1. Home
  2. 生き方
  3. 結婚って何?
  4. 結婚はわからない~それでも日常を重ね、互...

結婚って何?

2021.07.15 更新 ツイート

結婚はわからない~それでも日常を重ね、互いに変化できるなら~ 高山なおみ

誰かと暮らすこと。信頼を築くこと。未来を約束すること。離れないこと。子どもを育てること。法律で契約すること。お互いの意思で確認すること。たくさんのかたちがある結婚。特集の最後は、料理家で文筆家の高山なおみさんに聞きます。結婚って何ですか?

「けっこん」について

ゆうべは風が強く、寝室の窓ガラスが盛大にガタガタ鳴っていたけれど、ふつうに眠れた。神戸に越してきて六年目。ひとり暮らしにも、このマンションにもずいぶん慣れたと思う。

 

私が住んでいるところは、六甲の山のふもとにへばりつくように建てられた七階建ての古いマンション。視界を遮る建物がないため、海と空と神戸の街が大きな窓からスコーンと見渡せる。嵐の日には、その窓にビシャビシャと容赦なく雨が打ちつけ、水族館のガラスのようになってとてもきれいだ。

そんな夜は、このマンションが白い大きな船となり、眠っている私のベッドごと、大海原に繰り出しているような夢をみる。ちっとも怖くない。なんだかこの頑丈な建物に守られているような気がするから。

越してきたばかりのころは、なかなか慣れなかった。それはそうだ。東京ではいつも隣に夫がいて、何十年もふたりで暮らしてきたのだから。

このごろ私は、あのころの自分がどんなふうに生活をしていたのか、ほとんど思い出せなくなっている。きっと、記憶にふたをしてしまったのだろう。

 

私は、二度結婚をしたことがある。

結婚については、今でもその意味がよくわからない。子どもを生んでいないし、育てたこともない。日々成長する小さい人を間に、夫とつがいになって助け合いながら生きるのは、どのように豊かで、どのように大変なものなのかを私は知らない。

でも、少しでも、気づいたことを言葉にしたい。書いているうちにわかってくることがあるかもしれない。だから試しに「けっこん」と、平仮名にして書いてみようと思う。

 

神戸に越してきた一年目のある日、電車に乗って外出した帰りに駅の本屋に寄った。夕方だった。別に何の本がほしいとか、何かを探しているとかいうでもなく、なんとなく本棚の間を渡り歩いていた。どれくらい時間がたったろう。そのときにふと、胸のあたりに冷たい水が染みてきて、ぽっかりと空洞ができた。

「私はここで、何をしているんだっけ」

何もかもがとりとめなく、体がふわふわした。誰かのために自分の時間を使わなくていいことの心もとなさ。

東京にいたころ、このくらいの時間には、夫と食べる夕飯のことを考えていた。にんにくを切らしているから買いにいかなくちゃとか、洗い物をすませておかなくちゃとか、いつも次にやるべきことが決まっていた。

ふたりの生活を成り立たせるために、思いやりを持って支え合いながら、これからの人生を離れることなく生きていく。

「けっこん」すれば、この不確かなわけのわからない世の中にひとりでいる怖さを実感しないですむ。

「けっこん」とは、もしかしたら未来を約束すること?

 

私は誰かと一緒にいて、いいなあと思うと、男でも女でもその人を自分に重ねて感じようとする癖がある。わかろうとすることは、自分の体に入れることだと無自覚に思っている。

さらに、いちばん悪いのは、相手の気持ちや考えを誰よりも深く理解していると思い込むこと。人との境界線がそんなふうに曖昧になるのは、もしかすると私が双子で生まれたせいだろうか。

「けっこん」して毎日同じものを食べ、同じ時間を過ごしているうちに、まるで自分の持ちもののように、夫のことを捉えるようになった。最後の十数年は、それに連なることがきっかけとなり、諍いを繰り返し、結果的に私が家を出た。

あれから、神戸に越してきて、ほとんどの時間をひとりで過ごすようになった。坂を下りると、歩いて上るかタクシーで上ってこないとならないため、買い物にもあまり出ない。

このマンションは、建物の半分くらいしか人が住んでいないので、通路を歩いていると音が響いて、学校の寄宿舎にいるみたいだなと思う。自分から会いたいと思って出掛けなければ、誰にも会えないようなところに住んでいるのは、これから先、私がおばあさんになって、これまで出会った人たちや、起こったものごとに感謝しながら死んでいけるよう、修行をしているのかもしれないと感じることもある。

越してきて何年かは、ひとりでいることは生きている自分を強く実感することだと思っていたけれど、このごろはそれだけではないように感じる。

たまに恋人が泊まりにきて、同じものを食べ、同じ時間を過ごしても、私たちは個別なのだと思うようになった。孤独というのではない。いいことでも悪いことでもない。それは、眠りに落ちるときに味わう、あたたかな「ひとり」に似ている。

人はひとりでいても、ふたりでいても、ひとり。

でも、人と話しているとき、自分はこんな声をしていたんだっけと驚くことがある。こんなに高い声で、はしゃいだような早口になる。誰かといると、知らない自分に出会う。人といると楽しいし、哀しいし、悲しい。傷つく、傷つける、面倒をかける、面倒をかけられる。

生きている感じが、すごくする。

もう私、「けっこん」は二度とすることはないだろう。

それでも誰か、異性でも同性でも、若くても年寄りでも、子どもでも大人でも、そのときにいちばん慕っている自分ではない大切な他人と、日常を深くかかわり合いながら暮らし、心を重ね合わせつつ、違いを味わいながら……互いが変化していくことを「けっこん」というのなら、これから先、何度でもしてみたいと願う。

過去形で書いたけれど、私は夫の戸籍から未だ抜けていないので、本当は二度目、まだ「けっこん」をしていることになる。 

(写真はすべて高山なおみさん撮影)

高山なおみ『高山ふとんシネマ』

今あったことはさっきになり、そのうち過去となって、忘れ去られる――。この世に確かなものなどあるんだろうか? そんな問いを繰り返しながら布団の中で映画を見、音楽を聴き、本を読んで、夢をみる。大好きな人の声を、忘れたくない風景を、何度も脳に刻み、体にしみこませる。人気料理家が五感をまるごと使って紡ぐ、心揺さぶる濃厚エッセイ。

*   *   *

幻冬舎plusストアでも「結婚って何?」を考えるフェア実施中!

 

{ この記事をシェアする }

結婚って何?

事実婚や別居婚、別姓に向けたペーパー離婚など、典型的な結婚制度や生活スタイルに不自由を感じ、自由な形を模索する人が増えてきている今、あなたにとっての「結婚」とは。

バックナンバー

高山なおみ

料理家・文筆家。1958年、静岡県生まれ。レストランのシェフを経て、料理家に。文章への評価も高い。主な著書に、日記をまとめた『日々ごはん』『帰ってきた 日々ごはん』シリーズ、レシピ集『おかずとご飯の本』『料理=高山なおみ』『実用の料理 ごはん』、幼い頃の記憶を綴った『押し入れの虫干し』、『たべもの九十九』、『本と体』、絵本『アンドゥ』(絵・渡邊良重)『どもるどだっく』『それから それから』『みどりのあらし』(共に絵・中野真典)『おにぎりをつくる』(写真・長野陽一)など多数。近刊に『自炊。何にしようか』『日めくりだより』『帰ってきた 日々ごはん⑨』。HP:http://www.fukuu.com/

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP