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ほねがらみ

2021.04.16 公開 ポスト

読 木村沙織」の章より その2

ねえちゃんがゆらゆらと揺れるたびに艶やかな黒髪がばらばらと散り…芦花公園(小説家)

あまりの怖さにネットでバズった小説ほねがらみは、恐怖の実話を集めている主人公によるルポ形式で続いていく。

第1章、「木村沙織」さんの体験談は、着々と進みます…。

*   *   *

読 木村沙織 
2

『せんせーい! どうでしたあ? 読んでいただけましたあ?』

由美子さんがSkypeでそう話しかけてきたのは、メールが送られてきた次の日だった。

相変わらず甘ったるくて粘っこい、嫌な声だ。

「メールありがとうございます、まだ一つしか読んでいませんけど」

当たり前だ。専業主婦の由美子さんと違って、私には仕事がある。SNS漫画の更新はあくまで副業、趣味のようなものなのだから。

『ええっ! 早く読んでくださいねぇ、そんなに長くないんですから。ところで、どうでしたあ?』

「ええ、まあ、怖いと言えば怖いですけど……正直ありきたりですよね。実話系怪談で何回も見たような内容です」

田舎で怖い目に遭う、白い得体の知れない何かを見る、そのあとなんらかの不幸が起こる。ネットの怖い話でいうと「くねくね」の類型と言えるだろうか。

「それに最後の『いぬる』とか祖父母の不幸とか……いぬるって、方言で帰るという意味ですよね。要は神棚を粗末にしたから神様が去ってしまった。だから不幸が起こった。ちょっと説教臭いというか」

『イヤッ』

由美子さんが突然大きな声を出す。

「どうしたんですか?」

『いえ、大丈夫、大丈夫です。ちょっと虫が飛んできちゃって。もう殺したから大丈夫』

「虫って……本当に大丈夫ですか?」

尋常ではない叫び声だったので、そう聞かずにはいられなかった。

『……大丈夫ですから。それより先生、それは序の口ですから』

由美子さんはウフフ、とわざとらしく笑った。

『早く全部読んでくださいねぇ、そしたら怖いって分かりますから。感想、楽しみにしてますねぇ!』

(写真:iStock.com/Vera Aksionava)

To きむらさおり先生
第二話 ある少女の告白

「お松ちゃんは賢いわね」

東京から来た妙子先生がそう言いました。

「お松ちゃんなら、上の学校に行けるわよ」

そう言って頭を撫でてくれました。

私は妙子先生が大好きでした。美しく、賢く、巣蜜のようなにおいがする妙子先生。妙子先生だけは私を褒めてくださいました。

それに、学校も好きでした。ほかの子が好むおはじきや姉さんごっこ、冒険小説や漫画本よりか、数字や図形を眺めているほうがずっと楽しかったからです。

試験はいつも満点でした。でも、それを見たお父ちゃんに横っ面を張り飛ばされてしまいました。

「女に学問はいらん」

お父ちゃんは試験の紙をぐりぐりと踏みにじりました。

「こんなもん良くったって糞の役にも立ちゃしねえ。おめえはただでさえ器量が悪いんだ。学問などをしてる暇があったら女中仕事の一つも覚えやがれ」

お父ちゃんのことは嫌いです。どうせ器量が悪いのだからと、私が粗相をすると平気で殴ります。お父ちゃんは体格が良くて力も強いので、殴られるとしばらく腫れが引かないのです。

頬を腫らした私を見ると、お豊(とよ)ねえちゃんはいつもくすくすと笑います。

「おかめがほんとのおかめになった」

そう言ってくすくすと笑います。お豊ねえちゃんはここらで一番の美人です。でも、私のことをおかめと呼ぶから嫌いです。おかめというのは、つまり醜女(しこめ)ということです。

お母ちゃんのことも嫌いです。お松はブ女だから可哀想、がお母ちゃんの口癖で、お豊ねえちゃんのことばかりかわいがります。

お父ちゃんに叱られたとき、私はいつも物置へ行って、『のらくろ』を読みます。漫画本に興味がなくとも、『のらくろ』だけは好きでした。前に妙子先生が読ませてくれた大人向けの雑誌に、作者の田河水泡という人の記事が載っていました。

