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物理の4大定数

2021.11.11 更新 ツイート

重力が強くなると宇宙はどんな姿になるのか 小谷太郎

光速c、電子の電荷の大きさe、重力定数G、プランク定数h。
宇宙を支配する物理の4大定数を、NASA元研究員の小谷太郎氏がやさしく解説。
今回は「重力定数G」の最終回。
重力定数Gがいまよりもっと大きければ、宇宙はどんな姿になるのだろうか。

*   *   *

 
重力が100万倍の世界では、1ヵ月は40分になる(画像:iStock.com/Tatomm)

もしも重力がいまより強かったら

これまで、か弱い重力定数Gが宇宙を形作っているさまと、人類がそれを理解していく過程(あるいは理解していないことを思い知る過程)をみてきました。

以下の節ではその締めくくりに、もしも重力定数が大きかったら宇宙はどうなるか、少々考察してみましょう。

 

仮に、明日から重力定数Gが100万倍になったと仮定しましょう。新生重力定数はG=6.67430×10-5 N(ニュートン) m2 kg-2です。

Gは元々きわめて小さかったので、100万倍してもなんだか冴えません。これでもまだ自然界のほかの力に比べると弱小です。

たとえば電子と陽子の間にはたらく重力を100万倍しても、それでも両者の引き合う電気力の4×10-34倍、つまり1兆分の1の1兆分の1のさらに100億分の4くらいです。

したがって重力の変化は(光速の変化とちがい)、原子や分子の構造などには影響しません

 

しかし100万倍の重力が私たちの生活におよぼす変化は重大です。

まず、そこらの物体があなたの体を引っぱる重力が感じられるようになります

質量1トンの自動車が1 m離れた50 kgの人体を引っぱる重力は約3 Nになります。これは普通の重力の下でビールの中ジョッキを持ち上げるときの力です。

重力が100万倍の世界では、質量1トンの自動車が1 m離れた50 kgの人体を引っぱる重力は約3 N。普通の重力下でビールの中ジョッキを持ち上げる力と同じだ(画像:iStock.com/taa22)

地球の重力加速度は約10 m/s2だったのが、約1000万m/s2というとんでもない値になります。

これは白色矮星の表面重力と同程度ですが、そういわれてもあまりピンときませんね。白色矮星は東京ドームほどポピュラーな尺度ではありません。

重力加速度が1000万m/s2になると、転倒や落下は致命的です。1 mの高さから落ちると、このエネルギーは普通の重力下における約1200 kmの落下に相当します。転んだが最後、人体は水たまりと化すでしょう。

転んだら、と書きましたが、体重が100万倍になったらもちろん立っていられるはずがありません。人体のあらゆるパーツが足元の地面めがけて落下します。

そして100万倍の重力下では、1 mの落下は0.5 msもかかりません。明日の0時から重力が100万倍になるなら、0時0.5ミリ秒すぎには地球上に70億個の水たまりができているでしょう

 

落下が速くなるということは、月や人工衛星の軌道運動も高速になるということです。

月が地球を周回する周期を1カ月といいますが、重力が強くなっても月の軌道半径が変わらない(つまり地球と衝突しない)と仮定すると、1カ月は40分になります。

月は見る間に満ちて欠けて沈んで昇ってもとの位置に帰ってきます。

また、地球が太陽を周回(公転)する周期、すなわち1年は8時間46分になります。

そうなると地球の自転周期よりも公転周期のほうが短くなるので、地球から見た太陽の動きはおもに公転によって決まり、日は西から昇って東に沈み、10時間ほどの周期でまた昇ってきます

水たまりにならずに生き残った人々は、カレンダーを根本から作りなおさないといけません。

重力が100万倍の世界では、日は西から昇る(画像:iStock.com/bee32)

