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2021.11.17 更新 ツイート

ぎりぎりまで単純化した線で描かれる、官能的な肌ざわり 近藤ようこ『高丘親王航海記』 中条省平

澁澤龍彦原作、近藤ようこ作画による『高丘親王航海記』(KADOKAWA)が完結しました。全4巻、2年半かけた偉業です。

 

澁澤龍彦の『高丘親王航海記』を初めて読んだのは、1988年、いまからもう30年以上も前のことで、場所は留学中のパリでした。すでに前年、澁澤龍彦は59歳で亡くなり、その直後に出た『高丘親王航海記』を日本から送ってもらい、貪るように読んだのでした。

平安時代、平城天皇の息子であり、空海の高弟である高丘親王は、60歳を過ぎて天竺にむかって旅をした実在の人物です。

しかし、澁澤版の高丘親王の物語は、夢と現実、ここと彼方、天上と地底、現世と来世、生と死が自在にいれ替わるような、奇々怪々、神秘と不可思議が連続する旅の話で、一読後、これは日本の幻想文学のひとつの極限をしるす大傑作だと確信しました。

それだけに、大好きな名匠・近藤ようこによるものとはいえ、『高丘親王航海記』のマンガ化がどんなものになるか、期待と不安が半ばする気持ちで読みはじめました。

近藤ようこの作品はきわめて忠実にその物語をマンガ化しているのですが、読後の印象は、澁澤龍彦の小説とはずいぶん違っている感じがしました。

これはもちろん文句をいっているのではありません。そっくりの物語なのに、澁澤の小説は無色透明のガラス細工のように観念的、抽象的であるのに対して、近藤ようこのマンガは、当然のことながら具体的なイメージの宝庫であって、澁澤の言葉による描写をよりいっそう身近に感じさせてくれる、視覚的、いやむしろ触覚的といえる世界に仕上がっています。

そう、近藤ようこの描線は、ぎりぎりまで単純化されているのに、官能的な肌ざわりを伝えてくるのです。

登場人物たちの皮膚のしわや、目の照り翳り、指のたわみなどはいうに及ばず、幻獣たちや奇妙な草木や仏像や神秘的な建築も、いや、夜の空に広がる雲や、妙に麻酔的に見える霧や、海の表面や、光そのものに至るまで、万物に生命や霊性を感じさせる純粋なアニミズムの気がみちているのです。この気配こそ、澁澤龍彦が求めたものではなかったでしょうか。その境地を近藤ようこのマンガが実現しているような気がしてならないのです。

さらに、高丘親王が呑みこみ喉につかえて吐きだせない真珠は、現実生活で澁澤龍彦が患っていた喉頭がんのメタファーともいえるものですが、近藤ようこのアニミズムの光のもとで見ると、この死の珠はいつかはじけて、自分の行きたかった目的地・天竺の香気をほとばしらせるにちがいない、という親王の思いを、澁澤龍彦の現実のできごとに変えてくれるのではないかとさえ思わされるのです。

それほど、高丘親王の旅に寄りそう近藤ようこの描線には、愛がこめられ、命が吹きこまれていると私は感じました。

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中条省平

1954年神奈川県生まれ。学習院大学フランス語圏文化学科教授。東大大学院博士課程修了。パリ大学文学博士。著書『中条省平は二度死ぬ!』『文章読本』など。翻訳書最新刊はロブ=グリエ『消しゴム』。

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