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帆立の詫び状

2023.11.19 公開 ツイート

ジェンダーをめぐる冒険 新川帆立

そういえば麻雀について書いていなかったということに気づいた。コロナ禍の真っ最中に始めたエッセイ連載だったので、麻雀をする機会に恵まれず、エッセイに書きそびれていた。

 

麻雀との出会いは高校生のときだ。

高校入学時に「何か部活をしたい」と思った。だが私は運動音痴で、歌も楽器もできない。入れそうな部活が何もなかった。頭を使ったゲームならできるかもしれないと思って囲碁部に入った。先輩や同級生に強い人がいたので、彼らに教わりながら三年間で初段まで上達し、全国大会にも出場したことがある。といっても、基本的な動きを覚えた程度のもので、囲碁は得意ではないし、向いているとも思わなかった。幼いころから息を吸うように囲碁に打ち込んできたような人がたくさんいるので、どう転んでもそういう人たちに敵いそうにない。

 

全国大会上位や、院生、プロの戦いになるとまた違うと思うが、アマチュアレベルの大会だと、事前にしっかり研究してきたかが重要になる。たくさん打って、研究して、しっかり準備をしてきた人(たいてい高段位者)と大会であたったら、その場で何をしようとも十中八九負けてしまう。戦う前から敵わないのが分かっているのが辛かった(私が弱気だとか、諦めやすいとかいうわけではない。冷静に状況を見ると、十中八九負けるだろうという客観的判断だ)。

 

囲碁部の部室には麻雀牌があって、先輩たちが麻雀を打っていた。次第に私もルールを覚えて打つようになった。麻雀は偶発性のあるゲームなので、自分よりうまい人とあたっても、場合によっては勝つことができる。だから対局時のモチベーションを失わずにすんだ。もちろん、逆に自分が初心者に負けることもあるのだが、それはそれで、油断できなくて面白い。囲碁よりも麻雀のほうが好きだし、向いているかもしれないと思っていた。

 

そうして、大学に入ってからは、雀荘でアルバイトをしながら麻雀ばかりするようになった。バイトでも打つし、バイトが終わってからも打つしで、一日のうち十二時間以上、おそらく十五時間か十六時間は打っていた。ついには夢の中に麻雀牌が出てくるようになる。十四枚の牌姿が並び、そこから一枚、何を切るかという練習問題(通称「何切る問題」という)が延々と出てきて、夢の中で実際にそれを解いていた。

とはいえ、好きだっただけで、麻雀は別に得意ではなかった。向いているとも思わない。勝負の世界には本当に強い人がいるもので、そういう人には逆立ちしても敵わないなと思った。

 

何をするにも上には上がいる。自分が向いているとか得意だとか思うことはあまりない。小説も同じで、別に自分に向いているとも思わないけど、向き不向きとは別に、単純に好きだからやっている。他のことをやりたくないくらい好きなので、仕事にするしかなかった。生きていくためにお金が必要だから、他のことをしない以上、小説でお金を稼ぐ必要があるのだ。

 

小説ほどではないにしても、好きなものは色々ある。このエッセイ連載をお読みの方はご存じの通り、私はバッグを偏愛している。袋物全般が好きだが、そもそも革製品も好きだ。さらに、(あまりお金を使わないように気をつけているが)機械式時計も好きである。ちなみに万年筆も好きだ。カスタマイズが可能で手がかかるタイプの、嗜好性の高い実用品が好きなのかもしれない。都内に住んでいて運転をしないので顕在化していないが、おそらく車に乗りだしたら、車にもハマるタイプの人間だ。

 

↑実は万年筆も好き。

 

ここまで読んできて、お気づきかもしれないが、私の好みはすごく「オジサン臭い」のである。昔からうっすらと自覚をしていた。女性であることによる不利益を感じる場面が多くて、心のどこかで「男になりたい」という思いがあり、そのために男っぽい趣味に走っているのではないか、と考察したこともある。だが、そうではないと最近は思うに至った。

例えば私は編み物や刺繍といった手芸も好きである。料理全般は好きではないが、オムレツ、オムライス、ハンバーグ、餃子等のクラフト要素のある料理は好きだ。それぞれ猛烈にハマった時期があり、その時期には同じ料理を一日二食以上、毎日作り続けていた(別にそれで飽きないのである)。セルフネイルやコスメにハマって、オタク的に調べていた時期もある。そう考えると、ジェンダーステレオタイプ上の「男」的趣味ばかりが好きなわけでもない。むしろ、ジェンダーステレオタイプを横断して、クラフト感のあるもの全般が好きなのだろうと思う。