真っ黒な太陽が出現

太陽がめまぐるしく昇ったり沈んだりすると聞いて、明るい昼と暗い夜が数時間ごとにちらちら交代する光景を想像したでしょうか。

重力100万倍の宇宙では、おそらくそうはならないでしょう。なぜならば、我らが太陽はブラック・ホールになってしまうからです。

重力定数が100万倍になると、天体表面から物体が飛び去るのに必要な脱出速度は1000倍になります。太陽表面からの脱出速度は、現状で約600 km/sなので、1000倍すると光速を超えてしまいます。

つまり、太陽表面からは光も脱出できなくなって、ブラック・ホールの一丁あがりです。

明るい太陽は消失し、宇宙に開いた穴ぼこのような物体が残るでしょう。昼も夜も空は暗く、そこを黒い太陽と黒い月が数時間ごとに横切るのみです。

私たちの宇宙では、太陽質量のブラック・ホールは半径が3 kmなので、太陽がブラック・ホールと化したら小さくて見えません。

しかし重力定数が100万倍の宇宙では、太陽質量のブラック・ホールの半径は300万kmとなり、これは現状の太陽よりも大きいので、肉眼でも「見え」ます。

太陽の位置にある半径300万kmのブラック・ホールは、微弱な光のリングに囲まれた真っ黒な天体として見えるでしょう。

暗くて見つけにくいですが、注意して探すと、背後の星を隠すので存在がわかります。

重力が100万倍の世界では、太陽は微弱な光のリングに囲まれた真っ黒な天体となる(画像:iStock.com/Velvetfish)

惑星は長生きできない

それにしてもブラック・ホールは、本当に実在するのか長いこと議論された存在ですが、重力100万倍の宇宙では目でそれが確かめられるわけです。

一般相対論の効果も、もっと重力が強かったならば、多くが簡単に検証できたでしょう。

「重力波」もその一例です。

重力波は時空のしわが波となって伝わっていく現象で、一般相対論から予言されましたが、実際に検出するまでに100年かかりました。

この超絶的に検証のむずかしい現象も、重力100万倍の宇宙ではあちこちにその証拠が見られます

 

太陽の重力が100万倍になっても、地球など惑星の軌道半径は変わらないと仮定したので、他の惑星も太陽(の変じたブラック・ホール)からの距離を保ったまま、すごい勢いで公転することになります。

しかしこの状態は長くは続きません。

太陽(と呼んでおきますがじつはブラック・ホール)の周囲を数時間程度の周期でぶんぶん公転する惑星は、重力波を放射してじょじょに太陽に近づき、ついには飲み込まれます

計算してみると、太陽にいちばん近い水星は(私たちの単位で)約2万年で軌道半径が縮んで、太陽(だったブラック・ホール)にすぽっと飲み込まれます。

(細かい話ですが、シュヴァルツシルト半径が大きいと潮汐力〈ちょうせきりょく〉が弱いので、このとき水星は破壊されないで丸飲みされそうです。すると降着円盤は形成されず、可視光やX線は放射されないでしょう。)

惑星はこの調子で次々と飲み込まれていきます。地球は(やはり私たちの単位で)約5万年、木星は約10万年で飲み込まれるでしょう。重力100万倍の宇宙では、惑星は長生きできないようです。

いまとちがう原理で輝く宇宙

重力はやはり宇宙を支配する力です。重力定数がちがえば、恒星や惑星やX線連星系のような見慣れた天体は存在しません

しかし重力定数のちがう宇宙には、そのかわりに、私たちの宇宙と異なるしくみで輝く天体があるかもしれません。

たとえば、重力収縮によって輝くガス雲などという候補が思いつきます。

何度か説明しましたが、恒星はもともと宇宙空間にただようごく薄いガスでした。それが重力で集まって縮み、温度が上がり、内部で核融合反応が点火されて、明るく輝く恒星となります。

