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ほねがらみ

2021.04.27 公開 ポスト

「語 佐野道治」の章より その4

――以上が、先輩医師の症例研究資料に書かれていたことである芦花公園(小説家)

震える怖さで、ネットでバズった小説ほねがらみは、恐怖の実話を集めている主人公による、ルポ系ホラー。

第1章に続き、第2章を恐怖の連日公開中。

佐野道治の家に、不吉なメールを送り続けてきた友人が、突然訪ねてきた。

「質問そのいちーーーッッ!」「質問そのにーーーーッッ!!」…………

*   *   *

語 佐野道治

8月13日

恐ろしい夢を見て、夢の中で悲鳴を上げて、自分の悲鳴のあまりの大きさに飛び起きた。

内容は覚えていないが、おぞましいものを見たという感覚が背筋にこびりついていた。シーツがグッショリと濡れている。

(写真:iStock.com/tab1962)

あの日、雅臣と電話してから、毎日こうだ。呪いとかそういうものは信じないけど、やっぱり精神的に悪い影響を受けてしまったのかもしれない。

ユキちゃんが眠そうな目をこすって、どうしたの、と心配そうに聞いた。

なんでもないよ、と答えてペットボトルの水を飲み干した。シャワーを浴びて、着替えなくてはいけない。

今日は雅臣が家に来るのだ。

ユキちゃんが昼食の用意を済ませたところで、扉を叩く音がした。雅臣かな? と思ったがそれはおかしい。

うちはオートロックのマンションなので、いったんエントランスでインターフォンを押してもらわないと解錠できない。つまり、直接うちの玄関に来ることはできないはずなのだ。

ユキちゃんが、はあい、と言って扉を開けようとするのを手で制して、おそるおそる覗き窓から外の様子を窺う。

「おーい開けろよー」

横にも縦にも大きくて、快活な笑みを浮かべた男。雅臣だった。

肩に大きな荷物を吊るしている。これが「ささやかだけど渡したいもの」だろうか。風呂敷に包まれているが、形状から予測すると壺だろうか。ささやかというにはあまりにも大きすぎる。

それに、様子がおかしい。今は夏も夏、真っ盛りだ。さらに雅臣は体格が大きく、汗っかきだ。

なのに、雅臣は真っ黒なコートで全身を覆っている。

「いるんだろー、分かってんだよー、早く開けろよー、暑いんだから」

雅臣が大声で言った。笑顔だけはいつもの雅臣で、それが余計に気持ちが悪い。

「どうやって入ったんだよ」

負けじと大声で返したつもりだが、恐怖で声がひっくり返る。

「どうやって入ったんだよー」

雅臣がバカにしたように鸚鵡返(おうむがえ)しをした。ドウヤッテハイッタンダヨードウヤッテハイッタンダヨー、と繰り返す。

「お前、おかしいよ、絶対! 申し訳ないけど帰ってくれ!」

アッハッハッハッハッ

けたたましい、としか表現できない声で、声帯が爆発したみたいに雅臣が笑う。

「正直中に入るのなんて簡単にできるんだよでも俺一応気を使って聞いてやってるだけなんだよねアッハッハッハ」

「何がおかしいんだよ!」

突然、視界が暗くなる。雅臣が、覗き窓に目一杯顔を近付けたのだ。

「おかしいに決まってんだろ。お前、全然気付かないんだもん、おかしいよ、おかしくてアッハッハハたまんねえよッハッハッハハッハハハ」

「何に、何に気付かないって言うんだ、け、警察呼ぶぞ」

「質問そのいちーーーッッ!」

雅臣は顔を離して、気をつけ、のような姿勢で叫んだ。

「愛しのユキちゃんはどこでショォーーーッ!」

言われて振り返る。ユキちゃん、ユキちゃん、ユキ、ユキがいない。

嘘だ。だって今まで、ほんの今さっきまで僕の後ろに。

「質問そのにーーーーッッ!!」

なんで、という僕のつぶやきをかき消すような大声で雅臣は叫ぶ。

「■■■■■ってなんでしョオオォーーーーー」

■■■■■んよね。あの小説で繰り返し繰り返し出てきた言葉。

頭が割れるように痛い。

「質問その三、ヒントを沢山与えたのに気付けなかった馬鹿はどうなると思う?」

耳元で雅臣が囁いた。

(写真:iStock.com/M-A-U)

