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時をかける老女

2022.05.13 更新 ツイート

#28

同じ会話の無限ループにならない言い方を、最近一つ思いついた 中川右介

母本人が覚えていることは少ないままだが、ここ数日、とくに大きな事件はない。メモリークリニックに連れていった時、「先生、何かのきっかけで思い出すことってあるんでしょうか」と母は医師にいきなり質問したが、会話は成り立っていた。私も最近ようやく、「デイサービスでお風呂に入ってきたでしょう」「入ってない。あそこにお風呂なんてない」と言い張る母との無限ループを避ける方法を思いついた。

*   *   *

2021年4月12日 月曜日

<介護166日>

前回カットしたときは翌日に、「いつの間にか髪が短くなっている」と大騒ぎになったが、今回は、切ったことは覚えていた。しかし、どこで切ったかは忘れ、そのあと、蕎麦屋に行ったことも覚えていない。自分が考えていたより短くなったことへの不満は消えていない。

 

デイサービスは8時30分。したくに手間取り、迎えのクルマを5分ほど待たせてしまう。

今日は外で2件の仕事があり、10時に家を出る。

ネットラジオでYou Tubeでも流すという番組で歌舞伎について80分話し、午後は打ち合わせで120分。

16時半に帰宅し、45分の出迎えに間に合う。17時15分、夕食。入浴して、18時半に就寝。

4月13日 火曜日

<介護167日>

今朝は何を着ていくかに迷っていた。デイサービスには間に合う。

国会図書館の予約を取っていたので、向かう。調べ物。入場制限しており、PCのデスクも、ひとつおきに。15時半頃、帰宅。

母はデイサービスから戻ったら、「時計がない」と騒ぎ出す。今日はデイサービスで入浴したはずなので、そのとき、外して、そのまま忘れてきたのだろうか。軽いパニックになり、「探しに行く」と言い出すので、とにかく電話をして、探してくれと頼む。

(写真:iStock.com/Ann_Mei)

一方、カバンやタンスのひきだしを探してみるが、見つからない。ふと、思いつき、うちの脱衣所を探すと、あった。昨晩の入浴時にはずして、そのままだったのだ。デイサービスへ電話して、お騒がせしましたと謝る。

そもそも腕時計をつけていく必要もないので、「明日からは、つけていかない」と自分で宣言したが、明日になればそんなことは忘れるので、腕時計を預かることにする。

夕食後、珍しく自分から風呂場へ行く。「まだ沸いていないのね」と言うので、「今日はデイサービスで入ったから、入らないでいいの」と言うと、例によって「入ったかしら」「デイサービスにお風呂なんてあるの」が始まる。

いったん納得して部屋へ帰るが、5分後に風呂場へ行き、同じことを繰り返すこと、3回。

今日は調子が悪そうだ。本人も「怖いくらい、何も思い出せない」とパニックになっているので、とにかく部屋を暗くして寝かせる。

4月14日 水曜日

<介護168日>

「今日はデイサービスは休み」と貼り紙をしておく。それでも、「今日はうちにいるのか」と何度も聞く。午前中は、寝たり起きてウロウロしたり。

昼はウドン。午後も寝たり起きたり。おかげで何度か執筆が中断。

13時にケアマネージャーが月に一度の家庭訪問。「デイサービスではムードメーカーになって、みんなを楽しませて、スタッフも助かっている」という。風呂は毎回、「こんなお風呂初めて」と言うとか。

(写真:iStock.com/Maria Lutkova)

夜は早稲田で講座なので、16時45分に夕食。

「出かける」と言うと、いままでは「私は寝てていいのね」と言っていたが、今日は「ひとりじゃ怖いから、行かないで」。

行かないわけにはいかないので、説得。貼り紙を作る。

入浴させて、17時45分、出発。18時半に着いて、19時から講座。

20時半まで。西友で買い物して、21時半、帰宅。部屋の灯りがついている。

(写真:iStock.com/johavel)

ずっと起きていたのかどうかは、不明。

私の顔を見て、安心したのか、就寝。

4月15日 木曜日

<介護169日>

今日は、朝も夕方も、事件、問題行動、問題発言なし。

17時夕食、入浴して、18時就寝。すぐに寝た様子。デイサービスでは体操とかクイズとか、休みなしのスケジュールで、昼寝ができないから、疲れるようだ。それが狙いなのだろう。ありがたいと言えば、ありがたい。

4月16日 金曜日

<介護170日>

今日も事件はなかった。

デイサービスで入浴した日なので、うちでは入らないのだが、「デイサービスで入った」と言うと、「入っていない。デイサービスにお風呂になんてないわよ」の無限ループになるので、「今日は、お風呂を沸かさないから、入らずに寝て」と言うことにした。

それで納得して、18時就寝。

4月17日 土曜日

<介護171日>

今日も事件はなし。

ドラえもんを見て、「これはクマなの?」という問題発言があったくらいか。

(写真:iStock.com/Victoria_Novak)

「猫型ロボット」と答えたら、「猫には見えないわね」ともっともな答え。ドラえもんを、一目で「猫」だと分かるほうがおかしい。

入浴して、18時就寝。22時に起きてきたが、トイレへ行き、またすぐに寝る。

4月18日 日曜日

<介護172日>

いつもより遅く8時起床。

昼はパン屋に買いに行ってもらう。

「どこにパン屋、あるの?」

たしかに最近行ってないが、忘れてしまったのか。しかし、外に出たら思い出した。

(写真:iStock.com/ilya Babii)

