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プーチンの戦争

2023.07.16 公開 ポスト

プーチンの生命線を握る、サウジアラビア・ムハンマド皇太子。岸田総理の中東訪問の成果は?中川浩一

先の11日〜14日の欧州歴訪で、岸田首相はNATO首脳会議に出席、ゼレンスキー大統領との懇談の中でもウクライナへの引き続きの支援を伝えるなど、安全保障面での連携を強化しました。そしてこれからの中東訪問です。この意味と重要性はどこにあるのでしょうか。現地に飛んだ元外務省交渉官・中川浩一氏の寄稿です。

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岸田総理の中東訪問

岸田文雄総理は、本日16日から19日まで、中東のサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、カタールの中東3カ国を訪問する。最初の訪問国サウジアラビアでは、首相を務めるムハンマド皇太子(サウジの若き皇太子、37歳)と首脳会談を実施。80超に上る両国の官民の協力プロジェクトの実施状況を確認し、水素やアンモニアといった脱炭素エネルギー分野での協力強化を打ち出す予定だ。日本の総理大臣がサウジとUAEを訪問するのは2020年1月の安倍晋三総理大臣以来、3年半ぶり。カタールは13年8月の安倍晋三総理大臣以来10年ぶり。岸田総理大臣は、外務大臣時代も含めて、サウジアラビア、UAEはなんと初の訪問である。

プーチンとサウジアラビア・ムハンマド皇太子の緊密な関係

日本が原油輸入の実に95%以上を依存する中東諸国。しかし、ロシアのウクライナ侵略以降、中東諸国は、プーチンへの支援を加速させていて、日本を含めG7などの対ロシア経済制裁が効果が出ない原因ともなっている。

2018年11月30日、G20が開幕し談笑するサウジアラビアのムハンマド皇太子(左)とロシアのプーチン大統領(写真提供:共同通信社)

原油価格の安定は、原油の輸出を基盤の一つとするロシア経済の生命線。2023年6月7日、ロシアのプーチン大統領とサウジアラビアのムハンマド皇太子は、電話会談を行い、石油輸出国機構(OPEC)加盟国とロシアなどの非加盟国で構成する「OPECプラス」の協力関係を称賛した。その前の6月4日、OPECプラスは、原油の協調「減産」の枠組みを2024年末まで延長すると決めていた。プーチン氏とムハンマド皇太子は、石油需要と供給のバランスを保つ効果的な措置をとることができたとして、OPECプラスでの協力を評価した。

(写真:iStock.com/Leestat)

ロシア大統領府によると、両首脳は、「世界のエネルギー市場の安定確保」を巡り詳細に協議し、石油の需給バランス確保に向けタイムリーで効果的な措置を可能にするOPECプラスの枠組みでの協力を称賛したという。また、両首脳は貿易や経済連携、共同プロジェクトを一層拡大するための方策など二国間協力についても議論した。

サウジアラビアはロシアのウクライナ侵略については、中立的な立場を示しており、5月に開かれたアラブ連盟首脳会議にはウクライナのゼレンスキー大統領を招き、「ロシアとウクライナの間を仲介する」と強調していた。一方で、7月10日、ロシアと、ペルシャ湾岸6カ国で構成する湾岸協力会議(GCC)は、モスクワで第6回閣僚級会合を開催した後の声明で、「OPECプラス」の取り組みは「成功」し、世界石油市場の安定に貢献していると評価した。また、GCCは、エネルギー資源供給チェーンの発展に取り組むことでもロシアと合意したと明らかにした。このように、「プーチンの戦争」のカギを握るロシア経済の行方は、OPECプラス、GCCを主導するサウジアラビア、そして同国で実権を有するムハンマド皇太子が握っていると言えよう。

安倍中東外交を模範に

今、世界経済の、そして「プーチンの戦争」の行方のカギを握る存在であるサウジアラビアのムハンマド皇太子に対し、今回、岸田総理は、そして日本は、これからどう向き合うべきか。私は、外務省で約26年間勤務し、天皇陛下、総理や外務大臣のアラビア語の通訳として、海外に同行するだけでなく、現地の大使館でも受け入れ先の責任者としても数多くの経験を積んできた。

模範とすべきは、安倍中東外交であろう。安倍総理と言えば、トランプやプーチンとの昵懇(じっこん)な関係ばかりが報じられるが、実は安倍総理の中東外交は戦略的であった。総理として歴代最長の通算8年8カ月間務められた安倍総理は、外交も2013年の第2次政権発足以降、80の国と地域を訪問するなど、地球を約40周していたが、日本は中東から原油を95%輸入(ロシアのウクライナ侵攻で、ロシア産原油の輸入を禁止したことで、中東への依存率はさらに上昇)しているとして、安倍総理はこの事実を、中東の戦略的重要性を強く認識し、日本のエネルギーの安定確保に全身全霊で取り組まれた。