『野良犬黒、これがのらくろの本名です。お父さんもお母さんもない宿無しの黒はかはいそうな仔犬でした。

でも野良犬黒はそんなことでへこたれるやうな意気地なしではありません。「艱難(かんなん)汝を玉にす」と諺(ことわざ)にもあるように、のらくろはどんな辛いことにも悲しいことにも我慢して、いつも明るい心持で、元気にしっぽを振ってゐたのです。

しかし何時まで野良犬でゐたくありません。今は名もない野良犬の黒でも、きっと立派な、それこそ世界一の名犬になって見せると、かたい決心をしてゐました。』

私はのらくろに勇気をもらっていたのです。家族みんなに馬鹿にされる私でも、いつか、きっといつか。

「妙子先生のような立派な職業婦人になりたい」という私の思いは日に日に強くなってゆきました。妙子先生は、東京の女高師を出て先生になったそうです。東京では職業婦人など珍しくもないと先生は仰っていました。

いつしか東京は私のあこがれの場所になりました。勉強していても誰にも馬鹿にされず、女が働いてもやかましく言われることのない場所。私は東京に行きたくて仕方がありませんでした。


ある日、妙子先生の弟さんという人が村を訪ねてきました。弟さんは妙子先生に似て、目元の涼やかな美男子で、お豊ねえちゃんは、いえ、村の若い娘は皆、きゃあきゃあと声を上げました。娘たちが噂しているのを知ってか知らずか、弟さんは誰に対しても柔和な笑みを返すのでした。

聞くところによると、先生は軍医大佐のお嬢様で、弟さんもいずれは軍医科の士官になられるということです。

そしていずれは妙子先生を、東京にあるご実家に連れて帰らねばならないということでした。

若くて美しい都会の人は、本来このような田舎にはそぐわないし、このままだと行かず後家になってしまう。お母ちゃんはそう言いました。分かってはいても、私は妙子先生と離れるのがいやで、悲しくて悲しくて、涙が止まりませんでした。

先生は私の甘ったれた戯言を聞いてくださいました。私の頬をそっと撫でて、

「ちょうど弟は、東京へ連れて行く女の人を探しているのよ。私から頼めば、お松ちゃんも一緒に行けるかもしれないわ」

と言ってくださいました。

私は途端、舞い上がりました。頭の中は、夢のように綺麗な東京のお屋敷で、妙子先生と姉妹のように机を並べて勉強する想像で一杯でした。


それからしばらくしてからのこと。学校から帰るとすぐ、弟さんがうちを訪ねてきたのです。私は喜びを隠しながら、きわめて淑やかに見えるよう三つ指をつきました。

「ここに豊という女はおるか」

弟さんはよく通る声でそう言いました。

「私でございます」

お豊ねえちゃんはよそいきの声で答えました。

「ははあ、これは可憐な」

弟さんはお豊ねえちゃんをじろじろと舐め回すように見て、微笑みました。しかし、その微笑みの、なんと酷薄なこと。いつもの、娘や子供たちに対する微笑みとはまるで違います。私は恐ろしくなって、もう弟さんの顔をふたたび見ることはできませんでした。

弟さんは舶来ものだという、べっ甲の簪(かんざし)をお豊ねえちゃんに渡して、支度しておけと言って帰っていきました。

それから弟さんが東京に帰る迄、お豊ねえちゃんは毎晩、ばかにめかし込んでどこかへ出かけるようになりました。


弟さんが東京に戻ってから、ふたつきか、みつきかした頃でしょうか。私はその日、お母ちゃんが火鉢に火を起こしている横で、妙子先生が貸してくださったご本を夢中になって読んでいました。そこへドカドカと、およそ若い女とは言い難いような足音を立ててお豊ねえちゃんが駆け込んできます。そういえば、お豊ねえちゃんは近頃、腹まわりがふくよかになったような気がするなあ。そんなことを思っていると、お豊ねえちゃんがお母ちゃんに耳打ちで何かこそこそと告げました。するとお母ちゃんは飛び上がって喜びました。その晩はお祝いになりました。怒鳴ってばかりのお父ちゃんもひどく上機嫌でした。親戚や、村中の人が集まって、お豊ねえちゃんをお祝いしました。さすがお豊ちゃん、さすが小町、さすが、さすが、さすが。皆がお豊ねえちゃんを褒めていました。

