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物理の4大定数

2021.06.11 更新 ツイート

1メートルの長さは光速が決めている 小谷太郎

光速c、電子の電荷の大きさe、重力定数G、プランク定数h。
宇宙を支配する物理の4大定数を、NASA元研究員の小谷太郎氏がやさしく解説。
光速の定義と、長さと時間の定義は密接に関係しているという。

*   *   *

(写真:iStock.com/Viktoria Ruban)
 

測定技術の進歩に追いつめられるメートル原器

ここで、光速の測定の歴史に立ち返りましょう。

1887年のマイケルソンとモーレーの測定実験は、地球の速度がもしも光速を変化させるなら、それを検出できるはずでした。

地球が太陽を周回する速度は光速の1万分の1ほどなので、誤差が1万分の1以下の測定といってよいでしょう。

1905年にアインシュタインが特殊相対論を発表し、光速がきわめて重要な物理定数だとわかり、光速の測定実験はますます盛んになりました。

光速測定の技術は年々進歩し、原子時計が発明され、レーザーが発明され、時間や長さや速度はごくごく精密に測れるようになりました。

測定の誤差は10万分の1になり、100万分の1になり、どこまでも小さくなっていきます。

技術の進歩を「きわめて」だとか「ごくごく」だとかいった副詞で説明していると、だんだん語彙が足りなくなってきます

こうやって測定技術が何段階も革新され、メートル原器の製作者が想定しなかったほどの精度になると、メートル原器はもう長さの基準として物足りなくなってきました

(写真:iStock.com/AdisX)

フランス革命とともに誕生した初代メートル原器は100年近く使われ、1889年に国際メートル原器にバトンタッチしました。

次の走者国際メートル原器はフランスだけのものではなく、「メートル条約」に加盟するすべての国の基準になりました。

メートル条約は、単位としてメートルやキログラムや秒といった「国際単位系」を使おう、という国際的な取り決めです。

この条約に加盟する国が資金と人を出している「国際度量衡(どりょうこう)局」という国際組織は、国際単位系を定めたり、改良したり、測定技術を研究したりしています。

国際度量衡局によって製作された国際メートル原器は金属の棒で、そこに間隔1 mで目盛りが刻んであります。つまりこれは1 mの物差しの親玉です。

この目盛りは0.01 mmの精度で初代メートル原器と一致しているというから立派な仕事です。

 

しかしいくら立派な仕事でも、現代的な超精密測定にはやはり敵(かな)ません。

超精密な測定装置の目には、金属棒に刻んだ目盛りは、線幅やゆがみやでこぼこがはっきり見え、まるでグランドに石灰で引いた白線も同然です。

超精密な測定装置の目では、メートル原器はグランドに引いた白線も同然(写真:iStock.com/klags)

超精密な長さ測定装置というものは、技術は高度ですが、やはり物差しの一種なので、測定結果が国際メートル原器と一致しなければいけません。

言いかえると、超精密な長さ測定装置で国際メートル原器を測定すると、きっかり1 mという結果がでないといけません。

ところが超精密な長さ測定装置は、原器の刻み目の線幅やゆがみまでわかってしまいます。そうなるとそのゆがんだ線幅のどこを測って1 mとすればいいのか、測り方にあいまいさが生じます。

測定装置は超精密でも、メートル原器という基準があいまいなので、精確に測れない、という事態になるのです。

国際メートル原器はお役御免に

こうして、超精密な測定技術に見合った超精密なメートルの定義が必要となりました。

1960年、国際度量衡局(の上部組織の国際度量衡総会)はメートルの定義をクリプトン原子から放射される光の波長にもとづくものに変更し、国際メートル原器を解任しました

この定義は1983年にもう一度変更され、光速を用いるものになりました。

現在のメートルの定義は、

光が1秒に進む行程の299792458分の1

というものです。

光速は299792458 m/sなので、光をよーいドンで1秒間走らせると2億9979万2458 m進みます。

この距離を2億9979万2458分割すると、1 mの長さの物差しが得られるという原理です。

(物差し工場に30万kmのグランドをそなえて1本物差しを作るたびに光を走らせる、という必要はなく、もっとスマートな手法でこの定義に合致した1 mをだせます。)

この定義は、原器のような特定の物体を使用せず、光速という物理定数にもとづいてメートルを定めています。いわば、新しいメートル原器として光速を採用したことになります。

このように物理定数にもとづいて単位を定義すると、いろいろ便利です。

まず、どこの実験室でも再現可能になるので、パリのメートル原器とくらべなくても、実験室で物差しや測定装置に目盛りをふることができます。火星や月でも精確な物差しが作れるのです。

光速を用いれば、月にいても精確な物差しが作れる(写真:iStock.com/abriendomundo)

また、将来さらに測定技術が進歩しても、それに合わせて定義を改定する必要がありません。優れた測定装置ができたら、光速はそれに見合った精度の原器として働きます。

光速という原器が時代遅れになる心配は当分ありません。

たとえば、15桁の精度で長さを測定する装置ができたなら、光が1秒間に走った距離をそれで測定すると、299792458.000000 mという答をだすはずです。ださなければだすように装置の目盛りを調整します。

そうなるように調整された目盛りは「較正(こうせい)された」といいます。(最近は「校正」とも書きます。)

こうして較正された装置を使って身長を測れば、メートルの定義にしたがう測定が精度よくできるというわけです。

また、ここまで読んできたみなさんにはおわかりと思いますが、光速という物理定数は実験室が運動していても変化しません。単位の基準にこれほどぴったりなものは他にないでしょう。

 

このようにメートルを定義するということは、光速をきっかり299792458 m/sと定義するということです。

これまで光速測定の歴史を紹介し、ガリレオからフィゾーへ、マイケルソンとモーレーへ、ランプからレーザーへと測定技術が進歩し、誤差が徐々に小さくなっていくようすを描写してきました。