先述の、中東・ペルシア湾岸地域における地域協力機構である、湾岸協力会議(GCC)のサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、オマーン、カタール、クウェートの6カ国すべての国を訪問された。これほど、中東を重要視した日本の総理は私の知る限り、安倍総理だけである。戦後最年少で、戦後生まれとしては初めての内閣総理大臣となった安倍総理は2007年(第1次)、就任後初めて米国を訪問し、ブッシュ大統領との首脳会談を行った。そして、その足でサウジアラビア、UAE(アラブ首長国連邦)、クウェート、カタール、 エジプトの中東5カ国も訪問し、各国首脳と会談した。サウジアラビア、UAE(アラブ首長国連邦)、クウェート、カタールは、日本が原油を頼っている1位から4位の重要なエネルギー国。私は、同訪問の総理通訳に任命され、ワシントンD.C.まで行き、安倍総理に随行し、その後、中東5カ国を回った。

安倍総理は、アメリカと中東を一気に駆け巡る世界1周ツアーを行った最初で最後の総理である。中東に行く前にアメリカで大統領と会談し、そのメッセージを中東諸国に伝えるという理想の外交を展開された。当時、サウジアラビアのアブダッラー国王と会談。2007年、昭恵夫人も入ったカタールの皇太子(現首長)夫妻との私的な通訳も、私にとってもかけがえのない思い出となった。

2007年4月28日、サウジアラビアを訪問中の安倍総理(第1次)は、アブドッラー国王(当時)から勲章を授与される。右は通訳の著者。
2007年5月3日、読売新聞。安倍総理とスルタン皇太子(当時)の間の通訳をする著者。

また、2020年1月、安倍総理は、トランプ政権が、イラクでイランのイスラム革命防衛隊のソレイマニ司令官を暗殺した事件の約10日後に、サウジアラビアとUAE(アラブ首長国連邦)とオマーンに行く予定であった。当時、まだ外務省勤務の私は東京から出張し、オマーンの大使館で受け入れの責任者を務めた。同司令官の暗殺などで中東地域の緊張が高まる中で、事態のさらなるエスカレーションを避けるため、緊張緩和に向けての安倍総理の中東歴訪であった。アメリカとイランの緊張が高まっているこの時期に行くのは危ない、と官邸の補佐官たちは中東行きをやめるよう進言したが、安倍総理は強い決意で行くと決められた。結果、3カ国とも無事訪問され、特にサウジアラビアではムハンマド皇太子の別荘にまで招かれた(ARAB NEWS JAPAN)。

その後、コロナの爆発的感染、ロシアのウクライナ侵略が始まり、世界が、日本が、原油高で苦しむ中でも、湾岸産油国から日本へ安定的な供給がなされている強固な基盤を築いていただいた。この中東訪問が、安倍元総理として、またご本人として最後の外国訪問となってしまったのは本当に無念である。「中東地域は、世界有数のエネルギー供給源と物流の要衝であり、テロ・大量破壊兵器の拡散防止のための重要な地域。中東地域の平和と安定は、日本と世界の安定に直結します。中東は、日本にとって非常に重要な地域です」

安倍総理が常々、口にしていた言葉が今も私の脳裏にある。派手なパフォーマンスはないものの、手元のメモは見ず、アラブのような異国の文化、価値観を有する外国要人にも自らの言葉で説得力を持って語られる政治家であった。

今回、サウジアラビアを初訪問する岸田総理が、安倍総理のように異文化のアラブの首脳とも胸襟を開いた関係を築くことができるのか。G7、先進国重視の「お公家外交」と揶揄される岸田総理が、95%以上の原油を依存し日本国民の生活に直結する、中東の砂漠の大地で変身を遂げられることを切に期待したい。

関連書籍

中川浩一『プーチンの戦争』

日米同盟があるので大丈夫……などと思っていませんか。 その理屈が通らないのは、ウクライナを見ると明らかです。 私たち一人一人が、その現実に目を背けず、向き合うことでしか、この危機を乗り越える道はありません。

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プーチンの戦争

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まって、まもなく1年半がたちます。いまだに終わりの見えない戦争の現状とこれからの展開、そして日本が向き合わざるをえないシビアな現実とは……。安倍晋三元総理の通訳をつとめた元外務省交渉官・中川浩一さんによる注目の新刊『プーチンの戦争』から内容の一部をご紹介します。

バックナンバー

中川浩一

1969年、京都府生まれ。慶應義塾大学卒業後、1994年外務省入省。1995年~1998年、エジプトでアラビア語研修。1998年~2001年、在イスラエル日本大使館、対パレスチナ日本政府代表事務所(ガザ)、アラファトPLO議長の通訳を務める。2001年~2004年、条約局国際協定課、2004年~2008年、中東アフリカ局中東第2課、在イラク日本大使館、2001年~2008年、天皇陛下、総理大臣のアラビア語通訳官(小泉総理、安倍総理〈第1次〉)。2008年~2011年、在アメリカ合衆国日本大使館、2012年~2015年、在エジプト日本大使館、総合外交政策局政策企画室首席事務官、大臣官房報道課首席事務官、地球規模課題審議官組織地球規模課題分野別交渉官を経て2020年7月、外務省退職。2020年8月から国内シンクタンク主席研究員、ビジネスコンサルタント。著書に『総理通訳の外国語勉強法』(講談社)。

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