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帆立の詫び状

2022.08.04 更新 ツイート

ご先祖様を探して 新川帆立

先日、ソルトレークシティに旅行に行ってきた。ソルトレークシティといえば、モルモン教の街である。

ユタ州の人口のうち約七割がモルモン教徒だという。街を歩いていると、足首近くまですっぽり身体が隠れる古風なワンピースを着ている人とすれ違う。身体のラインを見せてナンボの米国社会では珍しい格好だ。モルモン教徒の女性は、教会参拝時に露出を控えることが推奨されているからだろう。

 

 

シカゴと比べると、歩くスピードもゆっくりで、話し方も穏やかだ。圧倒的に白人が多いが、思想的には比較的リベラルで、マイノリティに対して寛容な世論が主流を占めている。というのも、彼らのご先祖様は迫害から逃れてユタ州にやってきた人々であることが影響しているのかもしれない。

 

モルモン教は19世紀にニューヨークで始まった。創始者はジョセフ・スミス。キリスト教の一宗派なのだが、教義がかなり異なるため、従来のキリスト教徒からは異端扱いされる。迫害を受け、西へ西へと逃げていく中で、ジョセフ・スミスは暴徒からの襲撃を受け、命を落とす。ジョセフの遺志を継いだのが、ブリガム・ヤングという男だ。ヤングは教徒たちを率いてユタに入植し、ソルトレークシティを作った。教会の指導者であるとともに、ユタ準州知事を務め、政治的リーダーでもあった。ヤングとその複数の妻が暮らした邸宅は今でもソルトレークシティの中心地に残り、観光名所となっている。

↑モルモン教の教会。非教徒でも見学できる。

街中にはブリガム・ヤングの銅像や、過去の司教の銅像が見られる。街の歴史と宗教の歴史がほぼ一体となっているので、ブリガム・ヤングを始めとする入植者の来歴をたどれば、街の来歴や地元民の来歴がかなりはっきりと分かるのが面白い。

そんなソルトレークシティだからこそ(なのか?)、面白い施設があった。Family Researchというかなり大きい箱もの施設だ。中は図書館のような雰囲気で、備え付けのPCで自分の名前を検索すると、ご先祖様を探して家系図を示してくれる。

↑Family Researchの外観と内観。

教会見学時、年配の男性司教がFamily Researchが面白いから行ってみるといいと勧めてくれた。司教自身も先祖探しをして、17世紀のイギリス人まで家系を遡ったという。スマートフォンのアプリで作ったという家系図も見せてもらった。

米国自体が入植でできた国だから、(ネイティブアメリカンも含め)各人が大まかな先祖来歴を抱えている。例えば同じ白人といっても「うちはイタリア系」とか「うちはアイルランド系」というように、ざっくりとした一族の言い伝えがあるのだ。日本にも少数民族が存在するし、白人黒人ヒスパニック系の日本人もいる。モンゴロイドの中でも縄文人系とか弥生人系とか、細かくみれば色々ある。とはいえ、米国は日本と比べてずっと人種的多様性があるのは間違いない。自然と、先祖来歴に興味をそそられるのだろう。

 

Family Researchの検索PCで、私も試しに自分の名前を検索してみた。何かが出てくると期待していたわけではない。ただどういう操作方法なのかなと興味があった。自分の名前を入れて検索ボタンを押す……と、出てきた。

米国で暮らした履歴がある、自分と同じ姓の人々がずらり。その中に両親と私自身もいて、驚いた。

考えてみると、米国テキサス州での出生時、米国に出生届を出している。その記録が残っているため、検索でヒットしたのだろう。

↑検索すると、生年月日、出生地や両親がすぐに出てきた。

私はちょうど先日、『先祖探偵』という小説を上梓した。依頼人のご先祖様を探す探偵の話である。日本で先祖をたどる場合、役所から戸籍を取り寄せ、菩提寺を訪れ、墓を探し……とかなり地道な調査が必要になる。しかも戸籍謄本を請求できるのは直系卑属などに限られている。米国のシステムの場合、赤の他人でも私の先祖を調べることができてしまう。個人情報保護的にどういう整理になっているのか気になったが、こうやってパッとPCで検索できるというのはさすが米国という感じがする。