しかしここにおいて、光速は定義値となりました。「光速という未知の値を求める」努力はもう必要ありません

ただしもちろん、測定技術の進歩はこれからも続きます。

光速が定義値となった時代の時間や距離や速度の測定技術は、光速を測って299792458 m/sとどれほど精度よく一致するかを競うのです。

時間の単位「秒」の定義

さて光速を使ったメートルの定義は、1秒間光を走らせて、その行程を分割するというものです。これを精確におこなうには、精確に1秒を測る時計が必要です。

ストップウォッチと30万kmのグランドを用意してこの定義どおりの実験を実行しなくても、この定義に合致した1 mをだすことはできますが、いずれにせよ精確な時計は必要です。

ここで国際度量衡局の定める国際単位の一つ、時間の単位「秒」について紹介しましょう。

 

みなさんごぞんじのとおり、1日は24時間、1時間は60分、1分は60秒です。つまり1日は8万6400秒です。これは覚えておくと計算の役に立つことがたまにあります。

1日とは正午から日が沈んで昇ってまた正午になるまでの時間で、つまり地球という物体の自転(と公転)で定まっているので、1日を86400分割した1秒という時間は、地球を原器として決まっているといえます。

けれども計時技術が進歩して、1日の長さをミリ秒の精度、つまり誤差1億分の1以内で測れるようになると、地球の自転速度が一定ではないことがわかってしまいました

地球の自転速度は一定ではない(写真:iStock.com/KB DS)

地球の質量分布にちょっぴり変化があると、自転速度がちょっぴり変わるのです。スケートのスピンで、腕を伸ばしたりちぢめたりするとスピン速度が変わるのと同じ原理です。

地球の質量分布を変える原因はいくつかあります。たとえばプレートの移動です。東日本大震災の際、日本列島の位置は東に60 cmほどずれました

また気候の変動によって表面が凍ったりとけたりすると、水や氷の分布が変わります。これも質量分布をわずかに変えます。

こうなると、地球の自転にたよらない秒の定義がほしくなります。

地球の自転を用いない「秒」の定義

1960年、国際度量衡総会は地球の自転を用いないで秒を定義しました。

この定義はそれまで慣習的に用いられてきた秒を初めて国際単位の一つとするもので、このときに現代的な国際単位系が誕生しました。

その定義は

1秒は1900年1月0日12時に対する太陽年の1/31556925.9747

という難解なものでした。いやこれおそらく初見で意味がわかる人はまずいないでしょう。

どうせこの定義はすぐに廃止されるので、くわしい説明はしませんが、ほとんどのかたはまず「1月0日」という書き方になじみがないでしょう。

天文学では12月31日を1月0日と書く場合があって、これは「1899年12月31日」を意味します。

天文学では12月31日を1月0日と書くことがある(写真:iStock.com/Tarzhanova)

太陽年とは春分から次の春分までの期間で、つまり1年のことです。

じつは1年も(1日と同様に)長さが変わるので、どの時点の1年か指定する必要があり、この定義では「1899年12月31日12時の1年」と指定しているのです。

これは天文学の知識が少々ないとむずかしい定義です。単位を紹介する書物は世に多々ありますが、残念ながらこれをまちがって説明しているものはしばしば見かけます。

当時もわけがわからないという意見が殺到したのでしょう、この定義は1967年にお払い箱になり、現在の定義に取って代わられました。

 

現在の1秒の定義を簡略化して書くと、

セシウム133という原子から放射される電波の周期の9192631770倍

というものです。

これもやっぱり難解に見えるかもしれませんが、これは原子時計の仕組みにもとづく定義です。

原子時計というものは原子から放射される電波を利用して時間を測るので、この指示にばっちりしたがう原子時計を作れるのです。

そしてこの定義によって、地球という原器も同時に引退しました。地球は1個しかありませんが、セシウム133という原子は宇宙のたぶんどこにでもあります。

こうして秒は宇宙のどこでも再現できる単位になりました。

このように、メートルの定義も時間の定義も、測定技術が進歩するとそれに合わせて改定されてきました

「秒」を変えるかもしれない光格子時計

現在の秒の定義は半世紀以上使われていますが、将来これが改定されることがあるでしょうか。

もしもこれまでの原子時計の精度を大幅に凌駕(りょうが)する画期的な計時技術が出現すれば、それに合わせて改定されるかもしれません。

そういう画期的技術の候補がじつは一つあります。香取秀俊東大教授(1964-)の開発した「光格子時計」です。

これまで使われてきた原子時計は、1個の原子を使い、そこからの放射を利用するものでした。

それに対して、光格子時計は原子の集団を一度に使い、その放射の平均を利用するものです。

これによって、10-18というケタちがいに優れた誤差が達成されています。これは、宇宙の始まりから現在までずっと光格子時計を動かし続けても1秒も狂わない精度、と説明されます。

これまで述べてきたように、新しい測定技術は、新しい科学を可能にし、新しい知識をもたらします。光格子時計が今後もたらす成果に期待しましょう。

 

●次回は6/26の公開予定です。

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小谷太郎

博士(理学)。専門は宇宙物理学と観測装置開発。1967年、東京都生まれ。東京大学理学部物理学科卒業。理化学研究所、NASAゴダード宇宙飛行センター、東京工業大学、早稲田大学などの研究員を経て国際基督教大学ほかで教鞭を執るかたわら、科学のおもしろさを一般に広く伝える著作活動を展開している。『宇宙はどこまでわかっているのか』『言ってはいけない宇宙論』『理系あるある』『図解 見れば見るほど面白い「くらべる」雑学』、訳書『ゾンビ 対 数学』など著書多数。

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