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カニカマ人生論

2021.07.14 更新 ツイート

南伸坊 清水ミチコ

pâté屋でアルバイトを続けながら、私は週に一度、夜に池袋PARCOで開催されていた「パロディ講座」というセミナーに通うことにしました。広告を見た時、自分に向いてるんじゃないか、という直感とともに、そこに通うだけで(お笑いの世界に関われるんじゃないか?)とも甘く考えたんですよね。当然そんなわけはありませんでしたが、講師陣はとても豪華で、満足してました。赤瀬川原平さん、糸井重里さん、荒木経惟さんに南伸坊さんなどが、毎週かわるがわる教壇に立ってくれ、笑いについてパロディについて、実践なさってきたことや、その時に実感された話が聞けることにワクワクしました。しかし、こんな講座は当時はすごく珍しかったし、生徒数も20人にも満たないためか、月謝はけっこう高めだったので、(散財してしまったなあ……)とも思っていました。

 

一番忘れられないのは南伸坊さんの授業です。難しいことを言わない。っていうか、最初から(講義なんか無理だよ、俺)という感じで、はじめっから最後まで、勝手に色んな有名人のモノマネをしてくれながら、生徒と一緒にただ笑うというだけの一時間半。私は呆れるような気持ちで(すごいものを見たなあ)、と思いました。(ほかの先生はちゃんと知的に見えながら実験的なことをなさってるのに、ハッキリ言ってこの先生ったら、なんてバカみたいな授業なんだろうか。文化人っぽくふるまわないなんて、おっかしいなあ)。そしてみんなでこんな時間を過ごしたことが、理論なんかよりもすこぶる温かい気持ちになったんですよね。生徒全員、この時間で初めて一つになった気がしました。

しかもこの南先生は「パロディ講座なんてものに通うワリには、なんだかみんな暗いんじゃない?」などと笑い、「授業も終わったから、下でお茶でもどう?」と、将来が見えず、希望もなさそうなダサい十数名の生徒たちを、喫茶店に連れてってくれました。感激。私が大人になったらこんなことができるだろうか。見ず知らずの若者たちと、なんていかにも面倒だろうに。向き合って、つきあってくれ、個人の時間を喜んで差し出してくれるなんて、こんなことはなかなかできないよなあと、驚きました。ちょっと神様っぽいルックスだけど、半分は本当に神様なんじゃないか、なんて。「あの時はごちそうさまでした」と、私がその当時の話をすると、南さんはいつも「まったく覚えてないなあ~」とニコニコ笑うので、きっと普段から誰に対してもフラットに親切なのかもしれませんね。(←イメージアップの恩返し)

さて、そのうちにバイト先であるpâté屋で、林さんのご親戚である、高橋みちこさんを紹介していただきました。林さんのお兄さんの奥様の妹さんで、番組制作のプロデューサーである高橋さん。私はもちろん(ぜひ何かあったらよろしくお願いします!)という気持ちでしたが、高橋さんもまた人を探してるところだったそうで、クニ河内さんというミュージシャンのラジオ番組を立ち上げようとしてた高橋さんは、相手役に誰かいないか、というタイミングだったらしいのです。「清水さんはどんなことができるの?」と聞かれ、「コントを書いたり、あと、モノマネとか」と、モゴモゴ返事をしてると、「デモテープなんかある?」と聞かれ、私は(喜んで!)と言わんばかりに、食い気味に返事をしました。なるほど、デモテープを渡せばいいのか。てっとり早いとはこのことでした。

後日、たくさんネタを書いた用紙と、人生初のデモテープをお渡ししました。張りきって作ったもので、あんなに夢中になった体験はそれまでありませんでした。なんせ、アパートの隣に住んでる方に聞かれたら恥ずかしいので、(絶対に聞かれまじ!)とばかりに、真夏なのに毛布をかぶって録音。しかも自分なりのアイデアで、二台のカセットデッキを駆使する、という多重録音をしてたので(間違えたら一からやり直しになるぞ!)と、その蒸し暑さを回避しながらも、慎重かつ丁寧に録音しました。その甲斐あってかオッケーをいただき、クニさんの番組を手伝えることになりました。(キター!)。どれだけ嬉しかったかわかりません。