重力定数100万倍の宇宙では、ガス雲が私たちの恒星サイズまで縮むと、ブラック・ホールになってしまって、輝くことができません。

しかしそこまで小さく縮まなくても、ある程度ガス雲がしぼんだだけでも、重力エネルギーが熱に変わり、ガス雲を温め、光として放射されます

重力が100万倍なら、単純に見積もって、放射されるエネルギーも100万倍です。

これは光源として宇宙空間を照らし、熱源として惑星(に相当する天体)を温め、宇宙を明るくて活気のあるところにするかもしれません

重力が100万倍の世界でも、いまと異なる理由で宇宙は輝いているかもしれない(画像:iStock.com/titoOnz)

めちゃくちゃに複雑な「恒星進化」

ここで少々脇道にそれて、私たちの宇宙のはなしをしますが、重力のはたらきで集まったガス雲がどのような天体になるかという研究は「恒星進化」と呼ばれます。

(「進化」は生物学では生物種の変化を意味する用語ですが、天文学では恒星の一個体の変化を指していて、意味がちがいます。どちらかというと、ゲームや創作で生物(?)個体の形状や能力が変化する現象を指していう「進化」に近いので、ゲームや創作における「進化」の乱用を苦々しく感じているかたがおられたら、天文研究者もそういうことをしてますよとこの場で告げ口しておきます。)

そして恒星進化はたいへん複雑で予想がむずかしい現象です。

恒星の材料は水素にちょっぴりヘリウムの混じったガスです。それがニュートンの重力法則という単純な法則にしたがって集まってできたのが恒星です。

ならばその進化は、容器に入れたガスの変化のように、簡単に予想できそうな気がします。個性といえばせいぜい、ガスの量によって、大きな恒星ができるか小さな恒星ができるかぐらいのちがいではないのでしょうか。

ところができあがった恒星の群れは、膨らむもの縮むもの脈動するものとてんでんばらばらに振る舞って、組成も最初は水素とヘリウムだったのに、いつのまにか炭素や酸素やケイ素や鉄といった元素が湧いてでて、それが内部に層をなし、内部構造を作ります。

そして最期には、小さく縮むものもあれば爆発するものもあり、そうなるまでの寿命も、最初のガスが少なければ長くて多ければ短いといった、単純な関係はあてはまりません。

これはめちゃくちゃに複雑です。あまりに複雑なので、天文研究者であっても、恒星進化を専門にしていないなら、ある質量のガスがどんな恒星になってどんな生涯を送るか、すらすら答えるのはむずかしいです。

この複雑さは、単純な材料からでも複雑で予想しがたい豊かな結果が生じるという、この世界の性質の一つの現われでしょう。

 

そういうこの宇宙の事情を鑑(かんが)みるに、重力定数のちがう宇宙でガス雲がどう進化を遂げるか、ここで正しく予想するのは相当に困難です。

そこで、おそらく重力定数が異なっても、ガス雲からは千差万別の天体が誕生して、宇宙を豊かにいろどるだろう、とあいまいに述べておきます。

 

重力100万倍の宇宙では、このほかにも、天の川銀河そのものが1個の超々極大ブラック・ホールになってしまって、私たちはそのブラック・ホールの内部で暮らすことになったり、宇宙膨張がゆるやかになったり、さまざまな異変が起きて話は尽きないのですが、そろそろ次の話題に移らないといけません。

 

次は電子や陽子の電荷eの話題です。

 

●次回は11/26の公開予定です。

*追記: 電子と陽子の間にはたらく重力の数値を訂正しました。御指摘いただいたいのうえとーるさんにお礼申し上げます。 (2021/11/15)

関連書籍

小谷太郎『宇宙はどこまでわかっているのか』

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小谷太郎

博士(理学)。専門は宇宙物理学と観測装置開発。1967年、東京都生まれ。東京大学理学部物理学科卒業。理化学研究所、NASAゴダード宇宙飛行センター、東京工業大学、早稲田大学などの研究員を経て国際基督教大学ほかで教鞭を執るかたわら、科学のおもしろさを一般に広く伝える著作活動を展開している。『宇宙はどこまでわかっているのか』『言ってはいけない宇宙論』『理系あるある』『図解 見れば見るほど面白い「くらべる」雑学』、訳書『ゾンビ 対 数学』など著書多数。

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