
いま、短歌にあたらしい波がきている。いや、短歌だけではなく、詩、俳句、川柳といった、短い形式の詩すべてが変革期にあると感じるが、特に短歌ではその傾向が顕著だ。自らの感情を、日記をつけるように歌にして、気軽に発表する人が増えている。それを読むのも、いわゆる〈愛好家〉とは違う、ふつうの人たちだ。
そうはいっても、短歌というものに普段接していない人にとってみれば、あまりピンとこない話かもしれない。参考までに手元にあった歌集から、いま作られている歌をいくつか紹介してみよう。
春だねと言えば名前を呼ばれたと思った犬が近寄ってくる 服部真里子
ファミレスを出たら漫画のような夜 漫画のようにファミレスの光 岡野大嗣
春のパンまつりのシールがキッチンの片隅で二度目の春を知る 島楓果
いずれの歌も、まずはその光景があざやかに広がり、その後その場の空気、そこに流れた時間があとに続く。そしてもう一度、今度は意味にとらわれずその歌を口に出して詠んでみると、それが昔から続いてきたリズムを失わずに作られたことがわかって、不思議な感動を覚えるのだ。先日、歌人の木下龍也さんとそんな話をしたときに、木下さんは「短歌を読むには時間がかかりますからね」と短くおっしゃった。なるほど短歌とは、上から下から、何度もひっくり返したり口に含んだりしながら、それを味わうものなのかもしれない。
木下さんが店に来ていたのは、ちょうどその時、「木下龍也書店」という書店内書店を二階のギャラリーで開いていたからだ。会場では木下さんをはじめとした若い歌人の作品展示、歌の作り方を書いたパネル展示、木下さんが選んだ歌集の展示販売などを行っていたが、期間中は、これまでどこにいたの? というくらい多くの方がつめかけ、それぞれ気に入った歌集を買って帰られた。みな礼儀正しくて真面目、そしてどこか控えめなのが印象に残った。
わたしの知る限りにおいてだが、歌人と呼ばれる人たちは、みな立ちふるまいにシャイなところがあり、そこがその人になんとも言えないチャーミングな魅力を与えているように思う。たとえば店に何度か来たことのある穂村弘さんは、いつもどこか半歩後ろに下がった様子でためらいがちに話をされる。木下さんにしてみてもお持ちになったお菓子を渡す際、「このお菓子、アマゾンで買ったものですが紙袋が大きくて……」とか、「神戸のお菓子です。アマゾンで買いました」など、真顔で何度も「アマゾン」と連呼していたことには笑ってしまった(そのあとカフェで、妻にも照れながら同じ話を繰りかえしていた)。
展示やイベントを行うとつくづく思うことだが、ある本の著者とそのファンの人は、声の大きさや店でのふるまい、他人との距離の取り方など、やはりどこか似ているところがあるのだろう。
しかしこうした短歌をめぐるあらたな潮流も、それを支える人がいてこそである。木下さんの歌集『あなたのための短歌集』の版元であるナナロク社の村井光男さんは、ある時このようなツイートをしていた。
「詩歌の出版は、目が1だけのサイコロをふり続けるような地道さです」
ナナロク社は木下龍也や岡野大嗣といった人気歌人の出版だけではなく、「あたらしい歌集選考会」という場も独自に設け、後進の育成にも力を入れている。第一回の選考会では二冊の歌集が刊行されたが、いずれも名久井直子さんが装丁を手掛けた、それは手に取りたくなるようなものであった。短歌の世界全体が、さらに豊かなものになるためには、一部のスターにスポットが当たるだけでは足りず、その土壌自体が掘り起こされなければならない。気の遠くなるような作業だが、村井さんはそれを自分の仕事と、心に決めたところがあるのかもしれない。
「木下龍也書店」には歌人の枡野浩一さんも来てくださった。枡野さんにはそれまで、「雨の日にひとり来店し、黙ってコーヒーを飲んで帰る人」といった寡黙な印象をもっていたのだが、それがこの日は幾分上気されているように拝見した。開拓者の一人として、歌の世界が動きはじめていることに対し、何か思うところがあるのかもしれない。そのように感じていたところ、その日の夜、展示の感想をさっそくツイートしてくださった。
「あの日この場にたまたま足を踏み入れて短歌に初めて興味を持ちました、と話す人が将来きっといる気がします」
「木下龍也書店」の最終日は、本格的な春の訪れを感じさせる暖かな一日だった。その夜ツイッターのタイムラインでは、多くの歌人がそれぞれ自作の春の歌をつぶやき、それはほんとうに、そこに花が咲いたような光景だった。
今回のおすすめ本
『そのときどきで思い思いにアンカーを打つ。』仲西森奈 さりげなく
これから20年をかけて20巻まで続くという、仲西森奈の「ショートスパンコールシリーズ」の第一作。多くのクセのある登場人物が出てきて、彼らが「交錯し錯綜して頻繁に脱線する」連作掌編小説集。しかし自由な出版スタイルが、うれしくなる。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2023年1月13日(金)~ 2023年1月31日(火) Title2階ギャラリー
子どものための馬語の入門書『ウマと話すための7つのひみつ』(偕成社)の刊行を記念して展示を行います。与那国島で馬を相棒に暮らす著者が撮った島の馬たちの写真や、本展のために制作したショートムービー、今回の絵本に関連した内容を含むエッセイなどをご覧いただきます。
◯2023年2月3日(金)~ 2023年2月26日(日) Title2階ギャラリー
『新月の子どもたち』(ブロンズ新社)や『月のこよみ』(誠文堂新光社)の装画など、イラストレーターとしても活動する版画家・花松あゆみさんの作品展。日常の中でふと訪れる、心を動かす思わぬ景色……そんなわくわくする時間が描かれた版画の世界をお楽しみください。
◯【書評】
〔New!!〕好書好日
東畑開人「聞く技術 聞いてもらう技術」(ちくま新書)
評:辻山良雄――〈ふつう〉の行為に宿る知恵
こまくさWeb
〈わたし〉の小さな声で歌おう~榎本空『それで君の声はどこにあるんだ? 黒人神学から学んだこと』に寄せて /評:辻山良雄
◯【インタビュー】
ダ・ヴィンチ「寄り道したい本屋たち」第三回 荻窪Title
兼業生活「どうしたら、自分のままでいられるか」~辻山良雄さんのお話(1)室谷明津子 2022/8/5(全4回)
本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。