しばらくは昼は身体を使って働いて、夜はアイデアをどんどん書いていき、心身ともに働いては眠りにつくという、精神衛生上、すこぶる健全だった日々でした。番組のタイトルは「クニ河内のラジオ・ギャグ・シャッフル」。東京の制作会社で録音したテープを、福岡や札幌など地方局に送る、というアナログなものですが、1980年代はそんなことがまだ普通にあったのです。そしてその感想などのハガキの束が、放送後2週間ほどしてから自分の手元に届くのですが、一枚もらって読んでからというもの、待ち遠しくてたまりませんでした。いただいたハガキは繰り返し読み、こちらからも返事をせっせと書いては出していました。顔は見えなくても、どこかの誰かに喜ばれているという実感ほど、人の背中を押してくれるものはないもんですね。

そのうちその制作会社から、「こんなのも書いてもらえないか?」と、真面目な番組のアイデアも依頼されたりして、私は(放送作家になれるかも!)という希望が見えてきました。旅行もそうですが、一番楽しいのは(さあ始まるぞ)という、まだ始まってもいない、夜中に荷造りなんかをしてる時だと思うのですが、ドキドキしたり、ソワソワしたりと、期待がふくらんで、まさに夢がもうすぐ、と思えるような青春がここから始まったのでした。

 

【シミチコMEMO】南伸坊さんの名著『笑う写真』。この本に感銘を受けた私。オモシロ写真の世界を、私も追いかけてます。

関連書籍

清水ミチコ/酒井順子『「芸」と「能」』

ユーミンのコンサートには男性同士のカップルが多い。「アナ雪」に見る、「姫」観の変遷。モノマネとは、文章の世界で言うなら「評論」。香川照之さんと立川談春さん、歌舞伎と落語のにらみ合い。冬季オリンピックの女子フィギュアは、女の人生の一里塚。「話芸」の達人と「文芸」の達人が、「芸能」のあれこれを縦横無尽に掘る、掛け合いエッセイ。

清水ミチコ『主婦と演芸』

シャンプー時に立つか、座るか。何度会っても「初めまして! 」と言う氷川きよし君。面白タクシードライバーさんに10円の恩返し。5000円札を喜ぶ黒柳徹子さん。マルベル堂でプロマイド撮影。「孤独死」報道に一言。矢野顕子さんと一緒にツアー。「重箱のスミ」でキラリと光るものを独自の目線でキャッチした、愉快で軽快な日記エッセイ。

清水ミチコ/森真奈美『知識ゼロからの大人のピアノ超入門』

今からでも遅くない! 気ままな友達、ピアノとの大人な付き合い方。 最近、大人になってからピアノを始める人が多い。 大人からのスタートのいいところは、誰からもガミガミ言われないこと、無理強いされないこと。 子ども時代よりも、ずっと自由に弾ける、友達のようなもの。 ワクワクしたら弾けばいいし、うんざりするならやめてもいい。 大人になってからのピアノは、そんな自由さがあなたを解放してくれるはず。 音楽家の森真奈美さんと、かれこれ半世紀ほどピアノを弾いているという清水ミチコさんによる、大人のためのピアノ入門書。

清水ミチコ『私の10年日記』

「フカダキョーコに似てますね」になぜか逆ギレ。欽ちゃんのおでこをペチと叩いてみる。誰も知らないホーミーのモノマネにトライ。三谷幸喜さんの誕生会で激しく乱れる。ナンシー関さんや渋谷ジァンジァンとの別れに涙。…テレビの世界を自由自在に遊泳するタレントが10年にわたって書き続けた、きっぱりすっきり面白い、日記エッセイ。

三谷幸喜/清水ミチコ『いらつく二人』

「僕の名前は、三十画で、田中角栄さんと一緒なんですけど」(三谷)「あ、何か聞いたことある。浮き沈みが激しいって」(清水)。「流しカレー」に「醍醐あじ」から「うつぶせと腹ばいの違い」に「キング・コング実話問題」まで。「不思議」で出来てる脚本家と、「毒電波」で出来てるタレントの、痛快無比な会話のバトルに、笑いが止まらない。

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清水ミチコ

岐阜県高山市出身。1986年渋谷ジァンジァンにて初ライブ。1987年『笑っていいとも!』レギュラーとして全国区デビュー、同年12月発売『幸せの骨頂』でCDデビュー。以後、独特のモノマネと上質な音楽パロディで注目され、テレビ、ラジオ、映画、エッセイ、CD制作等、幅広い分野で活躍中。著書に『主婦と演芸』『「芸」と「能」』(共に幻冬舎)、『顔マネ辞典』(宝島社)、CDに『趣味の演芸』(ソニーミュージック)、DVDに『私という他人』(ソニーミュージック)などがある。

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