8月30日

裕希と出会ったのは■雅臣の紹介です。ふくよかな美人でいつも微笑んでいました。その微笑みを見るたび僕は心臓を締め付けられたようになって、動けなくなりました。夢中でした。なんとか裕希を口説き落としたくて毎日必死でした。裕希は「■■■■■んよね」と言いました。だから、付き合ったとしても結婚はできないと。それでもよかった。裕希といられれば。でも僕は欲を出してしまいました。子供がいなくていいから結婚したいと。裕希は優しい女です。結局は折れてくれました。雅臣も、■家の面々も、一応祝ってはくれたものの、やはり「■■■■■んよね」と言い、絶対に子供を作ってはいけないということでした。死ぬときと死なないときがあって、今回は絶対に死ぬときなのだと。「俺の命もかかってるんだからな」と雅臣は言いました。死んでしまったらもう、埋まるしかないのだと。でも僕は欲を出してしまいました。裕希は孕みました。でも、堕ろせ、と言われました。裕希も堕ろしたい、と言うようになりました。でもそんなこと、絶対、許されることではないと思う。そう思って、裕希を家から出さないようにして、雅臣や、■家の人間と会わせないようにしました。僕も仕事を辞め、家にいて裕希に付き添い、一切の世話をしました。そのうち裕希の顔にも母性が見え始めました。裕希は世界で一番美しい母親の顔をしていました。幸せでした。でも長く続きませんでした。僕がトイレに行った一瞬に裕希が消えました。雅臣がやりました。僕が雅臣に電話して裕希を返すように言うと、今から家に行くと言うので、馬鹿にあっさりしてるなと思い、いい気分でした。それで雅臣が家に来たんですが真っ黒なコートを着ていて、夏なのに馬鹿みたいだと笑うとコートを脱いで、そしたら腕がありませんでした。「もうここまで来てるんだ」と責めるように言いました。大きい、本当に大きい壺を出してきて、「裕希だ」と言います。中を確かめようとすると頭をぎゅうと壺の入り口に押し付けられました。中には大きい蛇が入っていました。「お祈りしろ」と雅臣が言います。「お祈りしろお縋りしろ」と言います。ギリギリという音が体の内側から聞こえてきました。関節がねじ切られる音でした。ミシミシと軋みます。「お祈りしろお縋りしろ」と雅臣は繰り返します。左腕が火だるまになったみたいに痛みます。僕は祈ります。お願いします。お願いします。どうかおねがいします。ますます左うでは痛みます。ムカつきました。おいのりしたところで意味がないじゃないかと雅臣に言いました。そのあいだもますますいたみがツヨくなるのでボクは首に力を入れて雅おみをフりほどこうとしたんですけどよくみると雅おみは足もなくなっていたんです。雅おみは太っていて体もでかいんですけど、うでと足がないと小さくてふかふかしてるからくまのぬいぐるみみたいでかわいいとおもいました。なでてあげようとしたけど、ツボの中のヘビがそれも全ブたべてしまったからできませんでした。そういうわけでボクは今もこまっています。ボクのつまどこですか。赤ちゃんがいないとこまります。さがしています。

     ※

以上は、自傷他害の恐れありとして警察に保護され措置入院に至った破瓜型の統合失調症患者佐野 道治の医療面接時の記録である。

搬送されてきた当時は左腕の損傷が激しく、そちらの治療が優先された。

文中の「■■■■■」に関しては、患者が口に出してはいけないと繰り返し懇願する(本人も口に出したくないようでこの部分は筆談による)ため、伏字にしてある。

なお、患者が妻であると主張する「佐野裕希」という人物と本人が婚姻関係にある記録はなく、「佐野裕希」の存在も確認できていない。

会話の最中も奇矯(ききょう)、わざとらしさ、表情の平板、幻聴、妄想、思考の連合の弛 緩、滅裂思考、感情の鈍麻(どんま)、情動の易変(えきへん)といった幻覚妄想症状がみられた。会話が三十分を超えると呂律が回らなくなり、以降は筆談とノンバーバルコミュニケーションにより記録を続けた。そのため、一部患者が書いたものを原文のまま記載している。

引き続き投薬治療と並行して、心理援助を行なっていく。

     ※

以上が、先輩医師の症例研究資料に書かれていたことである。(私の記憶によるメモ)

関連書籍

芦花公園『ほねがらみ』

「今回ここに書き起こしたものには全て奇妙な符合が見られる。読者の皆さんとこの感覚を共有したい」――大学病院勤めの「私」の趣味は、怪談の収集だ。知人のメール、民俗学者の手記、インタビューの文字起こし。それらが徐々に一つの線でつながっていった先に、私は何を見たか!? 「怖すぎて眠れない」と悲鳴が起きたドキュメント・ホラー小説。

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ほねがらみ

大学病院勤めの「私」の趣味は、怪談の収集だ。

手元に集まって来る、知人のメール、民俗学者の手記、インタビューのテープ起こし。その数々の記録に登場する、呪われた村、手足のない体、白蛇の伝説。そして――。

一見、バラバラのように思われたそれらが、徐々に一つの線でつながっていき、気づけば恐怖の沼に引きずり込まれている!

「読んだら眠れなくなった」「最近読んだ中でも、指折りに最悪で最高」「いろんなジャンルのホラー小説が集まって、徐々にひとつの流れとなる様は圧巻」など、ネット連載中から評判を集めた、期待の才能・芦花公園のデビュー作。

バックナンバー

芦花公園 小説家

東京都生まれ。小説投稿サイト「カクヨム」に掲載し、Twitterなどで話題になった「ほねがらみ―某所怪談レポート―」を書籍化した『ほねがらみ』にてデビュー、ホラー界の新星として、たちまち注目を集める。その他の著書に『異端の祝祭』『漆黒の慕情』『聖者の落角』の「佐々木事務所」シリーズ(角川ホラー文庫)、『とらすの子』(東京創元社)、『パライソのどん底』(幻冬舎)ほか。「ベストホラー2022《国内部門》」(ツイッター読者投票企画)で1位・2位を独占し、話題を攫った、今最も注目の作家。

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