理がロシア語を話せていたら、プーチンの暴挙を止めることができたのか 中川浩一

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まって、まもなく1年半がたちます。いまだに終わりの見えない戦争の現状とこれからの展開、そして日本が向き合わざるをえないシビアな現実とは……。安倍晋三元総理の通訳をつとめた元外務省交渉官・中川浩一さんによる注目の新刊『プーチンの戦争』から内容の一部をご紹介します。

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安倍元総理ならプーチンを止められた?

長期化するウクライナ戦争において、プーチン大統領の首に鈴を付け、戦争中止を呼びかけることのできる人物がいるとしたら、それは大国意識丸出しのアメリカのバイデン大統領でも、中国の習近平国家主席でもなく、プーチン氏と昵懇だった安倍晋三元総理と、ドイツのアンゲラ・メルケル前首相だけで、その安倍氏が暗殺された今、最後の希望をメルケル氏に託したいと思います。

(写真:iStock.com/Oleksii Liskonih)

安倍氏は総理時代、日露平和条約の締結を悲願として通算27回首脳会談を行い、11回訪露するなど、プーチン氏との交渉を続けました。

2016年12月には、プーチン氏を地元の山口県に招くなど、頻繁に首脳会談を重ねてきた安倍氏ですが、それほど交流があったにもかかわらず、ウクライナへの侵攻をやめるようにプーチン氏に直言しなかったのはなぜだったのでしょうか?

国内外においても、安倍氏に期待する声は少なくなかったと私の耳にも伝わっていました。

 

亡くなる1カ月半前、2022年5月26日の英誌『エコノミスト』のインタビューで安倍氏が語っていた言葉です。

ウクライナの侵攻前なら、戦争を回避することは可能だったかもしれない。ウクライナのゼレンスキー大統領に、NATOに加盟しないと約束させるか、東部の2つの飛び地(ウクライナ東部のドネツク州とルガンスク州)に高度な自治権を認めさせれば、戦争を回避できたかもしれない。難しいが、アメリカの指導者ならできたでしょう。しかし、ゼレンスキー氏は拒否しただろう」

現在4期目で2024年3月に任期満了を迎えるプーチン氏は、その後も最大2期12年、2036年、84歳まで大統領職に留まり続けることが可能です。

安倍氏は、先のインタビューで、プーチン氏を「権力を信じると同時に現実主義者でもある」と分析しています。

ウクライナに寄り添い、ロシアの侵攻に徹底的に反対するしか日本が選択する道はない。それが、第2次世界大戦後につくられた国際秩序を守る道だと思います」

 

また、2022年4月、安倍氏は、福島県郡山市の講演でも、侵攻に踏み切ったプーチン氏について語っています。

「プーチン氏は自分の力を過信した結果、こういうことになった。ウクライナの『祖国を守る』という決意の強さを見誤った。今からでも、何とか停戦を実現させ、ロシア軍をウクライナの地から撤退させなければならない

侵攻後も折にふれて、バイデン大統領は間接的に戦争を止めるようにプーチン大統領に呼びかけてきましたが、戦争を止めることはできないままでいます。

大国のリーダーができなくても安倍氏ならもしかしてプーチン氏を止められるのでは、と誰もが一度は思い描いたのではないでしょうか。

言語には「心の扉」を開ける力がある

安倍氏に近い人物は安倍氏が暗殺される1カ月前の2022年6月、雑誌のインタビューで、次のように語っています。

「やはり今、現役の総理でないことが大きいと思います。もし、現役で、コロナ禍でないという条件つきなら、(安倍氏は)トランプに先制攻撃したように、プーチンに対しても黙ってはいないでしょう」

(写真:iStock.com/MangoStar_Studio)

確かに、安倍氏は、現役の総理であったらモスクワに飛ぶなりして、何らかのアクションを起こしていたでしょう。

しかし、安倍氏とプーチン氏は、驚くほどの回数、会談を積み上げてきていますが、本当の意味での個人的な信頼と意思疎通はできていなかったのではないでしょうか。

そこには、言語の壁が、立ちはだかっているからです。

 

プーチン氏の歴史的な暴挙を止められるのは、「ロシア語ができる安倍総理」のような人物ではないかと、私は思います。

安倍氏が本当に、ロシアと平和条約を締結し、北方領土を奪還したいと考えたなら、また、ウクライナ侵攻を止めたいと願っていたなら、日常会話程度でもいいから、プーチン氏の母国語のロシア語を学ぶべきでした。

それを実行していたら、より関係は親密になり、ロシア国民にもアピールして、北方領土問題も前進していたかもしれません。またウクライナ情勢についても、プーチン氏に適切な助言をして、ウクライナ戦争を止めることができたかもしれません。

これは、安倍氏はじめ日本の首脳や、中東の首脳らのアラビア語の同時通訳を務め、現在も言語を武器に世界で仕事をしている私の実感です。「心の扉」を開ける魔力が言語にはあるのです。

関連書籍

中川浩一『プーチンの戦争』

日米同盟があるので大丈夫……などと思っていませんか。 その理屈が通らないのは、ウクライナを見ると明らかです。 私たち一人一人が、その現実に目を背けず、向き合うことでしか、この危機を乗り越える道はありません。

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プーチンの戦争

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まって、まもなく1年半がたちます。いまだに終わりの見えない戦争の現状とこれからの展開、そして日本が向き合わざるをえないシビアな現実とは……。安倍晋三元総理の通訳をつとめた元外務省交渉官・中川浩一さんによる注目の新刊『プーチンの戦争』から内容の一部をご紹介します。

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中川浩一

1969年、京都府生まれ。慶應義塾大学卒業後、1994年外務省入省。1995年~1998年、エジプトでアラビア語研修。1998年~2001年、在イスラエル日本大使館、対パレスチナ日本政府代表事務所(ガザ)、アラファトPLO議長の通訳を務める。2001年~2004年、条約局国際協定課、2004年~2008年、中東アフリカ局中東第2課、在イラク日本大使館、2001年~2008年、天皇陛下、総理大臣のアラビア語通訳官(小泉総理、安倍総理〈第1次〉)。2008年~2011年、在アメリカ合衆国日本大使館、2012年~2015年、在エジプト日本大使館、総合外交政策局政策企画室首席事務官、大臣官房報道課首席事務官、地球規模課題審議官組織地球規模課題分野別交渉官を経て2020年7月、外務省退職。2020年8月から国内シンクタンク主席研究員、ビジネスコンサルタント。著書に『総理通訳の外国語勉強法』(講談社)。

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