「あたし奥様になるのよ」

お豊ねえちゃんは笑っています。私が厠(かわや)に立とうとすると、

「あんたももう少し可愛ければ、端女(はしため)くらいにはしてあげたのにねえ」

と言いました。

そこから先はよく覚えていません。気が付くと私の手には、粉々に砕けたべっ甲の破片がありました。


次の日、お豊ねえちゃんは血眼になって何かを探していました。鬼のような形相で私に詰め寄り、

「あんた、どこやったんね」

と聞きました。

私が知らないと答えると、私の頬を何度も打って、終いには足蹴にしました。何度も、何度も、足蹴にされました。私は笑いをかみ殺すことに必死になっておりました。

お豊ねえちゃんの羅刹(らせつ)のような振る舞いを見て、さすがのお母ちゃんも飛んできて、お松に当たったって仕方なかろ、と庇(かば)ってくれました。


お豊ねえちゃんが天井の梁(はり)に首を括っているのを見つけたのは私です。

雪白の肌はどす黒く染まり、小鹿のような目はだらりと飛び出しておりました。ねえちゃんがゆらゆらと揺れるたびに艶やかな黒髪がばらばらと散り、帯が垂れ流しになった大小便を床に広げるのでした。


お父ちゃんは前よりお酒を沢山飲んで、一日じゅうわめき散らすようになりました。お母ちゃんは腑抜けのようになって、ぼうっとお豊ねえちゃんの着物を眺めています。

まるでお豊ねえちゃんがいなくなってしまったかのように。

でもお豊ねえちゃんは生きています。

夜中に天井に吊り下がって、目と舌が飛び出た顔のまま笑っています。

また今夜も、お豊ねえちゃんの帯が床板をこする音が聞こえます。

お豊ねえちゃんは生きています。

だから私は悪くないのです。

関連書籍

芦花公園『ほねがらみ』

「今回ここに書き起こしたものには全て奇妙な符合が見られる。読者の皆さんとこの感覚を共有したい」――大学病院勤めの「私」の趣味は、怪談の収集だ。知人のメール、民俗学者の手記、インタビューの文字起こし。それらが徐々に一つの線でつながっていった先に、私は何を見たか!? 「怖すぎて眠れない」と悲鳴が起きたドキュメント・ホラー小説。

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ほねがらみ

大学病院勤めの「私」の趣味は、怪談の収集だ。

手元に集まって来る、知人のメール、民俗学者の手記、インタビューのテープ起こし。その数々の記録に登場する、呪われた村、手足のない体、白蛇の伝説。そして――。

一見、バラバラのように思われたそれらが、徐々に一つの線でつながっていき、気づけば恐怖の沼に引きずり込まれている!

「読んだら眠れなくなった」「最近読んだ中でも、指折りに最悪で最高」「いろんなジャンルのホラー小説が集まって、徐々にひとつの流れとなる様は圧巻」など、ネット連載中から評判を集めた、期待の才能・芦花公園のデビュー作。

バックナンバー

芦花公園 小説家

東京都生まれ。小説投稿サイト「カクヨム」に掲載し、Twitterなどで話題になった「ほねがらみ―某所怪談レポート―」を書籍化した『ほねがらみ』にてデビュー、ホラー界の新星として、たちまち注目を集める。その他の著書に『異端の祝祭』『漆黒の慕情』『聖者の落角』の「佐々木事務所」シリーズ(角川ホラー文庫)、『とらすの子』(東京創元社)、『パライソのどん底』(幻冬舎)ほか。「ベストホラー2022《国内部門》」(ツイッター読者投票企画)で1位・2位を独占し、話題を攫った、今最も注目の作家。

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