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勉強って何のため?

2021.04.30 公開 ツイート

勉強の価値(第1回)

子供も老人も勉強するようになった 森博嗣

子供の頃は勉強嫌い、二十一歳の時に「勉強の価値」なるものを見つけたという人気作家の森博嗣さん。「勉強は楽しくないのは事実」、勉強は「人に勝つためでも、社会的な成功者になるためにするのでもない」。“では何のため?”と社会で聞かれることが多いのは、「勉強という行為の“抽象性”が理解されていないから」。自身の体験と勉強の根本を深く幅広く探究し話題の『勉強の価値』(幻冬舎新書)から、人生後半期のリアルな勉強との向き合い方をピックアップしてお届けします。

 

ボケないために勉強している、とよく聞くが

(写真:iStock.com/Prostock-Studio)

最近の小学生は、本当によく勉強するようだ。昔の子供に比べて、勉強する環境が断然整っている。自分の部屋があるし、勉強机も専用のものが用意されている。参考書や問題集、それにタブレットなどの教育機器も発達し、なにより、そういうものをちゃんと買ってもらえる家庭が増えた。僕が子供の頃には、ノートなどの文房具だって、自分のお小遣いで買うという子供がいた。誕生日のプレゼントに筆箱を買ってもらった、という話をよく聞いたものである。

 

最近の老人も、本当に熱心に勉強するようになった。自分も老人になったから、老人の知合いも必然的に増えているわけだが、たいていなにか習い事をしている。スポーツだったり、芸術関係、芸能関係だったり、ジャンルはさまざまだが、週に何回と、まるで塾に通うような具合である。

寿命が延び、八十代以上でも元気に歩き回る人が増えた。大変けっこうなことだが、躰が丈夫でも、頭が弱ってくるのを多くの人が恐れているようだ。「認知症」という新しい病名も広まった。

躰は使わないと衰えるという。だから、高齢になっても運動することが推奨されている。この理屈は、なんとなく理解できる。運動しないと、筋肉が衰えるし、骨や関節などにも影響があるのだろう。機械も、使わないと調子が悪くなるものだ。オイルが固着したり、配管が詰まったりするためである。

積極的に活動する老人たち

体力と運動の理屈から、頭脳も使った方が認知症になりにくい、という話をよく耳にする。これが本当かどうかは、確かめようがない。統計的な調査はできるけれど、その統計に自分が一致するかはまた別問題である。生きものというのは、それぞれ微妙に違っていて、機械のようにすべて同じとはいかないからだ。

それでも、高齢になっても現役の人たちが現に大勢いらっしゃる。たとえば、芸術家は引退するようなことがないから、八十、九十代でも創作活動を精力的に続けている人が多い。小説家も、高齢の作家がつぎつぎと新作を発表している。

僕の身近では、模型関係に高齢者が非常に多い。模型飛行機や鉄道模型を楽しんでいる趣味人は、七十代は若手と呼ばれるほどだ。先日、日本で一番古くから出版されている鉄道模型の雑誌『鉄道模型趣味』の編集長が亡くなったけれど、九十代だった。亡くなる数カ月まえまで現役だった。僕の庭園鉄道に何度も遊びにこられた方の中にも、九十代になっても模型を作り続けている人が何人もいらっしゃった。こういう会合があると、僕はたいてい最年少である。六十代なんて初心者なのだ。

「ぼけないように勉強をしている」という話を老人たちから何度も聞いている。文化教室みたいなところへ通っているらしい。『源氏物語』を一緒に読む、というものもあった。俳句、短歌なども流行しているらしい。また、コンピュータの勉強を始めた、という老人もいる(これは、パソコンの使い方、あるいはエクセルなど特定のソフトの使い方だろう)。また、ときどきニュースになるのは、高校に入り直したり、大学生になったりした老人である。特に年齢制限はないようだから、特別なことではないと思うのだが、それでも珍しいからニュースで取り上げられるのだろう。

あまり聞かないのは、老人の数学教室や、老人の物理学講座などである。需要がないからだろうか。化学実験などは面白そうだと思うし、生物学や天文学くらいだったら、ありそうに思えるのだが、いかがだろうか?

関連書籍

森博嗣『勉強の価値』

勉強が楽しいはずない。特に子供が勉強しないのは「勉強は楽しい」という大人の偽善を見透かしているからである。まず教育者は誤魔化さずこれを認識すべきだ。でなければ子供が教師の演技を馬鹿馬鹿しく思い両者の信頼関係が損なわれる。僕は子供の頃あまりに美化された「勉強」に人生の大事な時間を捧げる必要があるか疑った。が、現在(正確には21歳から)は人は基本的に勉強すべきだと考える。そう至ったのは何故か? 人に勝つため、社会的な成功者になるためではない。ただ一点「個人的な願望」からそう考える理由を、本書で開陳する。

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森博嗣

一九五七年、愛知県生まれ。作家、工学博士。国立N大学工学部建築学科で研究する傍ら九六年に『すべてがFになる』で第一回メフィスト賞を受賞し、作家デビュー。以後、次々と作品を発表、人気作家として不動の地位を築く。おもな新書判エッセィに『自由をつくる 自在に生きる』『創るセンス 工作の思考』『小説家という職業』『自分探しと楽しさについて』(すべて集英社新書)、『大学の話をしましょうか』『ミニチュア庭園鉄道』(ともに中公新書ラクレ)、『科学的とはどういう意味か』『孤独の価値』『作家の収支』『ジャイロモノレール』『悲観する力』(すべて幻冬舎新書)などがある。

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