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本屋の時間

2022.04.01 公開 ポスト

第131回

「ショートソング」に魅せられて辻山良雄

いま、短歌にあたらしい波がきている。いや、短歌だけではなく、詩、俳句、川柳といった、短い形式の詩すべてが変革期にあると感じるが、特に短歌ではその傾向が顕著だ。自らの感情を、日記をつけるように歌にして、気軽に発表する人が増えている。それを読むのも、いわゆる〈愛好家〉とは違う、ふつうの人たちだ。

 

そうはいっても、短歌というものに普段接していない人にとってみれば、あまりピンとこない話かもしれない。参考までに手元にあった歌集から、いま作られている歌をいくつか紹介してみよう。

春だねと言えば名前を呼ばれたと思った犬が近寄ってくる 服部真里子

ファミレスを出たら漫画のような夜 漫画のようにファミレスの光 岡野大嗣

春のパンまつりのシールがキッチンの片隅で二度目の春を知る 島楓果

いずれの歌も、まずはその光景があざやかに広がり、その後その場の空気、そこに流れた時間があとに続く。そしてもう一度、今度は意味にとらわれずその歌を口に出して詠んでみると、それが昔から続いてきたリズムを失わずに作られたことがわかって、不思議な感動を覚えるのだ。先日、歌人の木下龍也さんとそんな話をしたときに、木下さんは「短歌を読むには時間がかかりますからね」と短くおっしゃった。なるほど短歌とは、上から下から、何度もひっくり返したり口に含んだりしながら、それを味わうものなのかもしれない。

木下さんが店に来ていたのは、ちょうどその時、「木下龍也書店」という書店内書店を二階のギャラリーで開いていたからだ。会場では木下さんをはじめとした若い歌人の作品展示、歌の作り方を書いたパネル展示、木下さんが選んだ歌集の展示販売などを行っていたが、期間中は、これまでどこにいたの? というくらい多くの方がつめかけ、それぞれ気に入った歌集を買って帰られた。みな礼儀正しくて真面目、そしてどこか控えめなのが印象に残った。

わたしの知る限りにおいてだが、歌人と呼ばれる人たちは、みな立ちふるまいにシャイなところがあり、そこがその人になんとも言えないチャーミングな魅力を与えているように思う。たとえば店に何度か来たことのある穂村弘さんは、いつもどこか半歩後ろに下がった様子でためらいがちに話をされる。木下さんにしてみてもお持ちになったお菓子を渡す際、「このお菓子、アマゾンで買ったものですが紙袋が大きくて……」とか、「神戸のお菓子です。アマゾンで買いました」など、真顔で何度も「アマゾン」と連呼していたことには笑ってしまった(そのあとカフェで、妻にも照れながら同じ話を繰りかえしていた)。

展示やイベントを行うとつくづく思うことだが、ある本の著者とそのファンの人は、声の大きさや店でのふるまい、他人との距離の取り方など、やはりどこか似ているところがあるのだろう。

しかしこうした短歌をめぐるあらたな潮流も、それを支える人がいてこそである。木下さんの歌集『あなたのための短歌集』の版元であるナナロク社の村井光男さんは、ある時このようなツイートをしていた。

「詩歌の出版は、目が1だけのサイコロをふり続けるような地道さです」

ナナロク社は木下龍也や岡野大嗣といった人気歌人の出版だけではなく、「あたらしい歌集選考会」という場も独自に設け、後進の育成にも力を入れている。第一回の選考会では二冊の歌集が刊行されたが、いずれも名久井直子さんが装丁を手掛けた、それは手に取りたくなるようなものであった。短歌の世界全体が、さらに豊かなものになるためには、一部のスターにスポットが当たるだけでは足りず、その土壌自体が掘り起こされなければならない。気の遠くなるような作業だが、村井さんはそれを自分の仕事と、心に決めたところがあるのかもしれない。

 

「木下龍也書店」には歌人の枡野浩一さんも来てくださった。枡野さんにはそれまで、「雨の日にひとり来店し、黙ってコーヒーを飲んで帰る人」といった寡黙な印象をもっていたのだが、それがこの日は幾分上気されているように拝見した。開拓者の一人として、歌の世界が動きはじめていることに対し、何か思うところがあるのかもしれない。そのように感じていたところ、その日の夜、展示の感想をさっそくツイートしてくださった。

「あの日この場にたまたま足を踏み入れて短歌に初めて興味を持ちました、と話す人が将来きっといる気がします」

「木下龍也書店」の最終日は、本格的な春の訪れを感じさせる暖かな一日だった。その夜ツイッターのタイムラインでは、多くの歌人がそれぞれ自作の春の歌をつぶやき、それはほんとうに、そこに花が咲いたような光景だった。

 

今回のおすすめ本

『そのときどきで思い思いにアンカーを打つ。』仲西森奈 さりげなく

これから20年をかけて20巻まで続くという、仲西森奈の「ショートスパンコールシリーズ」の第一作。多くのクセのある登場人物が出てきて、彼らが「交錯し錯綜して頻繁に脱線する」連作掌編小説集。しかし自由な出版スタイルが、うれしくなる。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

○2024年9月20日(金)~ 2024年9月30日(月)Title2階ギャラリー

木村肇「嘘の家族」刊行記念展

「なぜ自分の家族の作品を作るのか?」写真家木村肇の写真とインタビューで、作品制作の背景をたどった書籍「嘘の家族」の刊行を記念して、写真展を開催します。早くに亡くなった両親の存在を隠し続けてきた作家が、実家の部屋をギャラリースペースに再現し、嘘か本当か、曖昧な家族の記憶を行き来するような作品を展示します。
 

 

◯【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
 

【書評】NEW!!

『決断 そごう・西武61年目のストライキ』寺岡泰博(講談社)ーー「百貨店人」としての誇り[評]辻山良雄
(東京新聞 2024.8.18 掲載)

『うたたねの地図 百年の夏休み』岡野大嗣(実業之日本社)ーー〈そのもの〉として描かれた景色が、普遍の時間へと回帰していく瞬間 [評]辻山良雄
(Webジェイ・ノベル 掲載)

 

【お知らせ】

我に返る /〈わたし〉になるための読書(2)
「MySCUE(マイスキュー)」

シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第2回が更新されました。
 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
 

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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