午後はほとんど寝ていた。入浴はせず、18時就寝。

20時前にいったん起きるが、また寝る。

4月19日 月曜日

<介護173日>

デイサービスの迎車が定刻を5分遅れた。バンが来たのだが、まだ誰も乗ってなく、うちが最初だった。スタッフがいつものようにドアを開けようとしたが、開かない。ロックされているようで、運転席に戻り解除したが、まだ開かない。エンジンを切り、キーで開けようとするが解除されない。5分くらい、ああでもないこうでもないとやるが、開かない。

後部は車椅子スペースで、後ろの車椅子の昇降の部分に乗って、そこから乗った。

初めてだったので、エレベーターみたいねと楽しそうであった。そういうわけで、ただでさえ遅れてたのに、10分遅れで出発。

帰りは別のクルマだった。もちろん、朝のことは覚えていない。

17時半に夕食。入浴して18時半、就寝。

4月20日 火曜日

<介護174日>

今日は迎車のドアは開いた。

夕食時も事件はなかったが、そのあと、部屋でアルバムを見たらしく、混乱する。

「ここには何年前に引っ越してきたの」「半年前」「何十年もいるでしょう」という具合。

「バカになった」を繰り返す。

「もう寝たら」と言うと、「こんな分からないままでは眠れない」。

しかし、もはや「分かる」ことはないのだ。「明日になれば思い出すかもしれないから」となだめて寝かす。おかげで、大山の最初のホームランを見逃した。

4月21日 水曜日

<介護175日>

デイサービスのない日も平穏になった。ほとんど寝ている。

昼はパスタ。

夕食後、18時30分に就寝。

もともと野球に興味のない人だが、阪神も巨人も理解していないことが分かる。それでいて原監督のことは「原さん」と分かる。不思議だ。

4月22日 木曜日

<介護176日>

今日は朝から三鷹のメモリークリニックへ。

行く前は「そんなところ、行ったことがない」と言いはるが、病院に着くと、「来たことある」と納得する。言葉で「三鷹の病院」と言ってもダメで、目で見ると思い出すようだ。

待っている間、ロビーに病院近隣の地図がはってあって、それを見て「新川」という地名が近くにあるのを知り、「新川って昔、住んでいた気がする」と思い出す。結婚してすぐ、当時の住宅公団の新川団地に住んでいた。私はそこで生まれ、4歳までいた。

「そうよ、新川公団にいたのよ。まだあるかしら」

「60年前だから、もう建て替えられているよ」

5年前に引っ越しを考えたとき、調べたので知っているのだ。その会話を3回、繰り返して、順番が来て呼ばれる。

(写真:iStock.com/Liana2012)

医師に、母が「先生、何かのきっかけで思い出すことってあるんでしょうか」といきなり質問する。

「そういうことはあるけど、どのきっかけで何を思い出すかは、謎」

「謎なんですか」

「記憶については謎しかない。こうしたらこうなったという例はいくらでもあるけど、なぜそうなるかは、分からない。謎なんです」

「先生でも分からないんですか」

「分からない」

「私がいくら考えても分からないわけね」

「考えるのはいいことだから、考えてください」

と、本質論的な話になった。

今日は血圧を測り、問診だけ。薬の処方箋をもらって薬局へ。母をデイサービスへ連れていき、午前の仕事は終わり。午後は執筆。

妻が手巻き寿司の準備をしておいてくれたので、夕食は手巻き寿司。

「今日は誰かの誕生日なの?」「別に」「こんなごちそう、食べていいの」と不思議そうなので、たまたまテーブルの上に昨日届いた「クラシック音楽の歴史」の11刷があったので、「この本ができたお祝い」と言っておく。

「あなた、本なんか書いて、偉いわねえ」と褒められた。

入浴はせず、18時就寝。

*   *   *

※毎月13日、28日更新

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コメント

介護ニュースヘッドライン  [13位 3users] 同じ会話の無限ループにならない言い方を、最近一つ思いついた|時をかける老女|中川右介 - 幻冬舎plus 2022年05月13日 #介護 #福祉 #高齢者 https://t.co/p1RWDR4fpq 6日前 replyretweetfavorite

幻冬舎plus  〈「記憶については謎しかない。こうしたらこうなったという例はいくらでもあるけど、なぜそうなるかは、分からない。謎なんです」〉 その日によっていろいろ違ってくるから、うまい言い方を持っておくといいですね(鈴) |時をかける老女|… https://t.co/UWmcdX3rNP 7日前 replyretweetfavorite

林けいこ  同じ会話の無限ループにならない言い方を、最近一つ思いついた|時をかける老女|中川右介 - 幻冬舎plus https://t.co/xbY2CP0rIy 7日前 replyretweetfavorite

幻冬舎plus  [公開] 同じ会話の無限ループにならない言い方を、最近一つ思いついた|時をかける老女|中川右介 https://t.co/pEx67WI3ZJ 7日前 replyretweetfavorite

時をかける老女

91歳の母親と、33年ぶりに一つ屋根の下で暮らすことになった。この日記は、介護殺人予防のために書き始めたものである。

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中川右介

1960年、東京生まれ。早稲田大学第二文学部文芸科卒業。2014年まで出版社アルファベータ代表取締役編集長。映画、歌舞伎、クラシック音楽、歌謡曲、漫画についての本を多数執筆。最新刊に『アニメ大国建国紀1963-1973 テレビアニメを築いた先駆者たち』(イースト・プレス)。その他の主な著書に、『歌舞伎 家と血と藝』(講談社現代新書)、『カラヤンとフルトヴェングラー』『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』(幻冬舎新書)、『山口百恵』『松田聖子と中森明菜』(朝日文庫)、『大林宣彦の体験的仕事論』(PHP新書)等。

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