 

私は米国で生まれたものの、ほとんどの親戚が宮崎にいて、宮崎県出身というのが正確だろう。父方は島津藩に仕えた武士であり、母方は農家である……と言われていた。だが最近になって、親戚の集まりで衝撃の事実を知った。父方の「武士」の身分はお金で買ったものだというのだ。

ひいひい爺さんは、もともと獣医で(つまり商家で)、小金を持っていた。江戸末期に落ちぶれた武士から身分を買い、その後はこれ見よがしに武士面をしていたらしい。武士と商家では玄関の箒の掃き方からして違う。商家から嫁いだ嫁たちは「箒の掃き方も知らんのか」といびられた(という愚痴が、高齢の親戚から口々に漏れた)。

 

その話を聞いて、胸にすとんと落ちるものがあった。すでに鬼籍に入った父方の祖母は気性が激しい人で、嫁(つまり私の母)をいびるようなところがあった。だが、父方の祖父の家(祖母からみると嫁ぎ先)に対しては妙にヘコヘコして、良い顔ばかり見せていた。単に見栄っ張りなのだと思っていたのだが、祖母には祖母なりの背景があったのだろう。

 

父方の祖父の家は、わざわざ武士の身分を買い、島津家に仕えた武士であることを誇りに思っていた。言ってしまえばプライドがかなり高い。祖母は農家の出だったし、若い頃に結核を患ったせいで嫁ぎ先がなかなか見つからない。祖父と結婚したときも、祖父の親戚一同は反対した。だが祖父は周囲の反対を押し切って祖母と結婚した。祖父からのプロポーズの言葉は「ご縁があれば、お結びください」だったらしい(この話は祖母から繰り返し聞かされた)。祖母は相当に気が強く、負けず嫌いだったこともあり、嫁ぎ先からの冷たい視線を跳ね返すように、「いい嫁」を演じた。だからこそ、嫁ぎ先に対しては常に良い顔をしていた。他方で、自分は苦労したという自負があるからこそ、息子の嫁にはつらく当たる。幼い頃の私にとっては、祖母の嫁いびりがすごく嫌だったし、なんでそんなことをするのかと疑問に思っていた。

だが、先祖をたどることで、幼少期から不思議に思っていた家族の謎に少しだけ迫れたように思う。興味深い経験だった。

 

先祖がらみではもう一つ印象深いことがある。父方の本家である祖父の生家を訪ねたとき、エントランスに一枚の肖像画が飾ってあった。洋風の油絵なのだが、そこに描かれた女性が私と瓜二つなのだ。

訊くと、祖父の母(私からみると、ひい婆さん)の若い頃だそうだ。今ではすっかり財産が散逸しているが、ひい爺さん婆さんの代までは裕福だった。画家を住みこませてパトロンのようなことをしていたらしい。その住み込みの画家に若奥様を描かせた肖像画なのだという。

 

自分の知らないところで、自分そっくりの人間の肖像画が飾られている不気味さに、背筋が寒くなった。本家は現在空き家になっていて、家財一式は売却処分されているはずだ。私そっくりのあの絵はどうなったのかと、今でも考えることがある。

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帆立の詫び状

原稿をお待たせしている編集者各位に謝りながら、楽しい「原稿外」ライフをお届けしていこう!というのが本連載「帆立の詫び状」です。

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新川帆立

1991年2月生まれ。アメリカ合衆国テキサス州ダラス出身、宮崎県宮崎市育ち。東京大学法学部卒業。弁護士。司法修習中に最高位戦日本プロ麻雀協会のプロテストに合格し、プロ雀士としても活動経験あり。作家を志したきっかけは16歳のころ夏目漱石の『吾輩は猫である』に感銘を受けたこと。2020年に「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した「元彼の遺言状」でデビュー。

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