 

普通の人は「あれは男的な趣味だから」「女的な趣味だから」と手を出すのを躊躇することがある。私の場合、躊躇が少ない(というか、社会的規範に自分の行動を合わせる脳機能が弱い)ので、比較的簡単にジェンダーステレオタイプを乗り越えてしまうようだ。「女らしく」居続けるのも無理だし、おそらく「男らしく」振る舞い続けるのも無理だ。

 

世間に対して、というか、特に若者に対して声を大にしていいたいのだが、「男脳/女脳」なんて大ウソだと思う。性別によって脳の傾向があるだろうし、ホルモンの関係で情緒や行動が左右されることはある。だが少なくとも、個人差のほうが圧倒的に大きい。私より数学ができない男はごまんといる(というか九割がたの男は私より数学ができないと思う)。逆に、私の料理や掃除の腕は、男性平均にも遠く及ばない。特に若い女の子たちに、「物理や数学は自分には難しい」という苦手意識を持たないでほしいと願っている。あなたが難しいと感じるとき、たいていの男の子も難しいと感じている。少しでもやりたいと思ったことはやったほうがいい。最初はできなくても、そのうちできるようになる。

 

最近私は、「冒険小説」と呼ばれるジャンルにハマっている。砂漠、ジャングル、海上、海中、山中等々、世界中の死地で戦うアクション、ハードボイルド、サスペンス系の小説である。考えてみると、子供の頃は冒険小説が大好きだった。だが、大人向けの冒険小説はあまりに男性読者向けに作られている。共感できないほどにカッコつけた描写があったり、必要以上にレイプシーンが挟まったりすることに違和感があり、次第に読まなくなった(子供向けの冒険小説は性描写がないことで、結果的にオールジェンダーに開かれていたのだと思う)。

 

↑読みたい本がたくさんあって毎日楽しい。

 

女の私だって、冒険小説を読めばワクワクする。女だって冒険したいのである。だが、世に流通している冒険小説の主人公はほとんど男であり、登場人物もほとんど男だ。女はたいてい色仕掛けをするか、レイプされているだけだ。男女には対格差があるから、リアリティを追及するとそういう話になるのは当然だと思うだろうか。私はそうは思わない。

 

本の前にいる男性読者は、実際に冒険に出かけられるほど強いのだろうか。そうではないだろう。女性の読者が「こんな危険な旅、無理だ」と思うのと同じくらい、男性読者も「こんな危険な旅、無理だ」と思っているはずだ。冒険と私たちの間の距離の遠さが、男女差をはるかに上回る。男性だって普通は冒険できないのだから、作中に登場する男たちは「特殊な男たち」である。そうであれば「特殊な女たち」が冒険に出かけて活躍する話があってもいいのではないか。

 

当然ながら、女だって冒険小説を書ける。今は準備中だが、そのうち私もガチガチの冒険小説を書きたい。女だからって何も諦めなくていいのだと、身をもって示していきたいと思っている。

関連書籍

新川帆立『帆立の詫び状 てんやわんや編』

デビュー作『元彼の遺言状』が大ヒットし、依頼が殺到した新人作家はアメリカに逃亡。ディズニーワールドで歓声をあげ、シュラスコに舌鼓を打ち、ナイアガラの滝で日本メーカーのマスカラの強度を再確認。さらに読みたい本も手に入れたいバッグも、沢山あって。締め切りを破っては遊び、遊んでは詫びる日日に編集者も思わず破顔の赤裸々エッセイ。

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帆立の詫び状

原稿をお待たせしている編集者各位に謝りながら、楽しい「原稿外」ライフをお届けしていこう!というのが本連載「帆立の詫び状」です。

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新川帆立

1991年2月生まれ。アメリカ合衆国テキサス州ダラス出身、宮崎県宮崎市育ち。東京大学法学部卒業。弁護士。司法修習中に最高位戦日本プロ麻雀協会のプロテストに合格し、プロ雀士としても活動経験あり。作家を志したきっかけは16歳のころ夏目漱石の『吾輩は猫である』に感銘を受けたこと。2020年に「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した「元彼の遺言状」でデビュー。

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